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60〜対峙の芽吹き〜

 カレーと加齢は危険な香り。



「何か、頭軽くなった」

『…元々、ビぼ…』

 ボフッ#

「まだ軽口叩けたか」


 クローゼットの扉に挟まれた状態で項垂(うなだ)れながらも顔を伏せていた零だが口元に薄ら笑いを浮かべている。

 鼻で笑える程に気を晴らし、振り返った透子が気不味い顔になった。


「あ、」


 目の前では先程まで風呂場で髪を切ってくれた楓香が、さあ次はこれを手伝ってくれるよね。

 とばかりに生地や端切れを前に、これみよがしにコチラを見ていた。


 惚けようと顔を戻した透子を、扉に挟まれ項垂れていた筈の零がコチラを馬鹿にするように顔を上げ音を立てずに嘲笑っていた。


「く、コィッ……」

「透子、もう髪も乾いてるよ?」


 透子は楓香が手伝いを欲している事が何かを知っている。

 当然の様にある裁縫の記憶はその細かい作業の必要性も大変さも理解していた。

 図案毎に生地や糸を分け端切れを使える素材と……



「さてと、夕飯だっけ」

『…な、…』



 零の悔しがる姿を背に受け……


 透子は逃げた。



 咄嗟に零は顔を伏せ項垂れるが、透子に逃げられた楓香が刺すような視線を送っているのを察知し動けずにいた。

 それはまさに蛇に睨まれた蛙そのもの。

 滲み出る冷や汗の様な青い糸クズ……


――GOFU!!――


『…びぶぉ…』



〈あっぶなぁ……〉

 逃げたとはいえ楓香への感謝を示そうと、何を作るかと冷蔵庫を開けたまま考えていたが感謝の料理なんて物は当然浮かばない。


 なのに楓香を家族の様に愛おしく感じる想いは、あっという間に料理を決めさせ、決まった料理に更なる手を加えられないかと食材を物色していたが何かを決め、昼に残した半分の玉葱をみじん切りにしだした透子は涙と共に笑顔を浮かべていた。



「ここの生地取って、あとそれ止め糸抜いといて」

『…ひほほ…』


 決して笑顔の理由は逃げた事に対する悦びではないが、零の必死な声に悦びを感じていたのも確かではあった。



 フライパンに油をひき、パンを一枚出して切り取った耳をトースターで焼き出すと、パンを細かくちぎりだし、ボールに玉葱と共に入れ、更にひき肉と卵を入れたら塩胡椒にナツメグとガラムマサラにカラシとカレー粉少量を入れて混ぜ。


 おにぎり位の大きさを掴み取り、空気を抜く様に叩き楕円形へと整えていくとフライパンにのせる。

 繰り返す事6個程を敷き詰め、4つに切った茄子を入れたら中火で蓋をし……


 そお、大人から子供まで幅広く愛されるハンバーグを作っていた。

 冷凍食品の台頭で印象は薄くなっているが特別感のある料理の上位に君臨する楓香への感謝を表すのに十分な料理。


 けれど楓香に特別感を持って貰いたかった透子にハンバーグはベタな料理に思えていた。

 そこで冷凍していた炊いた御飯をレンジで戻し、パルメザンチーズと昼の残りのボロネーゼを入れたら耐熱容器へと移し、ハンバーグと茄子にとけるチーズをのせ更にしめじをちらす。

 トースターの焦げ味が付いた耳を取り出し耐熱容器を入れ15分程で完成する。


 余ったしめじをミルクパンに玉葱スープの元とパセリや胡椒と共に入れたら水を入れて火にかける。

 カップ3つにトースターで焦がしたパンの耳を割り入れ沸騰を待っていた。



『…ひほ…』

「ふむぅ……カレーの匂い?」


「ふん、違いますぅううう、まあ楽しみに待っときなって! あ、もうすぐ出来るからテーブル開けといて」



「だって」

『…ひぃぃ、く…』


 纏める為にやっとの思いで広げた図案と生地等を悔しそうに片付ける零から漏れる恨み節の嗚咽を聞き、透子は舌を出して悦び肩を上げていた。



――CHIINN――


 出来立ての耐熱容器は熱く更に中まで予熱を通す。

 先にカップにミルクパンの中身を注ぎ入れ運んで行くと、零も楓香も待ちわびた顔で……

 いや、零の顔は微妙だが。

 クローゼットに置くと胡座(あぐら)の様な座り方で腕を組み、休憩時間の職人さんの様に待っていた。


 ドリアを三人分に取り分け皿へ盛り付け、もう一つのハンバーグと洗ったベビーリーフを盛り付けると見た目だけの名前を付けた……



「はい、ロコモコ風ハンバーグドリア」

「ロコモコ……」


「髪のお礼も兼ねて、ありがとね」



『…ひほっ「「いただきます」」…』

『…「「熱っ!!」」…』


――BAGONNN!――



 火傷と同時に襲う胃の衝突感に右往左往し慌てて透子はアメリカン風コーヒーを入れて持って来たが、皆口の中を火傷したせいで細かい隠し味に誰も気付く事なく、ただただ口に含んではコーヒーで流し込んでいく、作った透子も隠し味を感じる事は出来なかった。


 しかし楓香は口の中を火傷する程に熱さが売りの料理がある事を知り、雑誌に載っていた激辛・激アツに対する怪訝な印象を強めていく……

 熱さと辛さの違いはまだ判らない。



『…ひほ? 化繊が溶けてやがる…どんだけ熱いもんを…』




――KOOOOOOO――



 換気扇から漏れる薄っすらと香るカレーの臭気を受け扉の前に立っていた掻下は階段へと肩を震わせ安堵から消え去って行く。

 一度帰宅し鈴木の帰宅を確認すると胡唆へ連絡したが昨日までとは違い呆気ない返答をされた。


 頭は良くない。

 自分のそれが何をしているのか自分が連絡して何が起こるのか、鈴木が何かしらの被害を受ける事は理解出来ているが自分への火の粉は払いたい。


 ただそれだけの理由で動いている掻下だが、いつもと違う反応に警戒心を持ち自分のミスがバレた時の事を想像したのか慌てて透子の部屋を確認しに戻って来ていたが、中から聞こえてくる複数の男女の声と事務所の様な表札に引っ越したと思い安堵し嘲笑って帰って行く。



 車の中から外を見ていた松田が、ニヤけ顔の掻下がスポーツジムの脇から出て来たのを見て慌てて目で追い電話を手に取った。


「おい小佐田、掻下の行動張っとけよ。アイツまだ生きてるぞ」


 


 匂いと臭いの差は何か。


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