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152/154

152〜富士山九合目〜

 二〇〇八年の記憶



「あ、そうだ。コレ、透子ちゃんアレだ!」



 アレやコレやと後ろの誰かが、気合を入れ直す透子の様子に何かを思い出したその瞬間。


 貝をフォークで押さえつけ、スプーンで身を掬い取るのは亜子が鈴木に教えたのと同じだが、当然の如くに慣れた手捌きの透子のそれは巧くて速い。



 いや、それは兎も角……


 掬い取った身を口には入れず、皿の端に身を置くと、空いた殻を逆の端へと置き並べ、また新たな貝の身を掬い取っては端へ置きを繰り返すばかりで、一向に口へと運ばない。




 先に全てのあさりを貝から身を剥がして端に溜め込み、それを一気に食べる策……




 これこそが後ろの席で思い出された、この八合目を一気に登り切る透子のお家芸だった。



 効率的に思えるこの策には、もう一つの意味がある。


 取った身・貝殻・身の在る貝、という三つの箇所へと分け隔てる選別作業を兼ねた、まるで工場のライン作業のような工程に、食べるを加えず黙々と生産性向上を目論む透子の手。


 それが熟練工のようにも思えて来れば、出来た料理で何を作るというのか、その答えは知れるがついつい出来上がるのを見守ってしまう程に、熟練した手捌きに目が行く面々。



 それは、料理を作った側からしても……




「料理長、アレ、最初から剥いといた方がいいんじゃないすかね?」


「バカ言うな! 最初に剥いたら閉じたままの死んだ貝が選別出来ねえし、剥いだ時点で死んじまうから身が萎むだろ!」


「……ああっ!」



「でも、アレはある意味、職人芸だな……」

「っすね!」

「ウチのオリジナル缶詰めでも作って貰うか?」

「それ、いいっすね!」


「いいっすね、じゃねえよ! 早く次の準備しろ! 透子ちゃんアレ終わったら、一気に食い終わっちゃうんだから!」


「……ああ、はいっ!」




 透子の策が皆にも知られているからこその会話だが、この料理が出ている事自体に不思議に思う者が後ろの宴の席に居なかったが故に、藤真もそこに気付けていない。



 が、一人宴の席でメニュー表を手にして通常メニューとは別のルートメニューの一覧を確認していた野上だけは鈴木と透子の皿に違和感を覚えていた。


 富士宮ルートである筈の二人のメニューには無い あさりのワインむし が出ている事に。


 けれど何度も見ている筈の宴の席の観衆は、それを疑う事無く毎度の事として盛り上がりを見せているだけに、裏メニューか何かだろうかと思うも、メニュー表とカウンターに並ぶ皿を交互に見ていた野上。



「ん、前に何かで……」



 ふと、思い当たる何かが答えのような気がしてスマホでその何かを検索し始めた。




 野上が違和感を覚えた通り、透子と鈴木が七合目のナポリタンを食べていた処迄は富士宮ルートのメニューだが、あさりのワインむしは須走ルートか御殿場ルートの八合目のメニュー。




 これこそが【トラバースルート】と云われる富士山登山の最短ルートである。



 富士宮口登山道の八合目の山小屋の横にある連絡通路を行くと御殿場ルートに入る事が出来、登ればすぐに赤岩八合館に到着するショートカットを用いたルート。


 斜面横断を意味するトラバースを名にする理由は、この連絡通路の斜面の事にある。



 ちなみに、亜子が登山部の大学生の話を聞いて選んだ【プリンセスルート】とは、平成二〇年の夏に皇太子徳仁親王殿下 (平成二〇年当時)が富士登山をされた折に御利用されたルート。


 スタートは標高の高い位置に在る富士宮口五合目からで、六合目の山小屋前を通って宝永山へ向かい、宝永山火口に降りて登り火口を見下ろせる尾根【馬の背】に出たら斜面横断(トラバース)して御殿場口六合目に抜け、その御殿場ルートで登頂する。


 標高差は少ないようでも砂地を登り降りして歩むトラバースをするので、実質の標高獲得数は意外と在る。


 けれど、それは富士山の見所が詰まった良い所取りのルートだからこそなのだが、その六合目までに体力を相当に消耗するルートでもある。


 故に、亜子も七合目の途中で下山する事に……





 今更ながらにルートメニューを再度記して置く。(41話にもありますが透子が提出した際に順序を違えています。45話にはそれが書かれています。)



【富士山パスタルートメニュー】



・吉田ルート

 ハムサラダ

5アンチョビ(にんにく)パスタ

6しめじいかソテー(オードブル)

7えび(トマトソース)パスタ

8ミートソースグラタン

9カルボナーラパスタ

【お鉢巡り】



・須走ルート

 ハムサラダ

5アンチョビ(にんにく)パスタ

6なすグラタン

7ボンゴレ(にんにくあさり)パスタ

8あさりのワインむし(オードブル)

9カルボナーラパスタ

【お鉢巡り】



・富士宮ルート

 魚介サラダ

5ボンゴレ(にんにくあさり)パスタ

6しめじいかソテー(オードブル)

7ナポリタン

8クリームソースグラタン

9たらこほたてパスタ

【お鉢巡り】



・御殿場ルート

魚介サラダ

5ポテトグラタン

6たらこパスタ

7きのこ(しょうゆ)パスタ

8あさりのワインむし(オードブル)

9魚介全部乗せ(トマトソース)パスタ

【お鉢巡り】




 以上が基本のルートメニューである。

 以下はメニュー表には書かれていない亜子と透子が提案を兼ねて登山計画書として提出し、富士登山を知る藤と料理長に受け容れられたトラバースを用いたルートメニューだ。



・攻略案プリンスルート

 魚介サラダ

5ボンゴレ(にんにくあさり)パスタ

6たらこパスタ

7きのこ(しょうゆ)パスタ

8あさりのワインむし(オードブル)

9魚介全部乗せ(トマトソース)パスタ

【お鉢巡り】



・攻略案トラバースルート

 魚介サラダ

5ボンゴレ(にんにくあさり)パスタ

6しめじいかソテー(オードブル)

7ナポリタン

8あさりのワインむし(オードブル)

9魚介全部乗せ(トマトソース)パスタ

【お鉢巡り】




 今、誰が何ルートなのかは


 藤真・須走ルート

 亜子・プリンスルート

 透子と鈴木・トラバースルート


 ちなみに以前は


 透子・富士宮ルート

 亜子・吉田ルート

 藤真・須走ルートで変わらず

 そして、今日はいないが

 茶尾・御殿場ルートだった。




「あっ! 皇太子様の……」



 野上は当時テレビで知った知識にそのプリンスルートの記憶があった。


 結果、富士登山のルートを調べ答えに行き着きメニューのルートと照らし合わせ、カウンターの透子と藤真の様子を見て納得していた。



「なるほどね……」


 


 解に必要な情報は意外と手近


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