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87〜狂想曲の強襲〜

 添え物は苦い思い出



 炊事場でランプを灯し始めた頃、主婦達と共に食事の支度をしていた野上は、透子が二瓶・細井とキャンプならではの調理方に目を輝かせ子供らしくハシャいでいるのを見て安堵していた。



「透子ちゃん良い子ね、手伝いも出来て」


 そう思って貰えているのはここに居る大人も良い人だからなのだと野上は理解している。

 透子が着ている子供には似つかわしく無いアーミーカーキのシャツに迷彩パンツは、キャンプ場である意味浮いていて子供服同様に目立っている事にも安堵しつつ。



「いえ、皆さんの優しさのおかげです」


 それは当たり前に何気無い会話だが、野上は本当にそれを有り難く感じて話していた。


 一つの不安に……



「おぉぉぉぉい!」


 暗くなり始めたテントステージで遠目にも分かる三人の山なりの陰影に主婦の顔色が変わる。

 二瓶と細井が顔を反らし、いそいそと然程用も無くなっている食事の準備に精を出し、これから藤に起こる争い事に巻き込まれないよう下を向き、誰とも言えぬ無事を祈っていた。



「大漁だぞぉぉお!」


「……うそ、やだ、どうします?」


 藤真の声に主婦が顔に手を充て苦悶の表情を見せる。

 既に料理は完成に近付きつつある中にあって川魚を持ち帰って来た藤の行動は、元々ご立腹状態の主婦に更なる怒りを運んで来たとも分からずに子供達と自慢気な笑顔を見せ炊事場にやって来た。



「私も釣ったんだよ」

「そうなの? 良かったわねえ!」


 麻友子の屈託のない笑顔に主婦も表情が和らぐ。


「俺が教えてやったんだぜ」

「嘘、店のお兄さんに」


「あ、しぃっ! それ内緒だろ!」

「嘘は良くないもん」


 藤真とのやり取りの最中に大人達の不穏な動きは表情に微妙に出ているのか、内なる怒りが感受性豊かな子供に伝わっていた。

 不意に何かを察した麻友子が自慢話をしようとする藤真の腕をを引っ張るが、気付いて貰えず何かないかと辺りを見回す。


 と、見覚えの無い顔が二つ。

 知らぬ顔を不安に見つめる麻友子に大人の女は挨拶をして来た。

 身構えながらも応えると、女が屈んで麻友子の考えに答えを知らせた。

 女は答えを呼ぶ


「透子……ん?」



 振り返った透子の口には何処から採って来たのか大量のクレソンが咥えられていた。

 その異様な姿に固まった麻友子は藤真の服を思いっきり引っ張っていた。


「ぅがっ! ……何すんだよ! ヤンキー?」



 首が締まった藤真が自慢話も出来ずに振り返り麻友子を見るが、何かに取り憑かれたように固まり何処かを向いている。

 麻友子の目線を辿り現れた姿に目を見開く。


「何だコイツ!」



 むしゃむしゃとクレソンを貪る透子が何かを言いながら右手を挙げる。

 恐らくは始めまして辺りの挨拶なのだろうが、誰の目にも原住民族のソレにしか思えない。



「ったく、何してんの!」


 野上が透子に呆れ顔を見せるが、麻友子を守ろうと藤真が立ち向かう。



「うぉおおおっ!」


 脇から走り出した藤真に気付き、野上が慌てて制止しようと手を伸ばすが間に合わない。

 拙い! と焦り叫んでいた。


「透子、待てっ!」



 真の自慢話から解放され藤への怒りを解放しようとスイッチを切り替え始めた直後の主婦が、常軌を逸した野上の声に振り返ると、走り透子に飛び蹴りを仕掛けた藤真の姿。

 目を見開き焦る藤の娘が息を飲み込む。


「なっ!?」


 次の瞬間、皆の開かれた目には衝撃の姿が飛び込んだ。


――BOFFUMU――


――MUGYU――

「んむ!?」

「んぐ!?」


「え?」

「あ、……」



「うそ……」



 飛び蹴りを右に交わした透子は、藤真がそのまま飛んで行くと二瓶と細井が作っているサラダを切る為に置いていた台の上の包丁を気にして反復横跳びし、左腕脇で藤真の胴体を掴み抱え倒し込んでいた。


 そして……



「あららら……」



「ぉ、ぉ、ぉ……お前」



 野上の呆れる顔の先には、まるでベッドの上でお姫様を抱き抱えて優しくキスする王子と、キスされた事に穏やかでないお姫様の姿。


 声を震わせ口に付いたクレソンの苦味と化け物の間近な顔と鼻息にお姫様が悲鳴を上げた。



「うむぁあああああ!」




 その声に王子が腕を離すと姫は走り逃げ出していた。

 が、暗がりの足元に躓き転び叫び項垂れ暴れ頭を抱え悶絶していた。


 残された王子は咥えた残りのクレソンをむしゃむしゃと食べ直し、何事も無かったように起き上がり地面に着いたパンツの汚れを叩き払っていた。



 呆気にとられていた主婦や男達が事の大きさに気付き、透子のファーストキスを奪った事に藤真の飛び蹴りにと謝罪の何から始めれば良いのかも判らずに焦りを隠せずにいる中、野上が先に謝罪した。


「すいません、真君のファーストキスが……」


「あ、いや、いや透子ちゃんの、ウチの馬鹿が……」


 慌てて謝る藤と娘を余所に、対して細井夫婦は未だ固まり動かない麻友子の固まる理由が変わった事に気付き声をかけられずに居た。

 そちらを察した野上がハッとする。



「え、まさか! 麻友子ちゃんて……」


 静かに頷く細井夫婦に野上が焦る。


 しかし、当事者はそれを理解する事も無くクレソンを食べ終え、固まる麻友子に向かっていた。

 新たなクレソンを持って……


「これ」


 自身の気持ちのザワつきも理解出来ない最中に、その原因を作った相手からの好意と思われるその意味不明な行為に頭が限界を迎えようとしていた。


 理解出来無いパニックに叫びを迎えた麻友子の口に飛び込んだ。



「んもぉおクワッ!?」


「うん、これで仲間」


 半分づつに食べる透子が放り込んだクレソンの苦味に麻友子の混乱した脳が目を覚ます。



「苦っ!」


 その反応に親指を立てた透子の姿に訳が分からず笑っていた麻友子の顔は、泣いているのか笑っているのかも判らないままに目の前の不思議な子の未知なる魅力に虜になっていた。




 安堵する大人の中にあって野上だけが申し訳無さそうに見ていたのは、藤夫婦すら忘れていた尚も悶絶していた藤真だった。


「ぐむぉぉぉぁぁ……」


 


 


 三角関係は唐突に


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