59〜対峙の芽吹き〜
百の獣は少ないか?
「ああ、もう面倒くさい」
そう言うと鏡を前に三段団子の二段分をつまみ上げ楓香の裁ち鋏を使って自身の髪を切ろうとしていた。
「あの、それ」
楓香は気付いていた。
しかし、またも零が制止するように口を挟んで来た。
『…ひーほー、断髪式は皆で切るもんだぜ…』
「そうね、でも私のはお団子ヘアで髷じゃないから要らない」
『…チッ…』
「それだと、」
――PATUNN!!――
「ああぁあ」
「え? 何?」
楓香の予想した通りの惨状がソコにあった。
零は薄ら笑いを浮かべている。
透子だけが解っていない、後ろからしか見えない真実は意外と面白かった。
――KOTONN――
玉に巻いたまま切られた髪は、玉に近ければ近い程短く切られ離れる程に長く残るが、透子の団子は頭頂部にあるが、救いは団子を一つ残した事。
おかげでまだ調整は可能だが、肩より上のショートヘアーになる事が確実となっていた。
それを教えるかの如くに巻き付けただけの残した玉は、留めている事が出来ずに足元にこぼれ落ちた。
「……あれ、これ、ヤバい感じ?」
「ふぅむ……」
『…ひほほほほほ、さすが早合点馬鹿だな…』
「なに笑ってんのよ? 楓香、そんな酷い?」
「ふむぅ……」
「……うそでしょ? マジか」
切る、そこに至る過程に長い髪を持つ女として心得ておくべき後ろ髪を引かれる想いを拭ってしまった後悔を確認すべく、手鏡を持ってクローゼットの鏡の前に向かった透子は立ち尽くしていた。
合わせ鏡の向こう側に映るのは、未来や過去の自分の姿や、鏡の世界から出て来て襲う等の怖い話よりも恐ろしい現実が透子を襲っていた。
「……やっちったぁぁあ」
『…ひほほほほ、イヤあ、おめでたい…』
「うん、おめでたいかも……」
透子の頭に浮かぶ富士山のような陰影は、肩より上にしか整えられない事を示している。
「何が?」
当然合わせ鏡で上か左右からしか見る事が出来ない透子からは陰影は良く見えない。
故に、富士山の陰影と捉える事など不可能だった。
見る方法はある。
スマホで誰かが撮影すれば済む話。
だけど零がまともに撮るとは思えず、楓香に至ってはスマホの操作から教えないといけないと思えばこそ、面倒だがタイマー写真で自分を合わせる他に無い。
しかし、撮影する必要性を失った髪をそこまでして撮影する気も無い。
こうなると修整するのは中々に難しく、やはりプロに任せないと女性の髪は暴れ出す。
自分で切れるのは前髪パッツンかバスト辺りの長さを持った毛先程度。
結ける長さがあれば誤魔化せるのだけれど……
面倒くさがった結果を受け入れるのはまだまだ先の話。
前髪パッツンの高さ不満ですら受け入れに四日はかかるのだから。
「富士山、あ、透子の代名詞」
『…ひほほほ、この丸いヘアアクセ付ければ御来光だぜ…』
先ずはどう修整するのか、プロか楓香か自分か……等と悩むまでもなくプロと考える筈が楓香の一言で呆気なく。
「私が切ってあげようか?」
「いいの!?」
「私で良いの?」
『…ひほっ…』
楓香の中では手助けの補填的な意味合いだったが、透子はイメージを期待していた。
覚えた記憶も無いのに、凡そのヘアスタイルをスマホで探すと
「これでよろしく! ああ、お風呂しかないか……とりあえず、アンタは部屋に入ってて」
零をクローゼットに放り、面倒くさがって裸になった透子は櫛と鋏を持って風呂場に楓香を連れ立って向かうと、扉音と共に零がニカニカと静かに笑い、クローゼットから顔を出していた。
――SUTATATATATATAH――
楓香がスマホを睨み付けていると何となくだが髪型のイメージが浮かぶ。
「あれ?」
「何? まだ何かあるの?」
「ふぅむ……」
それが透子の雑誌に少しだけ載っていたヘアカタログだと気付いたが、既に切り始めていた手はそれこそ本当に何となくのイメージだけで動かしていく。
先ずは富士山の山頂付近に合わせて雲海を漂う様に前方へ切り揃え始めると、なにか上手く出来てる感が漂い出した。
そんな折にヤツだ。ヤツが来た。
『…ひほー、右の方が長いぜ…』
「ふぅむ……」
『…ひほー、まだ右の方が長いぜ…』
「ふむぅ……」
『…ひほー、左の方が長いか…』
「ふぅむ……」
『…ひほー、右の方が長いか…』
「待って楓香! おい、何でお前がココに居んだよ」
――SUTATATATATATAH――
「あの駄フィグ……ヤりやがったな」
「え、アレ嘘?」
「う、何処まで切った?」
最初に肩より上になると知り、スマホで選んでいたヘアスタイルは、マッシュルームのボブスタイルだったが。
既にボブもショートに近くなってはいるが脇の鏡を覗き込んだ透子は拍子抜けしていた。
「え、良いんじゃないのコレ」
「そお?」
これまで長く重かった髪がばっさり切られ毛根が力強く立ち上がり、マッシュのボリューム感がヘルメット頭になりそうな処、皮肉な事に零の悪癖でバラバラに切られた髪は動きを付けエアリーに。
「さすがね、ありがとう楓香」
「うん、どういたしまして」
〈髪ゴミは紙ゴミか?〉
等と分別収集の細かさに頭を悩ませ袋に詰めると、そのままシャワーで洗い流す透子は記憶だと勘違いして楓香の器用さと学びの努力だとは気付いていないが結果的には感謝で結ばれている。
そして……
――KYUKYURU――
シャワーを止めた透子は感謝とは別に問題提起を掲げる為に、服を着ると気合を入れていた。
水分を含んだ切りたての髪は跳ね上がりアフロの如くに広がっていた。
その姿から牛魔王を想起する者はもう居ないかもしれない。
それは……
……ライオン
百獣の王を想起させるには十分なタテガミを携えた透子は吠えていた。
――GUWAAAWOO――
『…ひほっ?…』
王の素質は十分に。




