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153/154

153〜富士山九合目〜

 SLデコイチ



 鈴木の皿の貝に身のあるあさりが幾つ残っているのかは判らない。


 透子の勢いも一口しか食べてはいないだけに追い上げているとは言い難い。


 ただ、今言えるのは傍目にこの二人の勝負にしか見られていないという現状。


 当然、それを追おうとカウンターの左端で必死になっている男は居る……



 居るが、その手にするフォークが進まなくなってから既に五分程が経っていた。



 皿を見れば残りは僅か。


 そう見えるのが傍目であって、苦しい腹事情に食べている本人から見れば残る二口三口も、それを口に含むだけでも至難の……



 登山で言えば、踏み上がり続け疲れた足の重さに一休み。


 けれど、座ってしまえば腰は重く沈み込み、立ち上がる事さえも辛くなったと理解すれば脳の疲労に睡魔までもが襲い出す。

 アクビが出れば下山のサイン。

 八合目より上での疲労は高山病だって起こし得る。


 けれど、ここ富士山パスタで登る歩みに溜まるのは、パスタという名の炭水化物。


 アルデンテという適度な水分を有したそれに具材を絡めるソースを合わせ、味覚と嗅覚を刺激しながら食欲と胃袋を膨らませる。


 時には、グラタンという穴の空いたパスタにたっぷりのホワイトソースを合わせ入れ、チーズを被せ置いたら容器ごとオーブンに入れて焼いた、少し多めの乳脂肪とのコラボレーションで食欲と胃袋を更に膨らませて来た。



 ここまで須走ルートの藤真は、にんにく料理も二皿目。

 スタミナをつけて挑む登山も、食べる事に対するスタミナがつく筈はなく。


 そのスタミナ湧き立つボンゴレのあさりも、貝から身を掬い取るのは右に同じなだけに、尚更近くて遠い透子の背中と思えて来る……




「ふぅぅぅ、よし!」



 透子が準備万端整った!


 と、勢い付けて食べようとしたその瞬間。



「ふぅぅ、これで多分、無い、よね……」




 拍子抜けするような鈴木の声に気をそがれ、後ろの観衆と同様に透子もそちらを見るが、食べ終わったのか否かの判断に身の在る貝をフォークで掻き分け探す鈴木の姿。



「無いです」



 全てを見ていた隣の亜子が断言すると、後ろの観衆が湧き上がる。



「うぉっ! あの痩せの兄ちゃん行ったあ!」

「ヤベっ! そっちが対抗かよ……」


「透子ちゃんと九合目、一騎討ちじゃん!」




 その声に、反応するは男の意地!


 既に一口分を巻いてはいたフォークを口へと向けた藤真が、気合を入れて鼻息荒く噛みしめる。


――FUUNN!FUUNN!――

――FUUNN!FUUNN!――


 その鼻息に、ふと視線だけを向ける透子だが、スグに自らのスプーンに乗せたあさりの身の山へと意識を戻す。


――CHOPUTYU!――


 あさりの身一つ一つが、噛みしめられる度に弾け潰れて中からワインの煮汁と貝のエキスが口いっぱいに(ほとばし)る。



 皿にも溜まる煮汁はあさりの身から出る味とは少し違う。

 身とワインの煮汁を良く絡ませる為の繋ぎ役に入れられた油分のにんにくバターが強く感じる。


 その分、噛んだ身から出る少し苦味のあるエキスに混じる養分は、しじみと同じく二日酔いにも効果をもたらす身体に優しい良薬苦しの飲み薬。


 そう思って食べると、何だか胃の膨らみも抑えられる気がしてスンナリ入る。


 いや、まるで蒸気機関車の(かま)に石炭を放り込むようにスプーンに山盛りに乗せたあさりを口へと放り込んでいた。


――FUUNN!FUUNN!――

――FUUNN!FUUNN!――


 そして、左に同じく噛みしめる度に漏れ荒れる鼻息は、それこそ機関車の蒸気のように……



――CHOPUTYU!――


 あさりのワインむしで給水し、噛みしめ勝負に燃える熱量で沸かした蒸気を鼻から出して、胃に運ぶ力へと変換する。


 鈴木に向けたライバル意識が湧いた二人の熱気だが、料理長の声が水を差す。




「あ、じゃあそれ、先に回しちゃって!」

「不破さんのは?」

「もうコレも出来るから大丈夫」



 順序の予想を外した事が判る台詞に、盛り付けが終わり配膳される次の料理。


 九合目の魚介全部乗せトマトソースパスタが、藤真と透子の後ろを通り過ぎ鈴木の前へと運ばれた。



「お待たせしました。九合目、魚介全部乗せトマトソースパスタになりまぁす」




 先に自分の皿を持って行かれた悔しさもあってか、戻る料理人にスレた目を向ける透子だが、その料理人が手に持つ空き皿には煮汁が無い事に感服する。


 それは、鈴木がスプーンで煮汁をもしっかりと飲んでいた証拠に他ならない。


 もう、その強さを認めない訳にはいかなくなっていた。



〈……ヤバい〉


 当然、それは透子にとって思惑の崩壊の合図でもある。




「はいっ! 次、お願いします!」 



 藤真は気合を入れ捲った声を響かせたが、後ろの観衆の反応は非情にも薄く、自身が後手に回っているのを痛感する。


 空回る気合いに期待も乗らず、一人遅れてる事にはやる気持ちが、早食い競争ではない事を再び忘れさせて行く。


――CHOPUTYU!――

――NGOKU!GOKYUGOKYU――


 フォークで貝殻の山を抑えて皿を持ち上げ、皿から直接煮汁を飲んだ透子だが、貝殻のズレに山は崩れて焦り皿を戻すと、残りをスプーンで掬い取った。

 山が崩れた折にハネた煮汁が透子の額に着いている。




「はい! 私の出来てる?」



 藤真の焦りが伝播していたのかは判らないが、透子もまた鈴木を抜こうと気合いを空回りさせ、早食い競争へと勘違いの思考になっていたのを見越してか……



 料理長は調理場内で盛り付け終わった料理を指し示した手を少し動かし、料理人に持ってくようにと合図を送ると。

 案ずるな!

 と、ばかりにソワソワしている透子を諭すように応えを返す。




「大丈夫だって、ちゃんと見えてるから!」


「はい八合目、あさりのワインむしでぇす。で、……こちら、不破さんは九合目、魚介全部乗せトマトソースパスタになりまぁす」




 そう言って藤真と透子の空き皿を脇に寄せ、それぞれに次の料理を置いた料理人が空き皿を持って戻って行くと、後ろの観衆はカウンターを静かに見守り出していた。


 緊張感ではないそれは、半ば酔いが回っているからこその言葉が出ない沈黙でもある……




 宴の席もカウンターも、腹に空きが無くなる頃合い。


 腹が満たされれば吐き出す愚痴も少なくなり、楽しもうと酒を入れては野次を飛ばす。


 そうして日頃の鬱憤を吐き出した体に、楽しく美味しい酒と料理と茶々を入れ、賭けと言う名の互助の取引市場で明日への活力剤にしている商店主仲間との宴を盛り上げる為の催し物こそ……



【富士山グランプリ】


 そのファイナル・ステージとも言える九合目に入った二人。


 そして、遅れる一人。



 透子は、契約を求めて勝負に拘る。

 藤真は、オーナー権争奪に。

 二瓶と藤も、透子に対して何かを確認しようと……


 秘めたる狙いに、勝負の行方が左右する。



 何も知らない鈴木が鍵を握っていた。


 


 シュッシュッポッポ!!


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