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64〜静寂の狂騒曲〜

 愛の御相伴



「えぇぇぇぇ、ちょっと待ってよ何コレ」


 散乱していた物を片付け、黒くなった血痕も水拭きすると赤黒く溶けて布巾を染める。

 それが鮮血だった時に何が起きていたのかを想像するに恐ろしさよりも腹立たしさが脳裏を襲う。

 零の助言で布巾をボディーソープで洗うとピンクの泡を立て血の汚れが落ちていく。


 そもそも何で零が血の汚れの落とし方を知っているのかは敢えて無視したが気にはなる。

 が、透子がおりもの用洗剤を使ってフローリングを拭き出して酵素の匂いに気付いた零が隣から顔を出して来て口まで出された挙げ句にその結果が伴っている事に、納得したくない女の意地が顔を出していた。



「くぅぅぅ、アイツもボディーソープで洗ってやる」


『…ひほほほ、背中を流してくれるのか?…』


「まだ居た、スポンジ代わりにしてやる」


――SUTATATATATATAH――




 フローリングが生々しく輝きハリボテの偽物感を出しているが、お洒落さもある。

 透子は寝転がるのに痛いからと部分的にラグを敷いているが、コチラはフローリングのままだ。

 愛があれば床の痛さも冷たさも、燃え上がる愛の熱を冷ます心地の良いクーラーか。


 自身と違う生活感が漂う部屋を掃除している状況に家政婦にでもなった様な違和感を覚えていた。

 それこそがココに二人が居た事実であると片付ける毎に物が透子に主張していたのだと、片付けた部屋を見て理解する事が出来た。


「やってやる……待ってな」



 この部屋を見たり考える度にモヤモヤとした苛つきに晒されて鈍っていた考えが、他人の部屋を片付けた事実にようやく透子の中で何かが吹っ切れた。

 それは自分がしなくてもと誰でも何でも無い何かに期待するものと、実は事件なんて無くて拍子抜けする程に普通に帰って来るのではという期待との決別。


 それはつまり透子の闘う意思表明であり宣誓だった。




『…ひっほ、鈍臭え猪豚が…』

「ふぅむ、やっぱりこの猪って……」

『…あ、違う、違います…』


――TATIBASAMIHAYAMETE――







「専務が来てるって事は、今日は会合?」


「お、亜子ちゃん頑張ってるな。よろしくね」


 藤が何かの序でと店に顔を出していた。

 奥の席で料理長と何かの打ち合わせをする姿を見ると、決まって夜には商店街の連中がやって来て会合と称した飲み会になるのが定番だったが今月は富士山グランプリがある。

 凡そ月一ペースの会合なのに、と不思議そうに見ていた亜子に声をかけ藤は出て行った。


 藤が出て行った後、料理長から透子の登山計画書が決まったら早目に提出してと言われて亜子の中で専務が来た理由は富士山グランプリの話と理解した。

 富士山グランプリ当日は亜子も、キッチンも前日から仕込みで忙しいが、祭りの様な催事に鈴木とのお祭りデートを頭に浮かべた亜子がしまったとばかりに目を見開き息を吸い込んだ。


「ぁぁぁ、専務に聞けば良かったぁぁぁ」


 言わずもがな藤が知っていたと聞いた昔の鈴木の事だ。

 しくじったってスグに次への一歩を踏み出させるのは恋の内燃機関に火が入っているからだろう。

 そんな時は女の感も勘も良く回る。

 亜子は今夜藤真が茶尾と来ると踏んで忘れない様にレジにメモを忍ばせていた。



 都にはアイドリング禁止の条例がある。

 恋の内燃機関もアイドリングタイムが過ぎる頃までは仕事に走らせようと登山計画書の件を透子に送りデシャップに戻って行った。




――PERONN――



「ん、亜子か……え、もうこんな時間?」


 片付けているとあっという間に過ぎる時間は、物と過ごした時間も一緒に片付けているからなのだと思うと愛おしくも感じるが、現実の片付けの大半は埃やゴミの選別に寒さ暑さに痛みを伴う普段しない体制。

 それこそ物思いにふける余裕は、片付けが終わらない原因だった。


 亜子から送られた登山計画書の件で思い出し、ふと小出家のキッチンの食材を確認していた透子が驚いていた。



「この子……」


 賞味期限切れの食材や腐る様な物があればゴミになる。

 そう思い使える物は使ってしまおうと開けた冷蔵庫にはレトルト食品とビールにつまみのチーズやサラミ等が入っているだけで、野菜室にもミニトマトとカットサラダにベビーリーフ。

 冷凍庫は当然の様に冷凍食品とアイスクリームが入っているだけだった。


 料理をしない人の生活感を初めて目にした透子は戸惑っていた。

 キッチン戸棚の高級食材に……


「えぇぇぇぇ、ちょっと待ってよ何コレ」



 ワインは勿論、ツナにオイルサーディンにコンビーフにと缶詰めにもグレードがある。

 普段から気にはなっていたが、敢えて値段の高い商品に手を出す時は自分への御褒美感覚があった。

 それが当たり前の様に並ぶ戸棚に……


『…ひーほー、気付いたか…』


「零、ひょっとして小出家って」


『…金持ち、では無いな…』

「え?」


『…金銭感覚がズレてるだけだ、ほれ…』



 いつから居たのか零が腕を指す棚の下を見るとカップラーメンの山があった。

 それもかなり安い本当に困った時か小腹用の特売シリーズ。

 透子の中で何かを悟っていた。


 脳裏に浮かぶ菅原と一緒に写る小出の写真、二人の旅行先の写真もそうだ……



「零、愛って見栄が必要なの?」


『…ひほぅ、愛に対価は必要不可欠だぜ…』



「なら、頂きますか」

『…ひほ、頂きましょ…』




 仲良く上の棚を見つめる二人に、後から来た楓香が不思議そうに声をかけた。


「何を?」



『…「愛」…』


 


 片付けるは腹の中。


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