26〜戦場の選択〜
思考を止めるな……て、止まらないでしょ。
『…ビールは?…』
「クッ……覚えてたか。買ってあるわょ……」
『…なら、俺様が調べてやった就職口を…』
「あ、それなんだけど私ナグルトレディやろうかと思ってさ! どんなもんか序に調べてよ」
『…調べるも何もアレは商品買い取って販売、買値売値が決まってて売った利益分が給料だ。解り易いまでの個人事業主形態そのまんまだろ! それより富士山パスタに連れてくってお前、楓香を世間に晒すって事の意味を…』
「解ってる。大丈夫。アンタも協力してくれるんでしょ!」
『…糞、面倒臭え雌豚共が…』
――KATAKATAKATAKATAKATA――
返事と捉えるべきなのか零はまた黙々とパソコンで作業をしだした姿に、零なりの協力する姿勢なのだろうと考え……
というか、零の見ているネットの深部が何なのかも良く解らないだけに任せることにした。
とはいえ零の言葉は中々に鋭く透子の脳裏にグサリと刺さっていた。楓香を世間に晒す事、それは人として認知させる事であり自分の分身から切り離す事でもある。
大家に会わせる迄は楓香の身代わり的要素が多数で楓香が戻ればそれまでだが、自分の仲間や世間に晒すという事は一人の人間として確率させ、他人の人生にも入り込み腸女自身の人生を創りだす。
それは創造主たる神の領域に手を出すに等しい。
身籠った女性や子供を産んだ女性が神的な扱いをされたり、処女信仰による禊や生け贄にされたりと歴史の中で様々な形で生み出された女の人生、未だその人生も女の悦びもましてや産んでもいない若干二十一歳の女が腸女に人生を創りだそうとしているのだから事の意味が重くのしかかるのは当然だ。
が、透子の中でその重圧を押し返す程の考えが……あるにはあった。
〈ま、女は度胸よ!〉
きっと零もこんな透子の心中を察する事が出来ていれば黙ってはいなかった……か、知った上で離れてどうなるのかを見て楽しむか……まぁ、どちらかといえば後者だろう。
ネットサーフ中の零の隣で透子は履歴書を書き始め楓香は棚に裁縫道具や布等に何処から持ってきたのかDIY工具を丁寧に……
「って、おいっ!! 何だこの部屋。いつからこんなテーブルと椅子が? それにその棚」
「てへっ!」
「テへッじゃないわよ。私DIYなんて……え、アレ? もしかしてあん時の?」
透子の記憶にもDIYのイメージがある……このアパートに引っ越してきた時に家具は後で揃えて自分色に部屋を染めるんだ!
と息巻き室内ダンボール生活をして数カ月、生活費を差し引いて何とか使える金を捻出できた翌日の帰り道に駅ビルやデパートの家具屋に寄り……
その値段に驚愕し帰宅後そんなはずは、とネットで家具を検索するも理想の家具は殆どが相場の値段と大差なく。安い物は在るにあるが部屋のサイズが合わない大小問題で売れ残った物ばかり。
そんな折に目にしたDIYおしゃれ家具や小物の掲載写真やブログに目を向け、繊細さを要する裁縫とは違う力技的部分の重要性に、これなら自身の裁量が!
と色々な作り方に工具の種類や使い方と情報を粗方調べる事数カ月……
〈多すぎるわ!〉
と、DIYの奥深さというよりも沼の深さを思い知らされた。DIYそれは単に自作するだけにあらず、そして何よりも多岐にわたる必要な工具。
一つの種類を作るのに最低一つの工具が必要になる。部屋の家具を全てDIYするには家具分の工具が必要になる。何を意味するのか……それは赤だ。真っ赤な赤字だ。
〈買った方が安いわ!〉
そう、それこそが物の価値と言うものなのだと理解した。職人を見下す大企業や、使いもせず票の為にテレビの前だけ権力に利用する議員やに自己嫌悪の様な自責の念さえも感じたあの時のイメージと知識がコレを作らせたとでも言うのか?
