145〜富士山九合目〜
漏れては困る? 身辺調査。
それは不意に二瓶の周りに誰も居なくなった折、藤は少し迷っていたがこの機に一応までにとスッと近寄り野上にも聞かれぬようにその逆側に立ち、二瓶の腕を小突き他を見ながらそっと囁いてみる。
「ぉぃ、ちょっと確認したいんだがな」
「ぁあ?」
「そっちで身隠せるようなもんはねえか?」
「……ぃゃ、それがなぁ、悪いが今は、やめといてくれ」
藤の話の内容も確認せずに断つ二瓶。
在っても今は駄目、断たれるもその言い回しからして二瓶の方でも何かが起こっている事は理解出来る。
二瓶も藤の所に、身の安全を危惧する何かしらの問題を抱える者が転がり込んでいる事は理解した。
けれど互いの問題を解決する手立てを奪われているのか、手をこまねいている他にないかのような状況だからと、それにあまんじていられるような性格でもない。
互いに問題を抱えていると知った事で、より動かなくてはと気構えが出来た二人。
今夜の夕食をここでシッカリ済まそうと取皿にグラタンにサラダを盛り付けていた野上だが、目の端でしっかりと二瓶と藤の様子を捉えている。
よからぬ動きに何の気合か男の顔になる二人のオジサンの奮起に対し、拠って立つ為の心構えとしてそれを注視していた。
『…で、どうなってる?…』
「ふぅむ、殆どはそのままログアウト」
『…残ってるのは?…』
「他のターゲットの所に行ったりで離合集散」
楓香に映像から顔を切り抜く作業を押し付けようとしていた零だったが、通信内容を確認するのに連中の話の流れが解らなければ何に注視すべきかも判らなくなる。
とりあえずに藤の店前に割れ物を投げた二人組のTM-100NIとTM-I2146NIはマークしたが、この騒動に関する通信の切りのいい所は判らないだけに楓香に任せる他にない。
託した仕事のようなもの。
そんな考えに至る前に楓香のハリセンでのされた零は、渋々ながら自分の作業にとりかかるが……
『…ひほ? 楓香、その、離合集散って、何処で覚えた?…』
「……深夜番組」
白目に引き攣る零の頬だが判り難い。
禁止したばかりの深夜番組で、覚えた単語は中々に憶える者も居ないような物。
深夜番組の括りに引いた線引だが、そもそも楓香は深夜に何を観ていたのかが少し気にはなる。
いや、離合集散なんて言葉が出ると言えば……
『…ひーほー! 選挙か!……選挙?…』
明日の選挙を思い出した事で何かが頭に過ぎる零。
その何かが解りそうで判らないもどかしさは、まるでコーンポタージュの缶の中に残ったコーンの粒を取ろうとするような……
振ると音は鳴るのに出て来ない。
飲み口の縁にあるのに出て来ない。
逆さにしてケツを叩くも出て来ない。
覗いてみると奥にあるのに出て来ない。
そして……
もおっ! と、関係ない方へと振りかぶった途端に缶から飛び出し、道端に落ちたコーンの粒に懺悔する。
その一粒にコーンポタージュの全てがかかっていたかの如くに掛かり切りになり、取れて食せば満足感。
けれど取れず食えぬは敗北感と、もったいないの背徳感に襲われる。
普段からそれ位に、生き物・食べ物・人や物を大事にしているとは思えぬ輩が、その一粒に対してどれ程の感情を移入しているのかと……
その後悔を普段からしておけっ!
と、見ている側からすれば思えてしまう苦悩の表情にも似た苦悶に唸る零。
果たして零はコーンの粒を取り出せるのか……
『…ひぃぃぃぃ……ほぉぉぉぉぉ…』
「早く思い出してよ」
『…ひほ? 無茶言うな!…』
「だって、その変な声出してるの気持ち悪くて……」
自分では深く息をしている程度の感覚で声になど出してはいないと思っていたが、零が頭に浮かべていた文言に、どれがどれ程に出ていたのかをすらも分からない。
そもそもこの人形のボディに声帯組織が存在するのかも息をしているのかすら怪しい中で、自身もどうして話せているのか敢えて深く考えないようにしていただけに……
『…別にいいだろ! 声が洩れるくらい…』
「心の声は洩れると怒られるって、透子が言ってたけど……」
白目に引き攣る零の頬だがやっぱり判り難い。
が、二度も続けば何となくは判るのか、零の顔を細目に凝視する楓香……
「……解れた?」
『…ひほ?…』
楓香は自分が何度か補修したせいか、零が引き攣らせた頬をボディ自体の解れとしての違和に感じていただけで、零を人形として見る向きが上回っているかのよう……
「直す?」
楓香の言ってる事に理解が追い付けずに居る零には、話の流れが全く以て判らない。
けれど、解れと直すに何となくの人形的扱いなのは理解出来、それは洩れた声を心の声と称した事との整合性に欠けているからこそに、自分を物として見ているのか否かに判断し難く怒り難い。
返答にも困る零だが、応えを捻り出す他にない……
『…ひほ、それは人形蔑視発言だぞ!…』
「人形蔑視発言?」
『…ひほ!…これだっ!…』
関係ない話から捻り出した自分の応えが苦悩していた答えに辿り着き、楓香の話を置き去りにPCのモニターへと向かう零。
――KATAKATAKATA――
「……どれ?」
今度は楓香が見えなくなった話の流れ、零は映像からの顔の切り抜きを一旦閉じ、ネットで検索を始めていた。
明日の選挙に出る丘元三月都議は沢抹参議の所属する党に籍はなく、元環境大臣の都知事が起てた党の都議。
その党とは【都議会が知事の政治決定をチェックする二元代表制】を根底から覆して議会を我が物にとする、謂わば独裁政治を行なう為の実質的には都知事が党首の都議会政党。
その丘元都議が何故に沢抹参議の手足となっていたのかに対した疑問から、都知事と沢抹参議の関係性に疑念が湧いた零。
――KATAKATAKATA――
ちなみに、何故に人形蔑視発言という言葉から連想したかを言えば、都知事が持つ後援団体のフェミが叫ぶ差別の連呼からで、そのフェミこそが沢抹参議の後援団体でもあるからだ。
丘元とフェミという二つの繋がりに気付き、その何かを思い出した零が調べ出す中、楓香は針と糸を用意すべきか悩んでいた……
「ふむぅ……」
洗う身体に数点の曇り。




