79〜狂想曲の強襲〜
ダブル影
凡そ商店街の細路地に路駐するには似つかない高級車の後部座席に乗り込んだ男が、車で待っていた老夫婦に不満を漏らしていた。
そして、運転席の老いた男が仕方なしに誰かに電話をかける。
――PURURURURU――
「あ、飯田です。言ってた店だけど気の強い馬鹿女に邪魔されてダメみたいな事言ってるんだよ。他の店あるかい?」
助手席の奥さんらしき老婦が不満気に伺う中、その報告の仕方に異議を唱えようと後部座席から顔を出す男に静かにしろと手をかざし報告を続ける。
「いや、私は話はしてないんで、おい! 警察の仕事って言ったんだろ?」
「当然」
――KONKONN――
「え、あ! すいません今本物の警察が来たんで切ります」
運転席の窓の横で慌てる車内の様子を怪訝そうに覗く警官が待っている。
相手が意味を理解出来ないままに電話を切り対応する。
――PIPO! WIIIIIIIN――
「どうしました?」
「ここ駐停車禁止ですよ、免許証出して下さい」
「あ、私、あのぉ……」
狭い路地で後ろについたパトカーのライトに照らされて尚も駐禁のゴネ得を狙う高級車の老夫を、建物の階段前で見ていた男がスマホのムービーで撮影していた。
老夫が何かを見せるが警官がそれを理解していない様子に苛立ちを見せ、確認しろ! と、何度も怒鳴りつけその後警官が無線でのやり取りを終えると仕方なさそうに折れた形でパトカーに戻って行った。
見せた何かは立っていた位置からは見えなかったが、男には大凡の見当はついている。
駐禁を取り締まる事無くパトカーがバックで消え去る迄をスマホで撮影し、老夫をズームし写真を撮り、パトカーのナンバーと老夫婦の高級車のナンバーを控えているメモに、飯田の動機と思しき内容が綴られている。
【住宅街のS字クランクにて、前方から来た自転車で帰宅中の鈴木に停止を求められ、何かと見れば危うく小学生を内輪差で殺しかけていた所で、咎められた事を奥さんにも伝えていない様子だが、小学生同士の会話から高級車と言うフレーズにS字角家の監視カメラにて確認したナンバーから飯田の車と判明。風雪の流布により小学生を助けた自転車が鈴木と判明。胡唆に鈴木の行動をストーキングしたメモを渡し、引き換えに五輪メダルとバッチを授受。孫へのプレゼントと思われる。】
と、男は高級車の横をゆっくりと片手にスマホを持ちムービーを撮影しながら通り過ぎ、また別の店先でかかって来た電話を取る様に立ち止まり高級車の様子を伺っていた。
――KATAKATAKATA――
「これ、明日遠藤にやらせといて」
高足がスタッフに提出し遅れた領収書を無理矢理ねじ込ませようと画策して休みの遠藤のデスクに置いたが、デスクに整然と並ぶ資料の中の不自然なスペースが気になっていた。
口の下に親指を置き、髭がある訳でも痒い訳でも無いのに小刻みに動かしては、それが痒みになっているのか別の指でも引っ掻き出す。
苛々と落ち着かなくなると不機嫌そうに遠藤の椅子を蹴り立ち去った。
スタッフは良く見るその光景に、またかと溜め息を漏らすだけだが、そのスペースに在った筈の資料は今、休んだ遠藤の自宅でコピーされている。
本来は持ち出し禁止の資料だが監視カメラに映らないほんの数秒の僅かなタイミングで鞄に入れ持ち出していた。
玄関扉の前には同じカップ麺の器が重ねられ、まるでコレクションのようにゴミ袋に入っている。
パソコンはネットケーブルと電源ケーブルが外されている。
更にテーブルの上のスマホにはアルミホイルが巻かれと、何人の侵入による情報漏洩を許さない構えが見て取れるが、情報を抜き取っているのは当の家主だった。
――PIPIPIGAGAGAGAAAAAGAGA――
『…ひほほほほほ、これからの時代は鬼ごっこも鬼対鬼だぜ…』
零に言われるがままTKT-F0013とNo.225に関するメッセージをプリントアウトして貰った透子が、小林と思われるスマホの過去のメッセージに目を通していると反吐が出る程の嫌悪感が襲う。
決して他人を覗いた事に対する罪悪感等ではなく、ソコに書かれていたのは何の罪も無い他人に対してゲーム感覚でぶつける悪意そのものだった。
「こんな、居るの……」
それまでの人生においても悪意に満ちた会話は耳にする事は有ったが、相手の何かしらに怒っての事だと説明されて鵜呑みにしていたり、仲が悪く喧嘩か何かか、いじめの始まりか、兎角それが出る人も常にそんな悪意ばかりを考えている等とは思っていなかった。
しかし……
『…ひほ、悪意の巣窟だろ…』
裏垢SNSも人の裏側を見せ、悪意や愚劣な考えをひけらかしているが、ソコではソレを現実へと具現化し集団で他人を貶め愉しんでいる事実が淡々と記されている。
ネット社会の闇も大概だが、それ以上の現実社会における組織的な犯罪行為が集団により隠蔽される様が刻々と綴られたメッセージの内容に怒りと恐怖が重なり合う。
さっき抜けたばかりの仄暗い影がまた出始めると楓香が声をかけて来た。
「透子?」
ハッとして楓香の顔を見つめて自分を取り戻す。
メッセージを本のように読んでしまい、こんな世界に入り込んではいけないと新聞の記事と思って読む事にして危ない危ないと息を吐く
「ふぅぅ、ありがとね、大丈夫」
心配そうに手を掴む楓香に、頷く透子がメッセージを読み進める。
零はようやく乾いたボディを確かめるようにテーブルから降りて歩き出した。
目下でうごめく零に集中出来ず、都合は良いが調度は良くないソレに目を向けた透子が何かに気付く。
「何か、歩き方変じゃない?」
『…いや、まあむず痒い位の、何だその、漢の勲章みたいなもんだ…』
「はあ?」
クリーニングに出したシャツの襟のようなノリが張った位の微妙に硬い足の裏は、さながらスケート靴のようでそれまでの歩き方に戻る迄には数日かかりそうな感覚を覚えていた。
「零、ムズ、ボンド……」
「何それ?」
『…楓香、ソレ良い!…』
拳を向け合う零と楓香。透子はまだ零の足に何が起きたかを知らずに居た。
「何が?」
「だれじゃ」
「はあ?」
『…惜しい、駄洒落な!…』
「ふぅむ……」
「ん?」
潜入と先入観から変化する者達




