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70〜静寂の狂騒曲〜

 始まりは慎重に



 血眼号(チマナコごう)のペダルの回転が上がる。

 楓香と零に貰ったものは物だけではなかった。

 喜びが力になるのが良く解る坂道の途中、振り返る通行人が見たのは満面の笑みで自転車を漕ぐ透子だった。


――CHIRIRINN!!――




「おはようございます」


 透子の運ぶ商品の支度は昨日の内に社の方でされていた。

 新人の勤めが始まる朝、覚えるべき概要は頭に入っているが、商品の詰め方や重さや段取りやのコツは実際にやってみないと分からない。

 今日は大泉も透子の為に自転車で一緒に回ってくれる。

 自転車での配達が久々でいつもと違う感覚に少し手間取るが、商品の重さの配分を考え入れ替えていた。

 三輪バイクよりもバランスを考え前後左右の商品の位置関係を気にしている処に、慣れない制服の着こなしに苦難していた透子が自らのアチコチを気にしながらもようやく出発確認に出て来た。



「不破ちゃん……だよね?」


 大泉が呼ぶ声に安堵と似た顔を見せた透子が駆け寄ると大泉も安堵の顔を見せる。

 会って三度目で髪型が変わった女の姿に気付けたのは、新人さん特有の着慣れない制服とぎこちない動きだった。


 帽子が無ければ逆に気付けなかった可能性も有る。

 事実、透子が営業所に着き中に入り挨拶するまで、面接した温和そうな人も気付けなかったが。

 何処に誰にも判らない営業所内に響く挨拶に新人さんらしいなと気付いて貰えただけだ。

 新人の挨拶が大事な理由は他にもあるが、今日のナグルトではこれが一番の理由と思えた。



「お願いします」


 ハキハキとしているのは剣道時代に培われた礼儀だろう。

 勿論、正座も黙祷もしないが心技体とは礼から始まり相手を敬う敬礼とセットだ。


 大泉が何かを思い出すと早速透子に商品の積み方を教えていた。

 バランスが崩れると三輪でも危険になり、後ろが重過ぎるとウィリーしてしまう危険もある。

 不安定な自転車では左右バランスで走行中の風や駐めた時にも影響する。

 配達する度に減って行くので、その都度ある程度の確認が必要なのだと考えれば先ずはバランス感覚を記憶させる事が必須なのだろうと透子は自転車を揺らしながら自分の入れた積み方を確認していた。



「さっ!もう行かないと回りきれなくなるよ」

「はい」


 跨ろうとする大泉が足を降ろした。



「サドルの位置低めに合わせないとだったわ」


 最近は電動化されている為、多少漕ぎ辛くても安定を取るのが主流になっているが、電動の無い昔は安定性を取るか回転のスムーズさを取るか悩み処だっただろうと透子が思えたのは、先日の折り畳み自転車で走って知った少し高目のサドル位置での楽なペダリングの記憶があればこそ。


 あの日、痩せたら乗るので構いませんと持ち帰る折、自転車屋の店長が親身にセッティングして位置をマーキングしておいてくれたおかげで、自転車の奥深さを少しばかり知り得た透子が店長の顔を思い出して心の中でありがとうと呟いていた。

 勿論、電動なので低めに下げたが。


「じゃ、行こうか」

「はい」



 踏み出しから慣れない電動自転車のアシストが襲い前傾姿勢をとったが、その一発で慣れ力強く走り出した透子のナグルトレディーが始まった。


――CHIRINCHIRINN――








「これ、どう間違えたら……」


 楓香が透子の作った零を持ち練習人形のパッケージと見比べていた。


『…ひほ…これ、どうするか…』


 その膝下で箱買いした練習人形キットの箱をどうするか腕を組んで悩んでいた零がおもむろにスマホを持ち自撮りしてみた。


 ブシュッ#


 楓香が虫を潰すかの様に零を平手で押し潰し、持っていた零は放られていたのか上から降ってきた。

 顔を零に向けて横たわるその姿に生気は無く、楓香に潰され歪む零の眼にはまるで自身の死に様の如くに映っていた。



『…ひ、ほ、ほ、…』


「盗撮するから」

『…ん?…あ、違う…』


 振り返った零の目の前に広がる……

 いや(せば)まる視線の先に楓香の下半身があらわになっていた。


「じゃぁコレ、透子に見せても大丈夫?」


 楓香が持ち上げたスマホの画面は撮影した写真の確認画面になっていた。

 楓香はまだスマホの操作は出来ない。

 偶然だ。

 確認ボタンを潰された時に触れたのだろう。


『…ひほおおおおお…』



 正座する楓香の片膝で自撮りの零が寄りかかり斜に構え笑っている。

 その怪しい笑顔の隣に潜む陰の先には勿論……

 スマホを、陰を食い入るように見つめるこちらの零に生気、いや精気が漂っていた。


「ふむぅ」



 零を掴み押さえつけ、スマホを確認する楓香の行動に不安を覚えた零がその一挙手一投足を見つめ、謝罪の覚悟をさせていく。

 使い方と同時にその価値も知れない楓香がいつ壊すやも判らない状況に迂闊に声もかけられないままに待っていた。



「あ、」


 画面が消えるのを。

 これで楓香は封じた。

 後は透子にバレなければ……

 そう安堵していた零に楓香が悩ませる。



「私もこれ必要なのかなあ?」


 社会に出るとなれば現代社会では確実に携帯ツールが必要になって来る。

 今やスマホが無いと出来ない事が多くなり過ぎて、逆にスマホが壊れただけで何も出来ずに大変な事になる程にまでスマホ頼りになっている。

 個人との紐付けで、カードや銀行に病院情報にまでスマホが関与する中、必要無いとはネットで生活している零には他にも増して言える訳が無かった。



『…まだ、まだだ、まだお前には早い…』


 楓香に掴まれ身体の自由を制御されている零が子供を否す様に発したが、また自身の若かりし過去に触れ苦悶する。

 顔を下に向けるのが精一杯の状況に更に苦悶していた折の眼下に横たわる(しかばね)の様な身代り人形の姿が自身の現状と重なった。


『…ひほ?…』


 


 始まりは唐突に


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