72〜静寂の狂騒曲〜
違和感とは、頭は気付いている何か
「お疲れ様です」
大泉が帰って来るなり静かに事務所に向かって行った。
小林はそれを横目でみやりニヤけていたが、他のナグルトレディ仲間が近くに来ると急に目を潤ませ困り顔に疲れた表情を浮かべ、誰かに話しかけられるのを待っていた。
しかし、大泉達の居る営業所のナグルトレディは、ある種の体育会系の様な雰囲気があり、か弱さや泣き虫悪口の陰湿な女には冷たく意に介さない。
それでなくとも見た目とは裏腹な体力重視の仕事に生活にと疲れていて、人によっては営業所の託児所に子供を預けている。
そんな裏表のあるかまってちゃん女に対して、それこそかまっていられる程の暇は無い。
時折ナグルトの仕事を介して宗教の勧誘活動に利用しようとする者達が居て、お客さんから噂や文句を言われ他のナグルトレディが迷惑する。
売り上げは減り、その犯人探しが必要となるが、宗教の事に差別するな等といった逃げ文句に世の風潮や、グリーンを基調にした都知事が知らず知らずに組み込んでいたオリンピック憲章の(宗教差別の禁止)を用いて逆提訴等もあり、手に負えなくなっている。
それは連帯責任の様な形だが、お客さんからの話を聞けばスグに誰なのかは判明する。
そのせいか大抵は見つかる前に勧誘活動を止め、辞めていく。
結果残ったのが今のナグルトレディ仲間だった。
「小林さんは何かしらの活動か勧誘に動く可能性が有る様で、例の通りの住人と知り合いらしく私のエリアを小林さんに譲れとお客さんの立場から圧力かけられましたので、私あの通りを外れるので他のお客さん下さいね。それと、私はもう小林さんの研修はお断りします」
伝えるべき事を淡々と話し、部屋を後にした大泉は頭を切り替え何事も無かった様な顔で明日の準備に取り掛かっていた。
「ありがとうございました」
「不破さん明日も中だからね」
透子は研修中のネタにされていたと分かるやり取りに大泉が透子に気付き声を掛けた。
「不破ちゃん、ごめんね」
「いいえ、私の方こそすいません」
透子と大泉のやり取りに朝の話を知った周りのナグルトレディ達も笑っていた明るい輪の外で、一人面白く無さそうに戻って来た小林が見ていた。
スマホを取り出し輪の中心に向け撮ろうとする所、背後から誰かが声を掛ける。
「何してんだコラ」
腹の底から出された声に固まった小林が、その声の出し方をする輩に逆らってはイケないと記憶にあるらしく静かにスマホを下げ画面を消した。
決して振り返りもせず返事もせず。
ただ素直に従っていた。
「良い心持ちだな、今後もそうしろ」
コクリと頭を下げると立ち去ろうと歩き出した小林は顔を眉を寄せ悔しさを顕わに事務所の奥へと向かう最中に何かを思い付いたか鼻で笑っていた。
「不破ちゃんさあ、ナグルトの化粧品にも紫外線対策品あるよ」
「ああ、それさっき買いました。やっぱり白過ぎですか?」
透子達のやり取りにナグルトの営業所が明るい笑いで包まれていた中、事務所の奥で淡々と話をされていた小林はトントン拍子で都合良く進む話にほくそ笑むが、何か違和感に素直に喜べない苛つきを感じていた。
――CHIRIRINN!!――
鈴木が小学生時に胡唆三太の部屋への誘いを断ってから急に起きた身体の異常。
就寝時の足の裏や股間への痺れ・胸を突く痛み・火傷の様な発疹・腓返りと、男なのに氷食症を発症する程の身に覚えの無い出血と火照り。
そして中学生時には時折急な腰や背中の異常に関節痛にと悩まされていたが、高校で寮生活だった頃は全て無くなり健康体に。
しかし、夏休み中に流行性肺炎にかかり二週間程の入院。
向かいの家に喪積を見かける様になった十九の頃にまた腰背筋痛発症。
そして境界線詐欺の前年辺りからはまた腰背筋痛が酷くなり仕事を休み休みにならざるを得なかった。
それにより仕方なく何かをと考え、パソコンで映像編集をしていた経緯から新たな道筋をと、まだ最先端だったCGアニメーションを作ってネットに活路を見出そうと背景や細かい木や壁やの素材を作り貯め模索する中、今度は異常な腫れ物がアチコチに出来ていたが腰痛も腫れ物も病院でも判らない症状だと云う。
夜間勤務では二十キロ程の荷物を積んだ自転車で毎日四十キロ程の高低差のある丘陵地を走って仕事していた折の経験から、リハビリに自転車で丘陵地を四十キロ程走り腹筋背筋をし出すと外にいる間は身体も軽く腰痛も和らいでいた。
やはり筋肉系の何かかと疑い続けていたが……
そして、大泉が違和感を感じていたその通りで、それは起きた。
鈴木が痛みを我慢しCG素材を作っていると突然、脳がピキピキときしみ出し頭痛と目眩が襲い、身体中の力が抜け血の気が引き顔面蒼白に喉や肌は渇きピリピリとヒビが入る様で酷い耳鳴り……
まるで電子レンジみたいな強電磁場の中に入れられた様な感覚に倒れる……
そしてパソコンが異常終了しハードディスクとメモリーと電源ボックスが壊れ、貯めていたCGデータも消え去り、途方に暮れる他無い状況だった。
――JIJIJIJIJIJIJI――
その向かいの家の庭でハイタッチする胡唆三太と喪積泉が地面に挿し込んだ何かを弄っていた手を離し嘲笑っていた。
「コピー完成!」
「よし、佐藤も利用出来たし黒子と兵器が届くまでコレの存在は隠そうぜ」
「ふひっ、署の連中をアイツに呼ばせようか」
「佐藤を殺してか?」
「まだだって、コレ使えばさ」
「コレの存在を隠し続ける気か」
「途中ですげ替えちゃえばいいでしょ」
「ああ、佐藤の責任にすりゃ良いのかハハ」
「ふひっ、僕達はココが違うからさ」
――CHIRIRIRIRIRINN――
電話が鳴り響く部屋の中で激しい痛みと吐き気で動けない鈴木が苦痛に耐え忍んでいた。
違和感の正体は心が触れたくない何か