「うぅんと、これ透子がぁ……」
「いいの!」
楓香のイメージに見当がついてしまった透子はこれ以上の自責の念と昨夜の辱めを思い返し、自身の心の傷を刳るのを避けようと楓香の解答を制止した。
「良かったね」
『…マジか? こんなあっさり許されるとは思わなかったぜ! 豚女もお前のセンスの前には脱帽かウヒヒヒヒヒヒッ…』
「……は?」
二人? が何を言っているのかさっぱり見当もつかない。いや見当がついたからこそ楓香の解答を制止したハズ。それよりも何故?
「え、ちょっと待って……何で零が喜んでんの?」
――AREARE? AREARE? AREARE?――
楓香が、だって! とばかりに腕を上げようとするのを見た零が何かに気付き慌てて楓香の腕を制止しに飛び着いた。
『…ふざけんな、こいつまだ…』
零の慌てる様子と楓香の視線の先が答えと気付いた透子が振り返る。と、クローゼットの戸が開いていた……そして、その中は全て……
『…くっ、ここまでか…』
【レイサイドホテル】
「……な、に、これ……」
ネオン看板の様な物と共に、これまで零が秘密裏にクローゼットに隠し溜め込んでいたネット通販で買った物や楓香に作らせただろう物が所狭しと敷き詰められ、そこは完全に零の家?
いやリゾート地と化していた。
――SUNAHAMAPUURUSUMAHOWAINNTEREBIRUUMURAITO――
「ぁあんた、スマホ? テレビ? って、私の服とか何処やったのよ」
『…ほれ…』
零の腕指す方を見ると隣の部屋の元壁にドアの無い通路とクローゼットが出来ていた。
シャワーに入る時に着替えを楓香に渡されてこっちに来てなかったけど、いつからこの状態だったのかと思い返すが、寝る時は邪魔だからと元壁を二人で端に寄せた記憶……は、無い。
「あれ?」
そう、シャワーを出たら既に布団が敷いてあった……昨晩のアパート前での動きからして零は平均男子程で然程の力は無いだろうし体格的に無理がある……となれば必然的に
「楓香、あんたアノ自転車片手で持ち上げられる?」
「ふうむ……多分」
スタスタと向かい、玄関の折り畳んだ自転車を掴みスンナリと持ち上げた。
「それ重い? 軽い?」
「ふむぅ……多分」
――DOTEEENN!GASHAAAANN!――
答えを聞くまでもなかった、まるで食べ物の重さを計るように手の上で弾ませた反動を感じようとしたのか、落ちてきた自転車の重みに耐え切れず転倒した。
自分の力加減が出来ていないだけで非力だ。下手をすれば腕が折れていたかもしれない。
「大丈夫?」
と、心配には至らずまた指でなぞって治していた。良くも悪くも壁はコイツで間違いない。
「アテテテテ」
「あの壁は何処に?」
不意の質問に不思議そうな顔で私を見つめる楓香に、私の記憶が呼び覚まされる。
〈あ、あれ、まさか?〉
慌てて戻りテーブルと椅子と棚を確認した透子の顔に最早問う術は無かった。
「大家さんに何て言えば……」
――DONDONDONN!――
『…ひーほー!早くもおいでなすったぜェ…』
こんな早くに床鍋が? それとも壁の修理か? と、焦る透子を嘲笑うかのように零がカードを寄越した。
『…お前が受け取れ…』
「は?」
――DONDONDONN!――
「あ、はい今開けます」
――KATYANN――
「どうもコチラでお間違えないでしょうか?」
「ピザ??」
後ろの死角でオーケーの合図をする零を見て、点と点が繋がった。会計を済ませ零にピザを渡す。
『…ひほ!まだアツアツだぜ…』
時に、初潮や月経を汚れと蔑んでいたのは倫理観で完全にアウトだが、近年の科学的には女性ホルモンの封じ込めにより環境負荷を防いでいたとかいう話がある。
しかしどうだ近年の男の中にはその初潮や月経を欲しがる馬鹿がネットの中にはウヨウヨいる。そんな環境の方がよっぽど生活に不快ではないか。そんな輩こそ禊や生け贄にすべきかとも思えてくる。
「零、さっき私に楓香を世間に晒す事の意味を説いた後パソコンでやってたのって……」
『…お前らは富士山パスタ行くんだろ…』
そうだコイツの血は環境にどんな影響があるんだ?
「ピザにかける赤いのって何だっけ?」
――MAGIRAWASIINNJABOKEEEEEEEEE――
『…押入れで寝るのはネコ型ロボだけじゃないぜ…』




