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148〜富士山九合目〜

 ハイチーズ!



「はい、こちらナポリタンになりまぁす」


「おおぉ、やっぱここのナポリタンだわ!」



 鈴木の高揚するその声に、透子も同感の意で意気投合と行きたい所ではあるが、それをし難い事に……




「あ、食べ終えました? 今、不破さんのもお持ちしますねぇ」


「……ぅん、お願いします」



 配膳係りを兼ねる料理人に食べ終えた皿を渡す透子の焦りは、最後のいかをあまり噛まずに飲み込む程に、先を越された相手の余裕に同意に喜ぶ余裕すらを無くしていた。


 同じルートメニューなだけに、その力量はそのまま勝敗に繋がる可能性が有る。

 唐突に参加させられた格好の鈴木だが、その力量を誰も理解していないようにも思えるのは九合目と発した折の藤真の様子からも窺えた。


 透子にとっては九合目だってまさかの話。


 楓香との胃の共有? に、悟った勝利の確信はどこ吹く風か、焦る気持ちからかコップの水に手を出していた。




「やっぱり、えびですか?」


「そう! いや、それもなんですけどここのナポリタンはちゃんと料理したナポリタン。って言うと違うって言われそうですけど、他のパスタと同じようにパスタとして料理されてるナポリタン。って、感じなんですよね。上手く言えなくてすいません、言ってる事解ります?」


「ああ、はい。何となく!」




 明らかに理解出来ていないだろう亜子よりも、自分の方が理解出来ている事に共感の意は強くなるばかりと透子の思考を唸らせていた。



 それは昔流行ったあの本場本場と謳い、何の後ろ盾があるのかメディアでやたらと取り上げられた本場イタリアンパスタの店の料理人や通を語るタレント達が、こぞってこき下ろし捲ったのがナポリタン。


「本場イタリアにナポリタンなんて無い!」

「あんなものをイタリアで出したら店が潰れる!」

「ケチャップを使う事自体がイタリアではご法度だ!」


 そんな台詞を吐き捲くっていた連中が、流行りが廃れると自分が言った台詞すらをも忘れたか……


「これこそが昔ながらのナポリタン」


 そんな名乗りに出されるナポリタンの殆どは、グチャっとした茹で過ぎパスタにべちゃっとした大量のケチャップが掛けられ具材は玉ねぎピーマン玉子にソーセージ。


 昔ながらとは何処の昔かも知れぬ、何処かの家の炒めただけの手抜きの見本のようなソレを出す店が今も多い事にウンザリする。


 ソレと比べるなら、弁当の付け合せで一巻き程度に入っているケチャップスパゲティの方が全然イケる。



 故に、外でナポリタンを頼むのは流行り廃れに関係ない事が判る古い喫茶店か、ここ富士山パスタのキチンと料理されたナポリタンだけ。


 そんな想いに鈴木の話を聞いて頷いていた透子。




「ここのナポリタンを知ってるだけに、他の店ではナポリタンあんまり食べないんですよ」


「んん?」


「あれ、何か俺、変な事言いました?」



 亜子の頭に不意に過ぎった似た会話。

 誰が言ったか同じ台詞を吐く女が居た事を、思い返すに……




「いえ、何か、前に同じ話を聞いた気がして……」




 左の女を振り返って睨み見る亜子。


 考えた直後の同意に喜ぶ共感の和から焦りよりも笑みが溢れた透子の顔に、それが嫉妬だと判らせる程の迫り来る友である筈の女からの突き刺さるような眼差しを前にして、この笑みが鈴木と同調した事への笑顔と思われては困るが……


 共感した意ではあるだけに、誤解を解くのは難しい。


 いや、そもそも誤解ですらないような……



 友の好きな男と自分に同じがあるだけで何故に嫉妬されなければならないのかすらも、少し考えれば可笑しな話。


 一度は圧倒された亜子の睨み目にも、自分の正当性が解ればそれが不当に浴びせられた嫉妬心だと判る。


 友であるからこそに返す透子の睨み目は、亜子にも理解出来たのか思い返すような素振りに目は上を向き何かの考えに至ったようで、一人頷きスマンとばかりに手を出し鈴木の方へと向き直す。



 問題解決。

 そんな空虚な女の(いさか)いに深く息を吐いた所で、自分の席にもやっと来た。




「お待たせしましたぁ、ナポリタンでぇす」


「来た来た。えびは……増えてないかぁ」


「増やします?」

「駄目駄目! そこは譲っちゃ駄目なとこだぞ!」



 聴こえていたのか料理長のツッコミに(おど)ける料理人が笑みに肯き去って行く。


 またも顔を皿に近付け嗅ぐ透子。


 吸い込まれるは芳しく、酸味と甘味の調和に少し焦がして香り立つトマトのソースは、ケチャップだとは思えない。

 トマトソースに何を混ぜたか、他にも何かあるだろう事を感じさせるからこそが料理人の隠し味。

 そこに、えびや貝やの潮の具材とマッシュルーム等の野菜等から出たエキスが合わさる事で、味の調和を広げて一つの料理へと完成させる。


 そして、最後に委ねられるは客の味覚に同じて欲する塩味……




「このチーズとの相性が抜群なのよねえ!」


「解る! そうなんですよね! ここのチーズがまた美味しくて、コレがまた好きなんですよ!」


「解ります? 本当コレを解ってくれる人が居て凄い嬉しい!」



 一つ席を超えた鈴木の共感の声に思わず本音を返して右に笑顔を向けた透子に向けて、亜子の冷たい視線が突き刺さる……



 やっちまった感。


 さっきのコレと今のコレ、同じコレだが違うコレ。


 気まずい事に逃げ場を求めて泳ぐ目は、とりあえず亜子に何かを話しかけようと手にするチーズの入れ物へと向けられた。




「あぁぁぁぁ、たらこパスタ、には、かけないか……」


「……いいよ、かけてみる!」



 何かを振り払うように賭けに出たかのような亜子の意気込みに、たかがチーズをかけるか否かと笑う事なかれ。


 たらこパスタには、既にたらこの塩味が(そな)わっている。

 そこにチーズの塩味を足すとなれば一時的には美味しい強い塩気だが、いっぱいに食べれば塩っぱい嫌味に嫌気がさす。


 お腹が満たされ箸が進まなくなった折に、味変程度の一盛り位が好ましい。



 では何故に亜子がかける賭けに出たかといえば、鈴木が好きだと言ったからに他ならない……




「どれ位?」


「一杯!」



 少し考えれば解る事。

 亜子がかけると言った意味。


 透子も女の気持ちは理解する。

 友の事となれば尚更に。


 けれど、言葉の意味は理解していなかった……




「あ、ちょっ! 何で山盛り二杯も入れてんのっ!」


「え、いっぱいって、そっち?」



 そんな小学生のような勘違いに笑う鈴木と料理長を尻目に、焦る男が唯一人。



「……ん!」



 一人グラタンというチーズがたっぷりかけられた食べ物を、熱さと格闘しながらも何とか息を吹きかけながら食べられる程には冷めた今更に、藤真は粉チーズをかけて溶けるか否かで熱さを確認する方法があった事を思い出して悔しがっていた。


 


 友と打ち解けるは熱い心情。


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