54〜対峙の芽吹き〜
恩知らずの恥知らずは国の恥
「さっきの凄かったな」
「人が飛ぶの初めて見たよ」
「凄いプロポーズの返事だよな」
「張り手とか」
「うわ何だコイツ、キモッ」
一度成ったカルトの目は簡単には戻らない。
卑屈な顔の掻下が帰宅の途、過去の恩に仇を成した自身の恥知らずな行為に対して後悔の念も無く腐った男は、若者の会話で昔の記憶を引っ張り出された。
随分と前に感じる夏の昼過ぎだった……
大事な用があった訳では無いが掻下は気を抜いて奥さんを外に出したまま鍵をかけ出かけていた。
家に入れなくなっていた掻下の妻は困り彷徨き鈴木の奥さんに困っていると話していた所に、デートにと急ぐ鈴木の息子が家から出て来た。
鈴木の奥さんが息子に掻下の妻が困っている事を話すと、息子は一瞬腕時計を見やるがスグに掻下の助けにやって来た。
掻下の妻が庭の天窓の鍵が空いてるからソコから入って下の窓を開けて欲しいと頼み梯子を持って来ると、鈴木の息子は身軽に登り窓枠に手をかけたが一瞬躊躇ったが、狭い天窓に身を入れ向きを変え二メートル程の高さから降り目の前で見守り待つ掻下達のいる窓を開けた。
身軽さを褒め自身では無理だったと述べていると息子は、夏の暑さに外は辛いですもんねと相手を気遣うが、腕時計を見るなり慌ててそれではこれでと出かけて行った。
その手や顔や頭や裸足で入った足の裏も服にも天窓の埃や土油が擦り付き、とてもデートに行くとは思えない程に汚れていたが掻下の妻は息子に礼を言うでも無く鈴木の奥さんと話していた。
その話を妻から聞いた数ヶ月後、鈴木の息子は彼女と別れていた。
更に翌年の三月末に新卒で内定していた就職先に、ある男が持ち込んだ写真は、あの天窓に入る姿を何者かが後ろから撮った写真だった。
「これが証拠です。いいんですか? 彼を入社させると信用問題に関わりますよ」
男は、この男が近所に盗みに入った所を皆で取り押さえた時の写真で、警察には言わずに近所で解決させた物だと話し信用調査会社の者だと告げていた。
その後、息子は四月を前に唐突な内定の取り消しで就職先を失った。
そして土建関係や飲食店のバイトと、若者や年配層がやらない夜勤の仕事に従事する事になっていた。
その息子に対してある男が恰も論をばら撒いていた。
「普通の人間は朝起きて働いて夜寝るもんだけどねえ、やっぱりああいうのは常識が無いんだなあ」
そう言って朝から夕方まで大音量の電動ノコギリや業務用バキュームを使い庭弄りをしていたのは胡唆だった。
鈴木を寝かさない為だと事実は知っていた。
しかし、掻下は自身の肺がんにあの息子の煙草のせいだと胡唆から仄めかされ、自身の不幸を他人のせいにする事で憂さ晴らしにしていた。
その事実を思い出した頃だった。
黒服にぶつかり絡まれていた。路地裏で殴られるのを覚悟していた掻下は、助かろうと通りがかった者を指した。
男達は何を信じるでもなく路地裏に通りがかった者を排除しようと因縁をつけにじり寄って行った。
「おお、こんな狭い道に入って来んじゃねえぞ、おデブちゃんよお」
「とっととそこの焼き肉屋で焼かれとけよ雌豚」
「あっはっはっは言い過ぎだろ」
「贅税脂富馬鹿にしてんのか?」
「「「あああ!」」」
「何言ってんだデブ! とっとと失せろや!」
掻下は更に他人を巻き込んだ事に罪悪感も無くただ自分への不幸が他人に向かったと喜び安堵していた。
が、瞬間!
「どすこぉおおおいっ!」
――DOTTEEEEENN――
逃げようとする掻下の目の前に男達が降ってきた。
「はあ? お前何してんだコラ」
「どすこぉおおおいっ!」
――DOTTEEEEENN――
「何なんだ、お前」
「どすこぉおおおいっ!」
――DOTTEEEEENN――
その凄まじい鼻息と風貌に掻下は圧倒され感謝も述べずにその場を逃げ出した。
それから暫くして……
胡唆の嫌がらせに気付き選択を迫られていた。贅税脂富のカウンターで胡唆から貰った回復薬を試しに飲むか悩んでいたその時だった。
隣にあの時の女が居た。
多少の負い目から回復薬入りの唐揚げを喰わせ、飯田に素体として提供出来る女として特徴等の情報を渡した。
しかし、今日根岸の研究所で見た女は別人だった。
あの時の女は何処へ……
そう、まるで今目の前を通り過ぎた女の様な団子頭だったが、髪型が変わるだけで若い女の判別等、七十にもなる掻下にはアイドルの顔すら見分けが付かなかったが、それも責任逃れの理由に使えると考え街の喧騒を抜け消えて行った。
「おいコラ人の車の脇で何してんだこのクソガキがあ」
「何だあ俺等の車が邪魔だってえのか? この車が誰の物か判ってんのかコラ」
路駐車両が邪魔で自転車を出せなかった学生が絡まれていたのを見ていた人集りに助ける者は無く、スマホを向けて撮影しているだけの連中が相手の素性を語られ逃げ散った所に、透子が来た。
藤真に張った一撃に活路を見出し、その感覚を忘れぬ様にと素振りしていた折だった。
「まだいんのか、テメェは覚悟出来てんだなおい」
「姉ちゃん良い度胸じゃねえか」
「その団子頭は何かムカつくな」
「おい、無視してんじゃねえぞ」
そう透子に手をかけようとした男は吹っ飛ばされていた。
――DOTTEEEEENN――
「ぅぅん違うかぁ……」
「何だ、お前」
「おい、俺達が誰か判ってんのか?」
「どすこぉおおおいっ!」
――DOTTEEEEENN――
「な、お、お前まさか」
「どすこぉおおおいっ!」
――DOTTEEEEENN――
「よし、ばっちりだわ」
――PATIPATIPATI――
戻る聴衆の拍手を背に、活路に実感の自信を持ち試し討ちを終え、不敵に去る透子の勇姿にスマホを向ける様な怖いもの知らずの聴衆は無かった。
恥の文化が日本の心の文化




