42〜嘘の使い道〜
汚く罵る者は自分を洗浄したがるもの……
「あの野郎ブッ殺してやる」
「あれ使ってハゲにしてやりゃいいんじゃない?」
「あぁアレ?」
「アレ使うなら癌にしてやるのは?」
「それ確か胡唆が試してみたいって言ってた」
「なら試してみたらいいんじゃない、私が黒子を要請してあげるから」
佐藤家で久美達の怒号が飛ぶ中、薄ら笑いを伏せ隠す喪積は、この輪の中にいる福山を境界線詐欺を行う前から既に味方につけている。
それは九年前だ。
飼い犬の糞尿を片付けもせず他人の門前だろうが砂場だろうが処分もしない作間という男が福山家の門前の電柱に糞尿をさせ続けていたある日、福山が自分の文句を言っているのを偶然聞いた作間が自分の犬可愛さに学者を名乗る胡唆に依頼した。
木造の家1軒を挟んだ福山家に向けた超指向性音波を犬笛に近い22Khzより高い周波数領域で鳴らし続け、福山家の飼い犬にストレスを与え続けていた。
しかし当時の指向性スピーカーは精度が悪く反射や風で容易にズレ拡がり他の家にも響き渡っていた。
それを今回のターゲットにも聞かれ怪しまれていた為、より指向性の強いマイクロ波を使い出したが、今度は胡唆の隣に住む邪魔な掻下を肺がんで殺そうと使っていた位置調整用レーザーがターゲットの喫煙により目撃されてしまった。
そこでターゲットが変更された。
先ず福山の家に鳴り響いた金属音、スグに犬は死んだがストレスでは無い。ターゲットの家にもそれは鳴り響いていた。
しかし勘と感が良かった、良過ぎたが故に頭も切れた。音の正体を確認する為に周波数帯域を確認、それが故にハメられた。
ターゲットの家に反射した超指向性音波を音源として
「何か変な音がするから調べていたら偶然見つけた」
と、福山にターゲットが犯人と伝えていた。そしてこうも続け伝えた。
「あの男、大の犬嫌いみたい」
当然、犬を亡くした福山の哀しみは喪積の嘘によって恨みに変えられてしまった。それを証明させる為に作間はターゲットの家に糞尿をし続けるが中々怒らない。
そこでターゲットが駐車場でパンク修理中、背中越しに糞尿をさせた。それを胡唆が録画し福山に見せ協力者とした。
その後、福山は境界線詐欺を完遂させる証人になる予定だった。
しかしターゲットは、詐欺の根幹である胡唆がばら撒いた風雪の流布を見抜き、河西の連れて来た測量士も正確に図り詐欺は失敗した為、喪積は河西に奢らせた分相応の恥をかいた。
その挙げ句が、更に佐藤や久美等も巻き込み再び嘘に嘘を塗り重ね殺しと権力の強奪を始めようとしている。
四日前、ターゲットのせいで殺しきれなかった掻下に薬味と称しプレゼントした毒物で殺す筈だったが何故か生きていた。
そこで今回、掻下を利用する事にした。肺がんになったのはターゲットの喫煙のせいだと吹き込み福山達が怒って追い出し屋を雇ったから協力して欲しいと。
床鍋の子育部の女達は近所同士だ。地上げめいた境界線詐欺や黒子による癌を引き起こす科学兵器で殺人を繰り返し床鍋集落ともいえるコロニータウンを拡げようとそれぞれの思惑が交差していた。
その中で過去の嘘や計画を揉み消す恥隠しの為と喪積は動いていた……
「あぁ、それいいかも」
喪積の笑顔は松田久美のアイデアに喜んだのでは無く罠にかかった自治長の佐藤をほくそ笑む物だった。ターゲットの家は透子の家から目と鼻の先。
――IHIHIHIHIHIHIHIHIHI――
『…ひひひひひほ、ひーほーひーほーひーほっほ…』
「おい、何が可笑しい」
『…ひーほ、これ、これがデザインてか?…』
プチッ#
『…これなんか穴だらけで蜂の巣かよ…』
プチプチッ#
「それは穴じゃなくて通気性と汗ジミを解消する為の……」
『…この迷彩の位置とか、隠す場所違うだろ…』
プチプチプチッ#
「あ、零ばいばい」
『…ひーひーひほっ?…楓香?…あ、ヤベ…』
ボフボフボフボフボフボフッ#
――BOKKOBOKO――
「ったく、アンタがお前の力が必要って言ったんでしょうが」
『…ひほ、これ見たら、っぃ…』
ボフッ#
透子がぽっちゃり界のファッションリーダーを夢見たデザイン画と図案。
あまりにも利便性と機能性に振られたそれはファッションとは程遠く奇抜というよりもキデレツな物だった。
零は見るなり笑い転げ、楓香は前回作った時の記憶からか自身の感受性が透子のソレを作るのを拒否している事に気付き苦悩していた。
そこにダンボールを片付け終わった透子が戻って来た処だ。
「負けたくない、作ってみる……」
『…ひほ、そぉだ負けるな、が、頑張れ、ぃゃ、頑張るな、無心で作れ…』
楓香は与えられた仕事に自分の感受性が邪魔をするのを振り切ろうと図案を睨み生地にチャコペンで目印を付け始め、零もまたパソコンで販売の為のホームページなのか解らないが何かをし始め、また訳の解らない画面にコマンドを打っていた。
が、その風景に当然納得がいかない透子だが、ぶつける先が無く苛ついていた。
「何が、何に負けるってのよ、モオ!」
そして怒りの矛先は店でぶつかってきた女を思い出させた。
〈あの女、外国人か? にしたってぶつかったら謝るのが普通よ、男は謝ったし、ここは日本なんだから郷に入っては郷に従えよ! 次遭ったら粛清してやる〉
「あぁもう、私もルート対策しよ」
そう言って【富士山パスタ攻略案】を開いて肝心な事を思い出し焦っていた。
「楓香! 胃が共有って、食べれる量は元の私の食べれる量より上? 下?」
唐突な質問に楓香は透子を見つめると固まった。透子と楓香の沈黙の時間……
透子は上か下かでとてつもなく今後の話が変わる事に気付き焦っている。
上なら確実に九合目制覇で藤真達を打ち負かし常連客の店や自宅に販売契約をさせる。
下なら負けてオーナー権が藤真に、販売契約も無くなる。
天国と地獄だ。
楓香は上か下かと問われ考えていた。つい先日説明したのにやはり理解出来ていなかった透子に何と説明すべきかを。
「あの……」
〈どっち? 上? 下はヤメて〉
「真ん中」
「ん?」
「駄目か……一緒、同じ」
「え、と……ん?」
透子は二極化していた。それ故に柔軟性が無く理解力が低下していた。しかし楓香は学習能力が向上していた。
「あ、元通り! 変わらない!」
「何が?」
『…食べれる量だろが…』
とうとう零に突っ込まれ透子は自分が馬鹿になっている事には気が付いた。が……
「え?」
『…「馬鹿なの?」…』
「ぇえ? えええっ?」
二極化の思考停止を喜ぶ者とは……




