56〜対峙の芽吹き〜
転んだその達磨は立ち上がれるか?
学生っぽいのが自転車を持ち上げ車と壁の隙間から窮屈そうに運び出しているその脇で、スーツ姿の男達が倒れているが誰も助けようとはしていない。
野次馬は誰を助けるでもなくただスマホで何かを送信受信を繰り返しSNSか、既に終えた祭りやフェスの会場に残る聴衆の如くに満足感に溢れた顔でその場を踏み荒らしていた。
立ち上がった藤真が鈴木を途中まで見送り自宅へ歩いていると、その惨状を前にしてそこにいる人集りが何故男達を助けようとしないのかを理解する前に駆け寄っていた。
「大丈夫で……あ、」
「え、あ、山谷の」
ライバル会社の土金不動産の護衛衆だと気付いた藤真の顔は曇り、かけた手を離すと立ち上がり周りを良く見渡して見れば倒れていたのは土金の黒服。
そして、吹っ飛ばされた感丸出しの……
それが透子の仕業だとスグに気付き笑っていた。
「お前等、アレに手ぇ出したんだろ?」
「アレって、お前知ってんのか?」
「痛い程に良く知ってるぜ! でもアレは俺の獲物だ。手え出すんじゃねえ」
「山谷の癖に何調子に乗ってんだコラ」
「あれ? それは協定違反かい? それとも俺とやろうってえのか?」
「ちっ、何なんだアレは」
「アレはさあ、化け物、本物の牛魔王さ」
何処を見ているのか遠い目で誇らしげに語る藤真は、この惨状を受け更に透子との差を確信していた。
「はあ? 何言ってんだお前」
「どうせ、お前等も吹っ飛ばされたんだろ?」
「な、何で、見てたのか?」
「いや、俺もさっき吹っ飛ばされたばっかだ」
「あ? お前が吹っ飛ばされた?」
「ああ、アレは強い、強過ぎなんだよ」
黒服の男が信じられないとばかりに藤真を見ると確かに擦り傷や服にも擦れ痕があり嘘では無いと解ると神妙な面持ちになっていた。
それ程に藤真は強いと黒服達には知られていた。
そして、その藤真が吹っ飛ばされた事実は男に敗北宣言を下していた。
「お前等が悪い事してたからだろ。悔い改めな!」
「別に……」
「それ、駿輔の車じゃねえだろ? 親っさんの車で邪魔な路駐すんな。通報されんぞ」
「ご、」
「じゃあな」
去る藤真に背を向け男は悔しそうに立ち上がり仲間の元へ。
しかし、残っていた野次馬は勝手な憶測話に花を咲かせていた。
女はヤクザ者で親分に反対されたがプロポーズした男はそれでも諦めきれず。
または、女をかけて男達が争奪戦していたが友情が芽生えて。
等など様々なストーリーを生み出し電波に載せ野次馬は去って行った。
「ありざいしたあ」
ホンキドウテーでの買い物を済ませ中身の乏しくなっている財布に、富士山パスタと贅税脂富の料理が脳裏に浮かんでは消えを繰り返し悩ませる。
もっとも富士山パスタは富士山グランプリで食べられる。
しかし、それはそれ。
透子は初めて食べたニンニクベースのボンゴレ魚介全部乗せのタラコ味を想像し舌が思い出すと、ニンニクからの連想か贅税脂富の肉丼へと思い出した味覚を舌にのせ幸せを感じて歩いていた。
「大丈夫か」
「ああ、あの串団子ありゃあん時のか?」
「判んねえ、けどもうアレには近付くな」
「馬鹿野郎ここまでコケにされて……」
「……あ、」
「んふ、ふふ、へへへ、ああぁ……」
何処を見ているのか遠い虚ろな目でとても幸せそうには見えないニヤケ顔の透子が通り過ぎるのを、壁に張り付く様に打ち身で痛む体を反らせ固まる男達には既に戦意は無い事が誰の目にも明らかだった。
通り過ぎた先で透子に気付いた筋肉猛者達が挨拶をしているが、挨拶に頷く程度に去って行くのが見える。
と、更に男は何かを理解していた。
「コケに……されても、ああいうのには関わらない」
「そうだ」
「遅いっす」
「ああ」
更に通り過ぎる筋肉猛者達の会話から女を牛魔王と呼んでいるのを聞き、男達にもその通り名は浸透していった。
串団子の牛魔王。
その通り名が透子の事だと理解出来るのは今はまだ身近な者達だけだった。
そして、その主たる原因を作った車の持ち主は土金の持ちビルに入っている賃貸店舗の店主に何かを渡し出て来たが、店主は何かと引き換えに悪事に加担する事を選んだと判る顔で見送っていた。
「じゃ頼むね」
「はい、松田さんの頼みですから」
「お、良い顔になったじゃない」
外に出た松田は汚れた黒服達に気付くと周りを見渡し何かが起きた事は察したが
「おい、車は? 察か? それとも信敵か」
「いえ、野良牛が出まして」
「……え、それニュースじゃない? 撮ったか? てか獲れよ!」
「は?」
「テレビ出れんじゃん」
「あ、いや車が」
「あ? あんじゃん。そうだ今度山から何か動物連れて来い! そんで偶然装ってネットに動画上げようぜ。あ、これ久美も乗ってくんぜ」
困り顔の黒服を他所に盛り上がる駿輔が車に向かうと、男は他の黒服と目を合わせ呆れ顔で安堵し車に乗りんでいった。
「あ、髪!」
透子は筋肉猛者達の挨拶によって贅税脂富を再連想させられ、味覚だけでなく視覚も脳裏に浮かび我慢のたがが外れるのを必死に我慢していた折に頭を抱えて思い出したナグルト帽の存在。
透子の団子頭ではアレを被れないのは明白。
ヘアーカットが必至だったがこの時間。
そして財布の中身……
当然のように悪い頭に過ぎるあの手この手は全て楓香に頼る事ばかりだった。
――KAKIKOKAKIKO――
「ん?」
『…ひほっ…』
起き上がれない達磨は目玉も抜くぞ!




