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81〜狂想曲の強襲〜

 火山帯のビル群



 二人がじっと背中を睨み待つ中、職務上考えたくない事に顔を背けるべきと知りつつも、自身の正義感に心が揺れているのを抑え切れずにいた二瓶が葉巻の半分以上を残して灰皿に潰し入れると大きな溜め息を吐いた。


 それを聞いた二人が顔を合わせて安堵の笑みを浮かべる。



「出世がパアだな……」


 二瓶の決意表明と思しき第一声は諦めの境地に近く、その嘆き節に細井と藤が喝を入れるように二瓶の背中を叩いていた。


「出世街道も一本道じゃねえだろ!」


 藤が肘で突いて茶化してみせるが、溜め息の止まらない二瓶は苦悩の表情で藤を見ると顎を奥さんの写真に向け、それを横目に藤と言い訳を考えていた。


「あぁ、俺も考えないとだ」


 細井が二人を見て同調したその言葉に二人が振り返り様に八つ当たる言葉が重なる。


「お前の嫁さんが怒る訳無えだろが!」

「え、いや」


 細井は言い分も聞いて貰えずに二人は激口していく。


「だってもクソもねえ! あんな綺麗な嫁さん貰って何言ってんだ!」

「怒られるのもご褒美位なもんだろが!」



 まさかの八つ当たりにどうする事も出来ずにいる細井が口をパクパクする様に、二人が顔を合わせると何かを思い付いた顔をするが、それは細井から見て何か酷い計画としか思えない程の酷く悪い顔をしていた。



「悪人面が、更に……」


 悪人面の二人が悪い笑みを浮かべて両脇から細井の肩を抱くと、顔を近付け日暮れに伸びた髭を擦り付ける。

 傍目にもオジサン三人が仲良く頬を寄せ合う姿は心地悪く、その状態で話される内容が良い話である筈はなかった。


「おい、今度の休みウチに麻友子ちゃんと飯食いに来い」

「おお、ウチの馬鹿孫も連れてくから安心しろ」



 両脇から強請(ゆす)られ困り顔の細井は二人の提案に娘との予定を思い返し悩んでいた。

 二人の腕がイエスを促し更に締め付ける。


「ぃゃぁ……キャンプに行く予定で」



 ニンマリする二人に罠に落ちたと察する細井が溜め息を吐いたと同時にノックが鳴った。



――KONKONN――

「失礼します。お茶を……うぉっ!」


 (おぞ)ましいモノを見るように後ずさる秘書に三人がハッとして焦り離れ慌てて言い分を説こうとするが誤魔化すようにしか見えない素振りに、それを見ないフリでそそくさとお茶を置き、部屋を後にしようと出て行こうとする。


 その間際に二瓶が声をかけた。


「ぁぁ、野上さん! 一緒にキャンプ行かないか?」



 驚き戸惑うでもなく立ち止まった秘書の野上は優秀さ故なのか、手帳のスケジュールを確認しだしていた。

 その淡々と仕事をこなす姿は凛々しくもある。



「それは、いつの話になりますか?」


 そのあまりにも唐突な筈の自身の思い付きに対して従順に応える対応の凄さに圧倒される形で、二瓶の方が泡を食ったように呆けた顔で答える。


「あぁ……今度の休み」

「場所はどちらになりますか?」


「え、ああ、細井! 何処行くんだ?」



 思わぬ形で最後の砦を崩された細井が頭を抱えて覚悟を決めた。


「ああぁ、六日市のキャンプ場です」

「時間と持参物等あれば、そちらもお聞かせ願いますか?」



 そのあまりにも職務的な対応で遊びの予定をスケジュールに組み込まれて行く様は、細井にとっては正に二瓶に利用される感が増して凹んでいた。

 そして二瓶にとってもそれが仕事の様に思えて来たのか、こちらは気が楽になって笑っていた。

 ただ一人そんな野上の仕事ぶりに感銘を受けていたのが藤だった。



「野上さん、ここ辞めたらウチに来てくれよ」

「それは約束し兼ねますので、後日詳細をお持ち願いますか」



 ビジネスライクな会話にぼおっと聞いていた二瓶だが、藤の引き抜き発言に慌てて制し小競り合いする二人。

 それをなだめる細井のオジサン三人を尻目に淡々とメモしていた野上が不意に何かを思い出したか口にした。



「あの……ひとつ!」



 その大声にビクりと固まる三人が振り向くと、野上が仕切り直して続けた。



「私も一応女なので、こうも暴れる男の中に一人で行くのは、等という事よりも! 建前もありますし私も一人連れて行ってもよろしいでしょうか?」


 まとまりの無い二瓶達を秘書らしくスケジュールで管理していく様は見事で、尚更に藤が欲しがっていた。



「ではこの件はここ迄に、そうしましたら二十分後に職員総合研修所の方に顔を出して貰いますので……顔を洗って来て下さい。藤さんはお帰り頂いて細井さんは葉巻の匂いを消す為に三十分程換気しておいて下さい。では、失礼します」


――KATYANN――



「……はい」



 勢いに圧され呆然と立ち尽くす三人のオジサンは、ほんの数分間の間にしでかした事の問題に気付くが藤と細井が二瓶を指差し責任の所在を示すと、細井が高層階の押し窓を十センチ程開ける間に藤は逃げ帰り、それを見て二瓶も我を見直し顔を洗いにと、それぞれの道に戻って行った。



 五分もすると独り部屋の換気に三十分間の足止めをくらった細井が、ようやく我が身に起きた不幸に気が付いて頭を抱えていた。


 家族で行く筈のキャンプは、二瓶の奥さんへの謝罪に変わり娘を生贄に差し出し、果ては秘書の野上さんまで連れ立って、さながら社員旅行の様相を呈してしまった事に、娘への説明も妻への説明もどうしたものかと。


 そして、何故自分が二瓶の部屋の換気を任されているのかと不満が湧き出していた。



「クソっ何で俺が!」


 説明も思いつかずに落ち着けずウロウロと部屋を物色していると、見つけた棚の高級クッキーのケースに手を伸ばす。


「それ、」


 声に驚き振り返ると、いつから居たのか顔を洗い髪を整えた二瓶が居た。

 まるでこそ泥のような状態で固まる細井に、二瓶が頭を掻いて謝罪なのか悔しそうに続けた。


「麻友子ちゃんに持ってけ!」



 現場を見られたこそ泥に情をかける住人のような二瓶の発言に、細井の方が悔しがると、知ってて言ったか二瓶が笑って出て行った。


――BATANN――



「クソォっ!」


 細井の叫びは換気の窓から漏れ響き、向かいのビルと反響していた。


 この界隈では良くあるやまびこに今日も何処かで噴火したと、都会のビル群に火山を知らせ鼓魂していた。


 


 何を蹴ったかベルカンプ


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