85〜狂想曲の強襲〜
立つ鳥跡を濁さず……
「栃来ナンバーの車に犯人を渡した理由、キッチリ説明して貰おうか!」
刑事に詰め寄る二瓶に、野次馬も頷き、そうだそうだと推すようだった。
困り顔に刑事が女を連行中の警察官を見やるが、知ってか知らずか突っ伏して泣き崩れている女を囲み野上と共に正直に話すように促していた。
肩に置かれた野上の手に温もりを感じてか警察官等と野上に肩を借りて顔を上げると先程までの不安は無く、野上の出したティッシュに涙と鼻を拭き取り落ち着いたのか、目を下に少し何かを考えると野上と透子に素直に謝り出した。
「ごめんなさい、ただ、私……」
言葉に詰まる女だが、やはり背後にある何かに怯えているのは明らかで、そこから先をどうすれば良いのか分からずにいた。しかし、野次馬が自身へのデモに変わりかけている刑事が女の謝る姿勢で何かに気付き慌てて叫ぶ
「おい! 駄目だ! 女を連れて来い」
刑事が急ぎ女をパトカーに連行するように促すと、野次馬からの罵声が飛び交う。
当然のように怒る二瓶に賛同したのか、野次馬の中からパトカーの前に立ちはだかるキャンパーも現れて、収集のつかない状態へと向かっているのは誰の目にも明らかだった。
「説明しろ! それで済む話だろ」
二瓶の話に目を泳がせる刑事には、もはや警察という立ち場の根幹をも無くし、ただただ自身を守る為と警察組織の隠蔽体質を顕にしていた。
女が野上の顔を見るも、口にはしないが目を合わせると顔を横に振った。
もう関わるなとでも言いたげに立ち上がり、野上や透子を近付けぬように警察官を促す。
野上が止める素振りを見せると敢えて無視するように足早にパトカーへと向かって行った。
野上は女が最後に見せた人間性から背後関係が相当悪質なのだと理解したが、それは同時に救えぬ程である事も示していた。
何せ刑事が絡んでいるのだから司法制度に関わる自分達の側にも絡んでいる可能性がある。
勿論女は相手が司法に関わる職業と知らずに来た筈だ。
もし知って近付き失敗にこの結果なのであれば相当に厄介な事になるが、女が関わるなと顔を横に振った事からも知らずの犯行だと言っているに他ならない。
野上の溜め息に透子が走り女のケツを叩き呟く
「気張ってけよ」
慌てる警察官を他所に女が振り返ると、小さな姐御肌に気合いを入れられ自身の小ささに鼻で笑って返し小さく頷くと小声で返した。
「おぉ。」
追いついた野上が透子の頭に手をやり払われまたのせる。
「とっとと乗せろ!」
「おい、なら何の罪状で連れてく気だ!」
刑事がパトカーのサイレンを鳴らし女が乗り込むと急ぎ出る様にドアを叩いて二瓶を制止し送り出す。
――PUUUUUUUUUUUUU――
止めに入るキャンパーにスピーカーで退くようにと口を入れるが、公務執行妨害を盾に刑事が手を出すと仕方無しに退きパトカーが出て行くと、二瓶と共に刑事を追求する。
「お望み通り逮捕してやったんだから文句は無いだろ!」
「そういう話じゃねえだろ! 大体あの栃来ナンバーの男が何者なのか説明しろ!」
「それは、」
急に押し黙る刑事に、余程の隠し伏せたい何かがあるのは明らかだが、捜査上の秘密という訳でも無いのも確かなようで、二瓶はそれが気になっていた。
キャンパーは警察の行動の不審さに呆れていた。
が、別の応援のパトカーが近付いて来る音に振り返る。
――PUUUUUUUUUUUUU――
刑事が困り顔から笑顔に変わる。
来たのはパトカーでは無く刑事の警察車両だった。
数名の捜査員が降りてくると刑事が走り出す。
慌てて追う二瓶とキャンパーを応援の刑事が取り押さえると二瓶が怒鳴る。
「何する! その刑事が犯人を勝手に管轄外の別の県の人間に引き渡した理由を聞いてんだ! 答えろ!」
チラッと応援の刑事が刑事を見やる。
何か不味い事をバラしていないかと気にするようだった。
それは応援に来た刑事も隠している何かの側に立っている事を示していた。
「お前等、何を隠してる」
刑事が目を逸らす。
他の刑事達があちこちに慌ただしく動き出す。
一人が野上の所に来ると質問してきた。
「怪我は無いですか?」
始めてのまともな話にようやく警察と思えもしたが続けて聞かれた話に吹き飛んだ
「女から何か聞きましたか?」
「どういう事ですか?」
質問の意図に理解を示せず聞き返すと刑事は納得したのか、良しとばかりに押し切るように言い放つ
「では、今日の事は忘れて下さい」
「は?」
――BUWOOOOONNKYURURURRU――
突然のエンジン音に皆が見ると駐車場に在った車が出て行った。
それは藤が確認していた男の栃来ナンバーの車だが、その場に居た者達には解らなかった。
気付けば野上の前から刑事は消え去り野次馬にも同じ様な聴き取りをしていた。
「大きな案件なんですよ」
「それは、知ってて犯人を管轄外の人間に引き渡したのを認めるって事でいいんだな」
二瓶は問い詰めるが、刑事が有耶無耶な話で誤魔化し逃げる気なのは解っていた。
適当な嘘とも言えない嘘を並べて時間を稼ぐ刑事の話に流されているのを阻止する為に警察手帳の確認を求める。
「いや、私の警察手帳を確認してあなたに対して何の意味があるんですか?」
「義務だろ」
「ああ?」
逆ギレする刑事に不信が募る。
しかし二瓶よりも先に刑事がキレて来た。
「お前みたいなクズに見せる必要が何処にあんだボケ! ドラマの見過ぎで耄碌したかクソ野郎が!」
啞然とする二瓶に、刑事が勝ち誇った様に態度を豹変させ居直り、キャンパーと相対する刑事の元へと向かおうとする。
二瓶が静かに物を言う
「これは明らかな警察手帳提示義務違反だぞ」
「ああ? 調子にのってんじゃねえぞコラ!」
野次馬からの聴き取りを終えた男がキレた刑事との間に割って入る。
「おい、何してる」
「この馬鹿が調子にのって」
「いいからお前はあっち行け」
男を退け対応を代わり、静かな物言いで謝ると何があったかと尋ねて来た。
キレた刑事の警察手帳提示義務違反に触れ、二瓶が財布から身分証を出して見せる。
「え、あぁ!?」
刑事の顔が急に慌て出したかポケットから手帳を出して提示する。
出した手を戻すまでに何か言い訳を考えていたのか、しかし思い付かずにバツの悪い顔で下を向く。
「菅原刑事、犯人を管轄外に連れてった理由は?」
「……いや、それは、私の口からは」
酷く怯えた口振りで自身の保身も警察内部の側に怖れを感じているのは明らかで、最悪自身がクビになっても隠している何かを優先せざるを得ない程の背後関係を顕にしていた。
「おい、行くぞ」
そんな中、刑事達が引き返していき呼ばれて戸惑う菅原に、二瓶が小声で何かを伝えると、菅原がそっと頷き振り返り走って警察車両に乗り込んだ。
――PUUUUUUUUUUUUU――
走り出す車の中で、二瓶を横目に見る菅原の悩ましい顔が覗いていた。
隠者の見付け方




