62〜対峙の芽吹き〜
薄利多売で得る勝算
『…おひほ…』
「遅い!」
『…普段通りだぞ…』
「そんな寝坊助さんに朝食をしんぜよう」
『…ひほ?…』
御飯に味噌汁そして卵焼き、主食が見当たらないのは味噌汁の具が余りにも多い事から汁物扱いにしたからだ。
寝起きから透子の怪しい優しさに零も疑問を持てる程度には透子の行動パターンを把握している。
「さあ召し上がれ」
余りにも準備が整っていた。
わざわざクローゼットに置いておきながら、明らかに何かある事を伺わせる透子と楓香の見つめる視線。
御飯を持つと明ら様に気が削がれている二人の顔、卵焼きには興味も無いと判る目線の先は明らかに味噌汁だ。
毒か実験か悪戯か、二人の知能からも毒は無い筈だ。
悪戯も性格からして……
いや、ここまで明ら様な顔をしている奴等が悪戯を仕掛けたとすれば相当に腐った性格なのだと自身の悪癖から推測出来る。
実験で間違いない。
しかし実験料理は一番厄介だ。
生死に関わるキノコの様な実験もあるが、さすがにそれは無い。
となれば賞味期限切れの実験か……
いや、楓香の調理実験だ。
楓香が作ったとすれば味見だろう、何か違う物を入れたに違いない。
透子の性格だ微妙な味見を……
零の頭が冴えて来る、悪癖が騒ぎ出していた。
『…ひーほー、二人は食べないのか?…』
「ん? 食べるよ」
『…折角の料理だろ、冷めちまうぞ…』
「だから零も早く」
『…俺の体は布製だぜ…』
「いや、昨日火傷してたじゃん」
『…く、…』
「あの、」
「ふん、早く食いな」
『…この雌豚…』
「私が食べるから」
『…「あ、ごめ」…』
――JURUJURUJURU――
「……うん、これ、多分美味しい」
二人顔を見合わせ頷くと味噌汁を手にした
――JURUJURUJURU――
『…「う、美味っ! 何コレ」…』
『…おい、料理も透子を超えてるぜ…』
「いや、お前、うん、超えてるか……」
零の褒め言葉と透子の凹む姿と理解に難しい反応が楓香を戸惑わせる。
が、鰯の味噌煮缶入りの味噌汁は、楓香の入れた味噌が赤味噌だからなのかまるで鍋物の様な風合いでいて缶詰めならではの安心して骨まで食べられる魚の身は濃厚な出汁も染み入り、透子が後から入れたワケギが鍋感を強める。
強いて言えば漁師料理のような荒々しさにも似た少々塩っ気が強い処だろうが、それを卵焼きの甘さが優しく包み込んでいる。
三人は奇跡の料理に舌鼓していた。
――KACHAKACHA、DONDONDONN――
「グツァ、ガツあしゅ、さん?……すいませーん宅配でーす」
不意に来たドアノブの音に透子は警戒心を持ったが、宅配の声に零が反応していた。
『…ひほっ、もう来たのか、さすが天忖(ネット通販)だぜ…』
「お前のか」
『…ふ、GUTs ASHの目玉商品だ、受け取って来いよ…』
カードを出した零の不敵な笑顔が気になって透子が立ち上がり出て行った。
スッピンを嫌がる程の化粧映えもない透子は顔に対するコンプレックスはさして無い。
少し眉が歪んでいたのを整え過ぎて薄くなった部分に描き加える程度で、口紅も色付きリップで済ませている。
実際の処は、目元のお洒落よりも目立つ服装のせいで誰も透子の顔を気にしていなかった。
決してスッピンに耐えられる顔とかのソレでは無いが、心に余裕があったおかげでただの大雑把になっていた。
そして……
「はーい」
薄眉Tシャツワンピ(デブ時の色物Tシャツ)に爆発頭で出て行った透子の姿に……
「おお、あ、ガツアシュさん? キャンユーすぴいくジャパニーズ?」
「んは?」
「サインぷりーず」
「ああ、おおけ」
以前も来た事がある筈の配達員は南米の日系外国人と勘違いし去っていった。
明らかにTシャツと髪型の印象なのだろう。
配送トラックに戻るとドライバーに言っていた。
「例の父親が来てたあの部屋に今行ったんすけど、何か変な外人さんの家に変わってましたよ」
「おお、俺等のせいで親に連れ戻されたとかじゃねえよなあ? ヤメてくれよ」
「そっすね、プロレスファンからの恨み買いたくないっすもん」
「知らねえ俺は知らね!」
――BIRIRIBIRIBIRI――
零が薄ら笑いを浮かべ確認にダンボールを開封しているのを透子が怪訝な顔で見ていると、箱の中から見覚えのあるパッケージと生地が目に入り戸惑っていた。
「ん? え?」
「あ、それが例の零?」
「は?」
楓香は昨日透子が出かけている時に零から一つ作って欲しい物があると頼まれていた。
しかしそれは一つ処か大量に入っている。
まだ開封されていないそれには、説明書と布切れと縫い糸と綿と何か見覚えのあるパーツ類がペタンコになり封入されている。
「あんた、ソレ何考えてんの?」
『…イヒヒヒヒヒヒヒ、俺様を量産だあ…』
「はあ?」
宅配された大量の練習人形の零君は、楓香の作品と共に裁縫に興味を持っているDIY系のサイト来訪者を裁縫教室さながらに、この練習人形キットで挑戦させてやろうと云う考えかと思ってみれば、
その先を見据え楓香の才能に任せた完璧な零君人形を作らせ完成品として載せた上で、自分にも出来るかもと甘い考えで作る挑戦者の自尊心を打ち砕き楓香の作品の凄さを理解させ、絶対的なファン層を作り出そうと云う。
そして……
奴等と対峙する為の保険として、自らの分身を大量にバラ撒き影武者を確保しておきたかったのだと。
「お前、」
『…ひぃーほほほほほほほほおぅ…』
「ナルシストか」
大量生産の危うさは社か者か




