03〜出会いと別れ〜
まだまだ部屋から出られず、これが本当のホームドラマですよ。
「そもそもお前の身分証とか、どうすんだよっ!」
「ハッ!? どうすんの?」
「ぃゃ、お前が考えろよ!」
午前の十一時半
隣の部屋からけたたましく壁を叩く音が響く。
――DONN! DONN! DODONN!――
朝からギャーギャー叫び罵り合い気付けば昼だ! そりゃ怒るのも無理はない、お互い顔を見合わせ……ていたら腹が減った事に気付き、思い立った様に透子が立ち上がる。
「とりあえず何か食うか! あんたの分も作ってやるから!」
と、キッチンへ向かった透子だったが、数秒後……
「何じゃこりゃぁあっ!」
透子の怒り狂う叫び声、後ろめたい気持ちの表れか、妙な汗を大量に噴き出し唯一の逃げ道となっている窓に向かう腸女にキッチンから包丁を持った透子が迫る。
「こいつぁぁぁやんのかやらんのかやんのかやらんいでか、やんのかやらんのかやんのかやらんいでか……」
呟き背後から近付いて来る鬼と化した透子の殺気は隣の部屋にも伝染したかの如く……
「あ、いや、違うんです、すいません、やめて、お願い、そちらに御布施ちゃんと払いますから」
と、隣人さんは余程の恐怖を感じたのか、地獄の沙汰の前に神も仏も金次第的な懇願までして来る始末。
当の腸女は窓は無理と判断し、目を潤ませ情に訴える作戦に切り替えているが、透子の殺気立った眼が腸女の腹と口を凝視する。
「いつだ?」
腸女を問い詰めようとする透子に、またも隣の部屋から
「今夜にでも!」
予期せぬ隣の部屋からの茶々に気を削がれ、眉をひそめ目が一瞬壁を見た透子から殺気が薄らいだのを見透かし、透子の怒りの原因をしっかりと理解している腸女は今しかないとばかりに喋りだした。
「ぃゃぁ、一通り自分の身体を見回して何となく理解したから、今度は自分の周りを見回してぇ……たらつい!」
調子の良いオッサン臭い言い回し……まるきり自分と重なってしまう事に怒りの矛先に苦悩する透子だが
「つい。じゃねぇよ……お前、そういや突然の割に随分と余裕だよな!」
と、ようやく現状に疑いを持ち始めてもいた。が、落ち着いて考えたいのに腹は減っている上、キッチンの食べ物を片っ端から食い散らかしたコノ腸女をどうするかで今は手一杯だ。
「余裕とゆうか記憶の一部が共有されてる!? って感じなもので、特に食欲とかが往々にして強過ぎてその……加減が判んなくて、つい」
奇しくも何となく理解してしまった透子は顔に手をあて天を仰ぐ……
「か、加減……」
が、違和感に気付いた透子は天を仰いだ顔から心眼を再び腸女に向け凝視した。
「なぁおぃっ! 食べ方は解ってるんだろ? あんなガッつく犬みてぇな汚ぇ喰い散らかし方する必要は……無いよなぁ?」
腸女の冷や汗が窓辺の陽の光に輝きキラキラと流れ落ちて行く、それを見て確信を持った透子は畳み掛ける。
「ぃゃぁあ、そんな奔放な喰い方を私もやってみたいなぁ! なんて思った事が有るんだょ! しかもお前が貪ったのは私の好物ばっかだしな! そぉそぉ、さっき記憶の共有とか言ってたよなぁ?」
透子の狂気に満ちた顔が腸女と窓の間に入り込み目の前に迫り来る!
「お前、知っててやったよな!?」
腸女の滴る冷や汗に、恐怖の涙と脂汗も加わりギラギラと流れ落ち出した。
「モンブランの上のマロングラッセとマロンクリームだけとか、メロンパンのクッキー生地だけとか、フライドチキンの骨の無い所だけとか……良く見りゃ明ら様だわ!」
嗚咽を漏らし怯える腸女の流す汗を舐め回すように辿って見れば、床は流れる汗と涙とでビショビショに……
否、ギトギトに…!? 目を凝らし透子が腸女の顔に目を戻すと
「ふぇっ!? 干乾びてる?」
途端、パニック続きの透子の脳がピキピキときしみ出し頭痛と目眩が襲い、身体中の力が抜け血の気が引き顔面蒼白に怒鳴り過ぎたか喉や肌は渇きピリピリとヒビが入る様で酷い耳鳴りが……
まるで電子レンジみたいな強電磁場の中に入れられた様な感覚に、意識が遠退きかける白目の透子にミイラが語り掛ける。
「み、水を……飲んで!」
〈えぇっ!?〉
呆気と焦りと身体のきしみに抗いながら言われるがままに何とかキッチンに辿り着き、散らばる生ゴミ化した食べ物にまみれたコップを取り出し、洗う気力は流石に無いがそのまま飲むにも抵抗感!
ふらつく脳内に怒りが蒸し返すが兎に角水を飲むしかなかった。
水なのに妙な味を纏って入って来る。コップの中に入っていた食い散らかしの残骸だろうか、生死を分ける危機的状況なのに気持ち悪さが過ぎるが、何度も水をくべ飲み身体は楽になって来た。
もう一リットルは飲んだだろうか……
「って!私が飲んでも意味ないだろっ!」
窓辺のミイラに叫ぶ! が、姿が無い!? 焦る透子に再び脳が困惑し今度は目ではなく頭が廻る。
「あれ? あれあれ? あれれれれ……?」
〈よくよく考えてみれば腸女って……幻? 昨日トマトを喉に詰まらせて意識が飛んで……どうして助かったのか寝ぼけてたのか? どっかのロボット作ってた博士が宇宙に放り出されてなった酸素欠乏症ってのはこんな感じなのかもか?〉
と、記憶を巡らせてはみたものの自身の惨状が古いアニメの話とごちゃごちゃになって無理矢理にでも自分を納得させて落ち着こうとしているが
今、透子の視界に入っている窓辺でギラギラ光る脂汗の水溜りのせいで困惑が止まらない、堪らず天を仰いだその時だった。
――JURURURURUu……――
突然お腹に何かが刺さり全身の力が抜けてイク……腹の底から汁を吸われてアヘ顔に!
「ふひっ……」
声が漏れ出てしまう程の吸引が、ぢゅるぢゅる……と下品な音をたてて長々と……一息ついて目の焦点が定まる前にまた繰り返す吸引に、産まれたての子鹿の様に立っているのがやっと。
それが繰り返す事五度目にようやく焦点が定まると何が起きているのか腹を確認しようと下を見る。
「て、手っ!?」
自分の腹に誰かの人差し指が突き刺さっている!?
腕を辿り犯人の姿が……満面の笑みで……ほっとしている。
「は? はぁあっ!?」
読んで頂いたあなたとの出逢いに感謝です。〈活動報告にて〉