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63〜静寂の狂騒曲〜

 床は冷たく誘う



「で、さっきのカードは何なの?」


 零が目玉商品と言いながら出したカードにはGUTs ASHの文字があった……

 既に名刺のデザインまで済ませプリントアウトして切り出していたと解ったが、透子はそのデザインに不満を感じていた。


 何故に猪かと。


 それは、ぱっと見に干支を思い浮かべ年賀状の様にも見えるが、そもそも腸がどうのと言っておいて何故に猪が出てくるのかが解らないが、それが意味を持って載せたのだとすれば零の会話を思い返せば尚更に悪意としか思えない動物だが……


「猪突猛進って事?」

『…ひーほー、良く解ったな…』 


「やっぱりか」

『…全身全霊の掛言葉だ…』


「何それ」

『…お前らの前進は前例を突き破るってな…』


「何またインテリぶって」


 てっきり悪意と思っていた透子は戦意喪失していた。

 しかし、口で説明しても解らないのが日本語の難しさ

〈私の全身が全零を……?〉

 漢字で書かないと解らない日本語の奥深さは、奥床しさあってこそ理解出来るものなのだと知るのは零の方だった。


 透子に漢字を見せると、そんな意味を持たせても絵を見て気付く人が居るのか? と問われ、零が江戸時代の判じ絵を題材に日本の歴史を説く。

 猪の絵を入れた事で始まった言い争いに、二人の話はどちらにも答えは無い。

 そんな中、名刺に関する大きな問題を楓香が示す。


「それ、誰に配るの?」


――NETTOTUUHANNNI?――




 営業する訳でも無いのに作った名刺デザインは、コピー用紙に印刷されたその一枚だけで役目を終えるとネットのホームボタンになっていた。


「あんた何が何でもソレ入れたい訳?」


 この件で零は凝り性なのだと知る事となったが同時に、凝り性というのが如何に凝るのかを透子は思い知り、才能ある人達や異才を放つ人のソレと自分との差を何となく理解する事になる。


『…うるせぇ、小出の部屋でも片付けとけよ…』


 透子も気にはなっていたものの敢えて目を逸らしてきた隣の部屋の惨状をどうするかと迷っていた事に触れられ焦り固まると、零が追い立てる様に透子の思考を先読みしていたのかパソコンのモニターを向けて見せた。


「はあああ?」


 ソレは誰もがテレビで見るドラマの中のあの現場撮影に見る丸で囲みABCと振られた掲示の置かれた証拠写真の数々に、指紋採取なのか黒紋の付いた壁やドアノブに照明のスイッチまである。


 そして、零が続けて見る様に腕を指したクローゼットの下の箱の中を見て透子は少し反省をしていたが、口にするのが悔しくて静かに片付けを始める事にした。


 箱の中身は小出家に在った本物の楓香の写真や身分証明書等だった。

 それは、いつ来るかも知れない大家や工事業者に楓香が楓香で無い事に気付かれかねない代物だった。

 いくら痩せたと騙せたとはいえ学生時代の写真やを見ればさすがに気付く。


 そして、それ等が無いのであればもう……



「く、片付けるだけになってる」



 渋々顔で隣の部屋に入ってスグに理解した。

 散乱していた中から既に重要書類や証拠も押さえている上に証拠写真も撮影済みなら後は清掃だ。

 床に散乱する物の隙間から残る血痕が透子の感性にザラザラとした何かが纏わり着いて来るのを祓いのける様に一呼吸入れ散らばっている物を纏め出した。



『…ひーほー、ダンボールに入れてしまうのは片付けじゃねえからな…』

「く、……あの、野郎」



 零は既に小出の部屋をどうするかの答えをだしていたが、姿は見えずも動作音から推測される悔しがっているだろう透子を顎で使っている快感に、悦に浸りバケーションにでも来たかの様な優雅さがあった。

 さながらそこは、そうレイサイドホテル。


「で、この大量の零は何処に置くの?」

『…あ、…』


 バケーション気分から楓香に引き戻され、レイサイドホテルの下に入れる様に指示すると、楓香の冷たい視線を感じ現実から逃げる様にパソコンに向かっていた。


「クローゼットにダンボールは、」

『…言うな…』







――PIPU――


 田中の電話を切った高足が丘元都議の資料を見ながらほくそ笑んでいた。


「例の床鍋が見つけた娘の関係者ですか?」


 議員歳費のチェックを任せられ事務所に来ていた遠藤が声をかけると不機嫌そうに高足が鼻で笑い資料を置いた。


「床鍋もいい加減な仕事しやがる」

「え?」


 遠藤は既に情報が間違いだと知っていたが高足の話にようやく先回り出来たと成果を感じていた。

 しかし、高足からの話を聞いて成果と思っていた先回りは先走りだったと気付かされ、ややこしい事に間違っていた情報は遠藤が聞いていた間違いとは違う間違いだった。


 間違った情報を手に入れた間抜けだと知れれば恥となる政治の世界で、間違いを認めて終わりには出来ない。

 当然間違いを埋める為に偽の問題を創り出す必要があった。


 それは罪無き者を罪人に仕立て上げ、田中や丘元に潰させる為の別の獲物を探し出すという事に他ならない。


 高足は丘元の好きそうな罪人を考える為に資料を読んでいたと理解した。

 そして、この罪無き罪人を創り出すどす黒い犯罪の温床こそが遠藤がこの事務所に入ったきっかけだった。

 腹の底から湧き出るムカつきが眉を引き下げる。



「何だ、こんなもんに正義面か? 何年目だよ」

「いえ、その都議って人体実験好きじゃなかったかと」



「あ? あ、マジかよ」


 


 床暖房はぬるま湯の様に

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