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86〜狂想曲の強襲〜

 今日紹介するのは……



「あなた、何してるの!」


 菅原を乗せて過ぎ去った車を睨み、二瓶は何を思うのか腕を組み立っていたが、背後からの叱咤に気不味さを理解し、ヤバいと察してどの顔を見せて良いのか判らず申し訳無さそうに下手に振り返ると、明らかに不機嫌な顔で奥さんが起立していた。


 その起立には隙が無くその後が思いやられた。


「すいません」


「あなた私を説得する為にここに連れて来たんじゃないの?」

「え?」


 既にバレている事に焦りを隠せずにいる二瓶に、主婦の読みの恐ろしさを更に知らしめる。


「たった一人の女を説得させる事も出来ないバカが彼方此方に手を出して……」

「いや、あぁ……」


 困り顔の二瓶を見ていた野上が助け舟に挨拶を交わそうと背後から近付いたのも察知したのか、奥さんの手が横に挙げられ制止される。

 野上が口を開けるとまだ声も出さぬ内に、奥さんが顔も見せずに背後の野上に語る


「あなたは口を出さないで見てなさい」

「はい」


 主婦の凄みに素直に従う野上。

 そこは夫婦の聖域とでも云った所か入る余地はなかった。



「おチビちゃんも!」


 スッと近付く透子も足を止めた。

 その言葉に、次の歩みへの踏み込みを感じて。



「あなたは誰かを助けたいのか、あなたが満足したいだけなのか、どっち!」

「いや、助け……」


「ハッキリなさい!」


「はい! 助けたい。お前には迷惑をかけるが、協力を頼みます」



 二瓶が下げた頭をパチりと叩き、髪を掴むと顔を持ち上げ近付き目を凝視する。

 不良が根性確認する様な威圧感に二瓶が堪える。


「覚悟が遅い!」

「すいません」


「まったく、だらしない」



 そう言って二瓶の頭から手を離すと、解放された直後の二瓶が安堵の表情を見せたと途端に今度はビンタが炸裂。


――PAANN――



 野上や透子も野次馬も、その強烈な一撃に(おのの)き嗚咽が漏れる。

 二瓶が苦痛を滲ませ片目を瞑り我慢強く堪えてみせる。



「で、若い母子も守れずに何が助けたいだバカったれ!」


――PAANN――



 奥さんが野上と透子の為に怒っていると知り、焦りどうするべきかと動こうにも答えが見付からない。

 尚もビンタが繰り返される夫婦の聖域に手を出す術は無く、野上は気持ちの意思表示にただただ手をかざすのが精一杯だった。


――PAANN――


「ああもう! 手が痛い」

「大丈夫か……」



 叩かれて痛い筈の二瓶の方が妻の手を心配し声をかける。

 それは心配の裏返しで自分の為に怒っていると理解し感謝のようにも見える夫婦の絆に、そこが夫婦の聖域なのだろう事を周囲の皆までに理解させていた。



「あの、私は」


 夫婦が何処へ向かうのか前を過ぎるのを見ていた野上が声をかける。

 と、細井達が駆け寄って来た。


 状況が一人判らず、もしもの為に迂闊に動かない様にしていたのだろう。

 夫婦のやり取りに野次馬となっていたキャンパー達は解散し、共に見ていた細井は何があったのかと確認したくて堪らない様子で息を切らし、野上の話も遮る形で二瓶に迫っていた。



「何やってるんですか! 訳分かんなくて他のキャンパーと見入っちゃいましたよ」

「あ、いや、ちょっと待て」


 二瓶が奥さんの殺気の再燃の燻りに気付き焦りを見せるが、細井も心配からか質問が止まらない。


「いや、何があったのかちゃんと聞かせて下さいよ」



 そんな二人のやり取りに、奥さんが振り返り間に割って入ったその笑顔が二人の背筋を凍らせた。



「こちらの方の紹介よりも先にする話があるのかしら?」


 二人の話に価値は無いとばかりに斬り伏せた質問に、忘れていた訳では無い事を説明しようと慌ててフォローを入れるが。

 それもまた不要な話と紹介を促した。



「彼女は秘書の野上さん、今回無理に誘って来て貰って……すいません」


「いえ、問題はありません。結果、警察のご厄介にもならなかったので……」

「うっ……」



 黙る二瓶に、奥さんが好意の目を野上に見せると野上も奥さんと女同士に挨拶を交わしだしていた。



「奥さまはじめまして野上と申します職場では……」


 二瓶と細井が苦虫を噛み潰したように見合う中、それを見つめる女の子に二瓶が気付く。

 声をかけようとしゃがんだ二瓶に透子がビンタをお見舞い


――PENN――


「え?」

「透子!」



 固まる二瓶、青ざめる野上が透子を引っ張り二瓶に謝り始めると奥さんが笑い出した。


「アハッそりゃそうよ、あなたが悪い。ごめんなさいねお母さんを危険に晒してしまって」


 その言葉に野上が焦り待ったをかける。


「あ、いえ、私母親じゃないんですけど」

「え?」



 奥さんと細井が話が見えずにキョトンとしていた。



「これ、姉の子で、用心棒に連れてきたんです」


「……用心棒?」



 野上の手が置かれた小さな女の子を前に、二人が意味を理解出来ずにいる中にあって、二瓶は車中での挨拶話を思い出し野上を救った身のこなしと繋がり一人納得の表情を浮かべていた。



「ああ! それでか!」

「何が?」


「いやあ、俺が男を取り押さえて女の方に気付かずに野上さんが襲われそうになったのを救ったのが……」


 野上の説明を前に先程の話を始めた二瓶が、透子の咄嗟の行動に驚愕と感謝の念を語っていた。


 それを内心穏やかでないものとして聞く野上の顔は悩ましく、透子の処遇をどうするか考えていた。



「え、じゃあの女を捕まえたのは……」


「そう、だから……」

「俺、さっきの刑事に警察官が取り押さえたって聞きましたけど」

「私もそう聞いて、あなたは何してたのかって……」



 野上の予想通りに三人が不思議そうに透子を見ていた。

 しかし、この状況には慣れたもの。

 それを表すかの如くにまたかと云った感じで溜め息一つに頭を切り替え説明を始めた。



「姉夫婦は共働きで留守番が多いもので、暇潰しに留守の情事にと見せてた護身術のDVDやネット動画に嵌ってしまって……気付いたら合気道からサバイバル術まで覚えてしまって」


 出来上がったものが、こちら! 


 と、ばかりに野上が頭を軽く叩き紹介する仁王立ちした透子の姿に、三人ただただ手を叩き笑顔で頷きその事実を理解しようとしていた。


――PATIPATIPATIPATIPATIPATI――


 


 通信で得られる奥深き闇


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