71〜静寂の狂騒曲〜
表裏一体の裏表
「待ってえ! 大泉さあああん!」
透子達が走り出して数百メートル程の辺りでナグルトレディー仲間が大声で呼びながら三輪バイクで追いかけて来た。
追いつくなりスグ営業所に戻って欲しいと言われ大泉も訳が解らず兎に角急ぎ戻ると、営業所の事務職の面々が大慌てになっていた。
「あなた不破さんね?」
はい! と、元気な返事に応えるには似つかない溜め息が洩れる面々と透子と同じくキョトンとした顔の四十歳程の女性。
そして様子を伺う大泉は何か用なら急いで欲しいとばかりに眉間にしわを寄せる。
「大泉さんの連れ添う新人さんはこちらの小林さんです」
ポカーンとする三人と苦慮する事務職の面々。
しかし大泉がハッとし何かに気付いた。
それを見て安堵する事務職の面々と尚もキョトンとする二人に大泉が口を開く。
「不破ちゃんの研修まだ……」
尚もキョトンとしている透子はこれが研修だと思っていた。
しかし、研修数日感は制服の着こなしからお客様対応まで屋内での研修が済んでから先輩との配達業務の研修に入るが、透子が着替えを済ませ私用自転車置き場を確認して移動させようと出て来た折に新人研修の準備をしていた大泉に出会し……
「不破さん呼びに来たら小林さんがポツンと立ってるからどうしたのかと思って、で他の方に聞いたら大泉さんもう新人連れて出たって」
「間違えちゃった」
謝り戯ける大泉も透子が今日から研修に入るとはまだ知らない、既に三日経っているので勘違いをしていたが凡そ研修六日目位で一緒に回るのを思い出し気付いたが、皆これが誰のせいでも誰が悪いでもない偶然の些細な出来事と理解していた。
が、新人の二人にはそれも判らない。
透子は謝るべきか悩むが謝る為の間違った事が何なのかも解らず、すいません以外の言葉が浮かばない。
もう一人の新人の小林は未だ何が起きたのか解らない様子で尚もキョトンとしていたが、早く出ないとと急かされ大泉が先程透子に教えた事を随分と端折り、走るのに必要な事だけ説明し積み荷は数件回って減った折に教える事にして出発して行った。
「それじゃ行って来ます。不破ちゃんも研修頑張って」
手を振り見送ると透子も研修の続きへと戻った。
『…ナイセンス故か…』
透子を見送った後、試しに楓香にテキストを渡し作ってもらった練習人形はやはりパッケージ通りに出来上がった。
それは零が最初に思っていた通りの完璧な出来だが、同時に零の身代り人形には成り得なそうな零だった。
そこで楓香に透子の作った零を作ってもらうが似ては非なりの何かが違う零になっていた。
何が違うかと言われても判らないが何かが違う。
零が自分で鏡を見ながら透子のソレを見ても違いは判らないが、楓香のソレは何処か可愛気がある様にすら思える。
楓香には透子のデザインした服の製作に取り掛かって貰っていたが、零は自身が箱買いした物をどう捌くかを思案していた。
――KYURUKYURUGURURUNN!――
昼を過ぎ楓香の腹の虫が鳴り始め、慌てて口を閉じ練習がてらに料理を作ろうとするが野菜室の食材がどれがどれだか判らず振り向くと、キッチン台にはレトルトカレーが置いてあった。
そして添えられた置き手紙には(これと残りのご飯をレンチンして)と書かれていた。
レンチンとは何かと零に聞くとチンチンの事だと言う。
何だアレかとレンジに向かった楓香が何かに気付く。
――KYUレRUンジKYUでRUチンGUでRUレンRUチンNN!――
『…ひほ!?…』
――SUTATATATATATAH――
噓に気付かれた事に気付いた零が自身の思案を止め慌ててキッチンに向かい惚ける。
『…ひほ、今日はチンチンカレーかあ…』
楓香の冷たい視線が刺さる中、一皿目が出来上がるまでの二分間の沈黙に零は頭を悩ませていた。
――CHIRINCHIRINN――
「小林さんココは私が行くから見てて良いよ」
「ええ、はい」
――PINNPOOONN――
既に数十件周った後で大泉も見本を見せようとする訳でもなく、この通りの住人達の違和感から新人に行かせるべきではないと考え慎重に事を進めた折の行動だったが、出て来た女が後ろの新人に気付くと予想外の言葉を発した。
「あれ、小林さん?」
「え、お知り合い?」
「ええ、どうも」
大泉が商品を渡すと小林が前に出て来て話をしだし大泉は邪魔者の様になっていた。
残りの配達もあり時間を気にしていた折、世間話だと思っていた小林達の話が異様な雰囲気になっていた。
そしてソレが大泉を襲う。
「今度から小林さんが届けてよ」
「ええ、でもここは先輩が」
「良いじゃない客の私が言ってんだから」
「いや、お店の方にも確認しないと」
「オッケー言っとくわ。良いよね?」
突然の横暴な話。
大泉も元々この通りの住人には違和感が有ったがココまで酷いとは思っていなかった。
しかし、小林の二面性にも驚かされていた。
大泉を見る目と顔には最初から計算尽くだった事を伺わせる程に変貌した小林の顔は、大泉を横目で見やり口元は嘲笑うようだった。
「いえ、でしたら私の方で調整してみます」
「あら、良いの? ほら出来るんじゃない」
小林がどうもとばかりに軽く頭を傾け、すいませんと言ってまた話を始めようとしていた。
しかし、これ以上はまた何か遺恨をつけられ兼ねないと気付いた大泉が息を吸い込み何かを振り払う様に口を開く
「次行かないと間に合わないので、それでは」
「ちっ」
小さく響いた舌打ちは小林ではなかった。
勿論大泉でもない。
それが意味する事を大泉は久々の自転車を漕ぎながら考えていた。
三輪じゃなくて良かったと思える程に時間をかけて。
――CHIRINCHIRINN――
――CHIIIINN――
『…ほれ、チンチーンってさ…』
――KYUレRUンKYUチRUンGUじゃRUんRUNN!――
表裏、決まり無ければ個人次第




