143〜富士山九合目〜
打ち返せない直球と変化球、空振る気持ち良さを求めれば……
「ああ? コレまだやってたのか……」
「……そのようで」
二瓶と野上がこの宵に来たのは透子達がバイトを始めた高1の夏の終わり、お礼の挨拶がてらに参加した。
けれど、この催し物と化した争いを知ったのは透子達が高3の卒業を迎えた月の宵。
卒業祝いと就職祝いに野上と二瓶も駆けつけ、バイトを辞めるにあたり感謝と別れの挨拶等と、辞めた処でスグに客として来る事までを知りつつも、儀礼的にと色んな建前を掲げてはいたが蓋を開ければいつもの宴。
違っていたのは、いつの間にかに盛り上がりをみせていたこの富士山グランプリだった。
バイトの最後に働く姿を見に来たつもりが、四人並んでコースメニューにがっつく姿を見せられて、呆気に取られて眺めた記憶に今日もまた。
先程から聞くヤジのような内容に、可笑しいなとは思っていたが、未だに続けていたとは知る由もなく、何処か恥ずかしくもあるが透子達の昔を思い出して懐かしくもあり、バカらしさの中で楽し気な雰囲気に飲まれるように、諦めにも似た溜め息一つに笑って見守る事にした野上。
その横で、同じく見守る事にしたものの、少し野上とは立場の違いだけではない諦められない何かを抱え、戸惑いの顔を隠した苦笑いに盛った皿を眺めて自分もカウンターに並んでみるかと思うも一瞬に、歳の無理に応えも判り、諦めに八つ当たってフォークを突き刺し貪り食う二瓶。
「歳を考えて下さい。あの子と競っても無駄ですから!」
野上の指摘が的を射っていたせいか、突き刺さった胸がグッと締め付けられる思いに言葉が詰まる。
手を差し出すは何かを欲し、しかめっ面に野上を睨む。
「ハァァ、まったく……」
溜め息を吐くと、二瓶の皿を受け取りテーブルに置き、何処かへ向かって行く野上。
テーブルに手を着き目を瞑る二瓶の姿に、何を怒っているのかと静かに避ける常連客。
「どうぞ」
戻って来た野上に頭を下げるもぎこちなく、関取のごっつぁんポーズに受け取った水を飲み干した。
詰まりが取れて深呼吸。
「すまん」
熟練夫婦のようなやり取りも、長年連れ添う秘書との関係だとは周りの常連客に解る筈もなく、仲睦まじき夫婦と見る向きにかける言葉も決まって一つ。
「出来た奥さんですね。ウチのだったら笑って見殺しですよ!」
返事に困る一言も、慣れたものに言葉を使わず笑顔の会釈で事澄まし。
説明するのも面倒になった頃から使っているこの手は、返事をしていないのだから二瓶が奥さんを連れて来るまで相手が勝手に勘違いした話となる。
迂闊な声掛けの恐ろしさを知ればこそ。
ただ、二瓶の胸中には透子に確認したい話が幾つかあるからこそ参加しただけに肩透かしを食らった感じだが、話すチャンスを窺う他にない。
チャンスが巡ってきた際に透子の機嫌が悪ければ聞き難くなる可能性に、先ずは応援に周るのが正解だろうと答えに至る。
「透子ちゃん、頑張れよ!」
「……急激に痩せて、大食い。応援して良いものか微妙ですけどね」
野上の親族視点は御尤もな話。
自身の思惑ばかりに透子の身体の事まで気にかけていなかった自分を咎めるように、額にコツンコツンと軽く小突き、どうしたものかと考えた末。
「太らない程度になっ!」
「それはハラスメント発言になりますので」
「ああぁ、すまん……」
「いえ、リバウンドに気を付けろ。で、あれば注意喚起なので問題は無いかと……」
「おお、なるほどな。透子ちゃん、リバウンドに気を付けろよ!」
そもそもサラダの段階で頑張るも気を付けるも何も、始まったばかり。
腹に余裕もあるだけに、周りの声は良く聴こえている。
二瓶と野上のやり取りに、透子は少し気持ちが揺さぶられていた。
まるで、授業参観に来た親の応援のような、何とも言えない気恥ずかしさに、楽しみにして最後に残していたえびを、気持ちを入れて口へと運びたくて手を止めている。
気持ちが落ち着くまでと……
いや、落ち着いてきたら何か、問題が無いとされた部分に問題あるんじゃないかと思えて来る程に。
太るなと直接的に言われる声と、リバウンドに気を付けろというセクハラ回避の言い分に、どちらが気分が悪い声かなんて判るだろ!
と、嫌味が増した声援は、応援というより野次そのものに思えて来れば、気恥かしさは何処吹く風。
冷めた目に両脇を見れば同じサラダの器に残りも僅か。
よし。と、何が良いのか気持ち新たにフォークを握り、えびを刺して見つめると、嬉しそうに笑みを浮かべて一口に。
フォークを置いた透子の動きに気付き、少し慌てて残りのハムを口へと放り込んだ藤真も、飲み込んではいないが食べ終えた事のアピールに踏ん反り返ってフォークを置いた。
「ムール貝もこうやってサラダとして食べると全然印象違いますね」
「そう、そうなんです。私もムール貝好きなんです」
本音を言えば鈴木に向かって好きと言いたいだけで、ムール貝が好きだなんて思った事は無い。
そもそも亜子自身、好きな具材なんて判らない。
出て来た料理が美味しければ、それが好き。
なら、何で好きと言いたいのか?
だって、私はコレが好き! と、言えば聞いた人は何て返す?
それが聞きたいからこそ……
「そうなんですか、僕はえびが好きなんで最後に残してたんですけど、サラダとしてのこの味を覚えておく為にもムール貝を最後に残しといても良かったかもなぁ……」
「ですよねええ!」
奥の席から聞こえて来る、まるで合コンのようなノリの会話に違和感を覚えて右を向く透子と藤真。
どう見ても先に食べ終えたと判る亜子のサラダの皿に残るムール貝の殻……
鈴木が最後に残していたえびをフォークに刺し見つめ、嬉しそうに口に頬張るのを見た瞬間。
――QUWAPPU!――
鈴木が見てない内にと亜子は相槌にそぐわぬ残りのサラダを一気に口へと掻き込み、空いた皿を鈴木の皿と一緒にし早く下げろとばかりに透子の方へと押しやった。
何とも言えない道理を抱えた顔でその皿を見つめる透子と藤真。
「パスタの方、今お持ちしますからねえぇ」
透子の右脇からスッと皿に手が伸びると、配膳係を兼ねた料理人に言われた事が判る程に、その応えが調理場からの湯気に乗りカウンターにまで漂って来ていた。
フォーク。




