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29〜戦場の選択〜

 山登りと山盛り、どっちがお好き? 



「本当だ、透子ちゃんだ」

「確かに」

「大丈夫なの?」

「俺を頼れよ」

「可哀想に」

「ここツケ利かないの?」


 皆に心配されているのは判る……が、違うだろう? と、納得のいかない透子の思いは伝わらない。

 しかしこのカードの凄さは本物だ。むしろ未だに使い道の解らないデブるよりもこのカードの方が……そんな考えを見透かされたかの様なタイミングで楓香が尋ねてきた。


「あれが登山マップ?」


 そう、ここ富士山パスタは大食いの店では無い。パスタの味を楽しむ為の遊び的要素があるだけで、メニューが豊富なパスタ好きのお店だ。

 名前の由来は脱サラで始めた主人が登山好きだった事と、オーナーである大家さんの藤さんから付けた。


 そして十数年前、あまりにも多いメニューに対し近くの学生客が始めたゲームが登山部等の部活生の間で伝統的に残り、遊びは一般客にも知れ渡って今や店の代名詞ともなった結果、カードまで発行される様になり透子の八合目カードがそれだ。


 美味しく食事を楽しむ為の遊びであり、決して廃棄する様なマネは許されない。なので無謀な挑戦を防ぐ為の措置として大盛りは二倍迄で、更にそれ以上増す時は別皿として一人前の注文となる。

 それでも食べ切れない時はお持ち帰りとして、通常では発生しないお土産代金を払ってパックに詰めて持ち帰る。


 そう、登山と同じく全ては持ち帰る事とし無理な登山はせずにキチンとした登山計画書を提出し下山する。

 それがコースメニュー。

 常連客が樹海と呼んでいる豊富なメニューは普通に単品で食べる客の方が多く豊富が故に客層も様々で子供からお年寄りまでこよなく愛する地元の人気店だ。


 勿論その客もコースメニューを知る人は多く


「僕も登山したい」

「私は行けて六合目までかなぁ」

「あの人七合目だって凄いね」

「あのパスタ何? あれ食べたい」


 等とコースメニューは人気ではあるものの一般的な量では無いのも確かだ。

 なのでパーティーや宴会等のプランとして良く使われ、その折は皆で取り分け食べるので常連に団体ツアーと称されている。

 三千五百円からなるコースが四つありルートと呼ぶ、それぞれに特徴らしきものがあるのは富士山の登山ルートと同じ名前故だろう。


・吉田ルート

・富士宮ルート

・須走ルート

・御殿場ルート


 しかし、トーシン達はまだ気付いていないが、実は透子の八合目はこのルートでは無いトラバースを用いた隠れルートだ。

 そう、このコースメニューも個人で注文する際は登山計画書を提出して置かなければならない。

 その為ルートは店員しか知り得ないのでトーシン達は未だにそのルートの存在に気付いてはいなかった。



 だが、今日は楓香の人生のスタートとお披露目。


〈赤飯じゃないけど、トマトソースの赤いパスタで決まりね!〉

 と、透子の中では決めていた。後は具を何にするかと悩んでいたが、席に付きメニューを開くと気は大きくなり


「トマトソースでぇ……あさり、ムール貝、たこ、えび、いか、魚介全部乗せでどうよ?」

「ニンニクベースのボンゴレ」


「……通ね、良くこの店のイチオシを、て」


 そうだった、イメージだ。透子の記憶にはバッチリとある筈のイチオシだが実は何度も推されているのに食べてはいない。

 美味しいだろう事は容易に予想はつくのだけれども営業時代ニンニクの影響を考えてしまい醤油ベースで食べていたのでニンニクベースに憧れがあった。が、今は関係ない!


「忘れてた、私もそうする」

「駄目! 透子は魚介全部乗せ」


――AREAREARE――


「……え、何でよ」

「ムール貝とエビが食べたい」


 この店で仕切られるとは思っても無かった。が、富士山パスタでは一緒に食べに来た相手と色んなパスタを頼んでシェアして楽しむ事をよしとしている。


 勿論あの感染症中は御法度となっていたが今は違う。

 まさか説明しなかったこのシステムに関して私の記憶(イメージ)から引っ張り出して来るとは思わなかったが、人生のスタートは楓香だけの問題にあらず、二人の船出と云う感じがして心地が良かった。


「そうね、そうしよう」


――GARARAANN――

「あ、」

「いらっしゃぁあい」


「最悪だわ……」


「出たなフィットのファット」

「やかましいわっ! 山の挨拶位ちゃんとしろ」


「くっ、こんばんわ……今日こそ俺は」



――HAJIMATTAZOOOOO――


「こちら私の友達、楓香! よろしく」


「あ、え? ファットに友達? すいません。俺は(ふじ)(まこと)、皆トーシンって呼んでますが、脱げば判るけどガリではないですよジムで鍛えてるんで」


 透子は楓香がどうするのか今後を見極める為に何も言わずただ見ていたが、何かを思い出したかの様に口を開いた


「小出楓香二十一歳……です」

「よし、亜子!」


 挨拶が自発的に出来た事にまるで子供の成長を見るような思いで、高揚感にノセられ沸き立つ心を絶やさぬ内に注文をしようと亜子を呼びつけると、慣れた手順で藤真を少し離れた席に案内しスグに透子の元へ駆け寄って来た。



 しかし、ファットに対抗心を持つ藤真は離れた席で二人が注文をする姿を見て不安になっていた。


「? まさか、二人で最長御殿場ルートを行く気か?」

「うるさいなぁっ! 今日は私、楓香と樹海を楽しみに来たのよ! 邪魔すんなガリ」


――SOONANDAAA――


「ごめん、てっきりタッグマッチの為のバディかと……って、誰がガリだ」


――NAAANDAKYOHANAINOKA――


「あ、そうだ今日は風穴(ふうけつ)氷穴(ひょうけつ)にするわ、ニンニクベースのボンゴレと同じく魚介全部乗せで折角だからタラコ味で、あと……」


 風穴(ふうけつ)氷穴(ひょうけつ)とは樹海にある洞窟だが、富士山パスタでは穴をコップに見立てたドリンクセットの事だ。

 お祝いにとワインを注文したが楓香が断固として拒否して来たのでジンジャーエールに変更となった。

 やはり腸内環境の影響を気にする節はある様だ。







【金皮県床下研究センター根岸】


「ほら喪積(もつ)の所だったろ」


 スーツの男達が胡唆(うさ)の研究室の台の上に持ってきた二つのバッグを置き愚痴を吐いていた処に胡唆が恍けた顔で戻って来た。


「それ? 何で二つ?」

「片方は例のだ」


 バッグに手をかけ不機嫌そうに尋ねる胡唆(うさ)の目は、不機嫌とは真逆の既に他の企みを始める布石を立てているかの様だった。


「コッチか? 掻下は居ないな? 久美との件、大変な事になったぞ」

「何の話だ?」



――SUUUUHH――


「嘘も方便か、慣れたもんだな。次は私の番か……」


 部屋の外で聞き耳をたてていた喪積もついずみの顔はニヤけ、新たな事件の予感を匂わせ消えて行った。


 

 そのうち富士山パスタのメニュー表を一話分として上げようかな……

 朝投稿したら、読んで朝からお腹空いちゃうかもですかね(笑)

 目指せ飯テロ?


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