74〜静寂の狂騒曲〜
業の影は音も無く
――PIPO――
「茶尾、お前指輪を落としたか?」
お客さんをモデルハウスの外に送り出した折に、説明中ビービーとポケットでバイブレーションが響いていたスマホの内容を確認すると先輩からのメッセージだった。
これ、お前のか? と、添付の画像が小さくて良く分からず開き拡大すると、
リング状の何かで赤いインクが着いた様なデザイン。
意味が分からず電話してみると繋がった。
「落とすも何も、そんなの僕の指には入りませんよ」
「はぁはぁ、ちょっと待て、うがっ!」
先輩の電話から聞こえてくる息遣いに思い出した先輩の居場所に慌てて切り出す。
「あ、え、先輩、今山の中ですか?」
「あ? そりゃ、そうだろ、ふぅぅ……」
茶尾の中で瞬間的に思い出したアレの件。
「山の中で電波繋がるんですか?」
「ああ? 上に居んだよ」
山に入る者には頂上や尾根に居ると繋がる事は意外と知られている。
電波の反射に関係している部分が大きく山腹では遮蔽物になる木々に邪魔される事もあり、山の中でも街が見渡せる周囲の開けた上の方に行くと繋がる事が多い。
また近年は登山道にあえて基地局を設置している山もあり避難所や山小屋にも設置されている。
しかし、先輩が居るのは先日茶尾が資材を運んだ山腹の筈。
なら何故繋がっているのかとの問いに応えたつもりだが、茶尾はそもそも山の電波の話を知らない。
自身は役場の人の車で天扉岩地区の集落、つまり下山した山腹の人里に降りて電話した記憶が理解を狭めていた。
「上も下も? あ、で、ソノ指輪が何かあったんですか?」
「ふぅ、おお、例の穴の所に落ちててな」
電波の事が先に頭に浮かんだ茶尾は今の今まで思い出していた筈の穴の件を忘れかけていた事に焦る。
が、考えるものの穴と指輪に何の繋がりも見い出せずに確認する。
「何か判ったんですか?」
「ああ、お前のじゃないならな……ふぅ」
意味深気な言い回しに先輩の窄めた声が問題ありと知らせていた。
茶尾が口を挟むのも待たずに答えを告げた。
「多分、人だ」
「……へ?」
思ってもいなかった答えに拍子抜けしたと同時に嫌悪感が襲っていた。
「誰かが誰かを埋めようとしてたんじゃねえかと思う。まだ決まった話じゃねえから言うなよ」
「勿論、それは滝さんが?」
「ああ、たまにその手の怪しい車が林道を走ってるらしくてな。誰の指輪か穴にあった訳だから、それも有り得るんじゃねえか? ってよ。だあまだ決まった訳じゃねえけどな」
「警察に届けたんですか?」
「いや、事件が起きたか判らんから今はまだただの落とし物だ」
先輩や滝達はまだ山に居る。
茶尾は証拠になる穴と共に映った指輪の写真も撮影してある事を添付ファイルで理解していた。
穴は滝の娘が言う様なもののけや宇宙人でも無かったと決まった訳では無いが、殺人事件という生々しい人間の業の可能性に先輩達が心配になっていた。
しかし、同時に警察案件になれば仕事に影響が出兼ねず。
ましてや殺人事件ともなれば山で捜索やら色々な捜査で山の作業も中止で山の封鎖までされれば、それにより林業のなんたるかも解らずに、捜査で変な場所を掘られ山を壊され兼ねないのも困り処だが我慢せざるを得なくなる。
それまでは、変な化け物やもののけや宇宙人なんて勘弁してくれ! と思っていた筈の茶尾だが、殺人事件の可能性に対した事でむしろ化け物の類を期待する様になっていた。
「熊であって欲しいですね」
「あほか、人食い熊のが怖いわ!」
今、正に山の中に居る先輩からすれば茶尾の話の方が恐ろしい話だ。
と、言われて気付き謝っていた。
その最中に電波が怪しく途切れ出していた。
「それじゃ、気を付けて下さい」
「おお、く……たら……」
「え?」
「……てっき……ごり……」
――PIPU――
「どうした?」
電話を切り、スマホを手にキョトンとしていた透子に大泉が声をかける。
初めて見る電話番号に受けてみたが無言電話だった。
いや、正確にはただ物音がするだけ……
では無く、何か聞き覚えのある様な音が混じっていたが、ソレが何だったのかを考えていた。
「いえ、アレは多分……大丈夫です行きましょう」
二人は初めて会った時のスーパーで昼食にする事にして自転車を走らせて来た。
駐輪場で電話が鳴り、店に入るのに五月蝿いからと出てしまった折の無言電話だった。
普段なら警戒心から出る事は無いが、何となくで出てしまった折の無言電話に反省と気持ち悪さが残るが……
「不破ちゃん、コレ」
透子に手渡されたのは前回大泉に譲ったチキンカツ弁当だった。
しかも半額シールの付いた。
「あ、」
覚えていたのかと苦笑いする透子に大泉はホラッ! とばかりにカゴを見せる。
中には同じ半額シールの付いたチキンカツ弁当が入っていた。
「前回より安いし」
「決まりです!」
イートインコーナーで食べていると大泉が今日の話を小声で始め、勧誘やらの気を付けるべき事の話へと流れていた。
「へええ、あのキョトンとした顔の人がぁ……」
「そお、私もビックリしたけどその手の人って見た目とか関係なくて、本当に目の前で話が出るまで判んないのよ」
「気を付け……ようが無いですね」
「そおなの、だからこそ気を付けて」
「どうすれば?」
「さあ?」
話していた大泉も気を付けようが無い事の気を付け方が分からず二人で笑っていた。
その席を冷たい視線で見つめていた女の姿に透子も大泉も記憶は無い。
接点の無い筈の女はスマホを確認し、暫くするとスマホで二人を撮影していた。
音も無く……
――LAIDENN――
「ふっ、バーカ」
男の運転する車の中でメッセージを受け取った小林が、スマホを覗き嘲笑っていた。
人の業が故の林業と、業に溺れる者の気質




