139〜富士山九合目〜
火種は何か。
「大丈夫、問題無いですよ!」
「え、あぁ、すいません。ありがとうございます」
気にしないようにとかけた言葉を気にされたと理解する辺りに、勘が良過ぎるのは考え物だと思えてしまった。
鈴木の観察眼が安心させたい気持ちをも見透かして来る事に歯痒さを感じる透子。
野上が二瓶と取皿に盛り付けている中、外から戻ってきた面々の様子を気にして見ている鈴木にそれとなく伝えたつもりだったが、よくよく考えれば大丈夫と言われて安心する者など見た事は無い。
そもそも何に対しての大丈夫なのかを問われていたら返す言葉も無かったと気付き、それを問わなかった処までが鈴木の気遣いにも思えて後から気付く自身のお粗末な対応に塩っぱい顔になっていた。
「どした? 火傷か?」
挨拶回りに来た藤が透子の顔に一瞬の心配を見せたが、テーブルのなすグラタンに確信をもったのか舌の火傷に自信をもって笑っていた。
その後ろを金魚のフンのように付いて来た藤真は、何を勘違いしているのか藤の付き人のような振る舞いでヘコヘコとしながらも次期オーナー権争いを気にしてか、自分を出そうと挨拶する時だけ急に紳士的な態度に変わる様が忙しなく痛々しい。
いや、コイツに観察眼を分けてやってくれと思うのは恐らく藤も同じだろうと、見れば挨拶する孫の横で苦笑いを我慢する微妙な顔の藤が居た。
自分で呼んだ鈴木にまでも紳士振った挨拶をする藤真に困惑顔を見せる鈴木の姿に、これも役には立つのかも。と、使い道に疑問は残るが自身の粗相もフォローされたようで安堵する。
――DDONN!――
「さっきはすいません。鈴木さん食べてます? 置いてある物はどれでも食べて良いんで。あ、飲み物は何か欲しいのあります?」
亜子にショルダー・タックルされた透子が文句を言う間も与えず、鈴木に間髪入れず世話を焼こうと声をかけ捲くる姿に、亜子も鈴木の心配をしていたのかと感慨深く勘違いに花を咲かせる透子は何を納得してるのか頷き続けて自分の立ち位置を探していた。
「そうか、こちらも色々と状況が代わったものでね。いいでしょう、許可しますよ」
「ありがとうございます。いやあ助かりますよ。今後もご贔屓に願います」
「コレでウチの方としても動き易くなりますんで、潰したい奴が居れば何なりと」
以前、田中と会った沢抹参議が懇意にしている料亭で、話している相手は床上製薬の上役と床鍋の幹部クラス。
今後の予定を前倒しにする事に沢抹参議に同意を求めていた。
これに沢抹が頷いた背景には、これまで執拗に潰してきた隠蔽事物に対する操作のメスが入らなくなる事への安堵と共に、自身の押し進めて来た政策である煙草叩きのファシズムに必要と縦巾市の禁煙ファシズム法案導入に際した証拠として、捏造した証拠をNPOの皮を被って沢抹の持つ利権企業である例の自動車企業のスポンサー権から入り込んだメディアで拡散した礼に自転車叩きの吹っ掛け裁判をやったりと、沢抹の片腕として弁護士の肩書でやりたい放題に違法行為に手を染めていた丘元三月が出馬する都議選の再選確率の低さから。(詳細記載127話等)
身固めを急いでいたのは、都知事とのパイプ役にと出馬させたが議員の肩書に調子に乗って沢抹の利権の傘の下で動いていた時と同じように違法行為を自身の都議の肩書で掻き消そうとしていたのだろうが、肝心な利権の傘から出ている事にも気付きもせずに社会の視線に曝されたものの、メディアを沢抹が自動車企業のスポンサー権で抑え込んだからこそ、あれだけの違法行為の数々が在っても拡散されはしなかった。
しかし、沢抹の違法行為の隠蔽に互いの隠蔽事物をもって利益供与に協力して来たその自動車企業もまた、数年前に自社の工場で行う各種検査の不正行為の数々が発覚し、その鎮圧に政治家に報道関係並びに警察検察等各種捜査機関に圧力を掛けて貰うように陳情をお願いしにと……
互いの利益供与を確認しつつ、政治と金の関係が如実に政治家と企業の互いの不正行為の隠蔽に特化して行く状況にあった今日に至るまでの十余年の内に、その関係を良しとして来た企業側の役員達もまた自身の椅子を維持する為にと権力闘争の渦中にあり、裏切りに造反組が新たなコネクションを持とうと海外の起業家権力に媚び出したりと、綱渡りに自身との関係も危ぶまれて来ていた。
そんな中で先日、販売店で行う点検にまでも数多の不正行為が発覚し、折角陰に隠した丘元都議のスキャンダルに陽が射して来る可能性に余裕が無くなっていた折。
自身に迫る火を消す現状打破にと許可した沢抹だが、先の成功体験に思いを馳せる。
「また以前みたいに流行り病が蔓延してくれると助かるんだがな」
「いや、アレはまだ暫くは使えませんな。海外の重鎮とも示し合わせるのに口減らしの効能や財テクの考証に、あの国の得無しには何も動かせませんから」
「ふん、それでお宅の会社も随分と荒稼ぎしてたじゃないか」
「まあ、そこは……ねぇ」
いやらしい顔で笑う製薬会社の上役を見ればどれ程の儲けか想像に容易く、その脇でニヤニヤしてしまう程に床鍋の幹部も儲けにありついていたと知れる。
そんな彼等の綻ぶ顔を笑顔で見ている沢抹の腹の内には自身の今後が押し迫る。
「なら、今度のそれは許可してやるコッチにも実入れして貰わないとだな。どれだけ儲かるんだ、ん?」
「今度のと言いますか、コレはアノ時にやってた口減らしの強化版みたいなものでして。対象がよりこの国の内情に特化して決められる点だけが違う。と、いった所ですかね」
「ふん、国か? お前達の内情だろ」
沢抹はこれの許可を自分に委ねられている事に驕り、床鍋の上に立ったかのような素振りで口にして見せる。
それを聞いた瞬間の二人が目を合わせた僅かな仕草には笑顔も無く、殺意剥き出しの怒りを見せた。
「良いのですか? 今見せたそれが本意なら許可は出しませんよ。コチラの背後関係はご存知でしょう?」
「いや、これは失礼。勿論解ってますとも。昨今の素人からの情報漏れに手を焼いてましてな。しかし、此度の許可が出ればそれも一掃出来ますから万々歳ですわ。な!」
「ええ、任せて下さい」
手打ちとして笑い合うその側室では、床上製薬で人体実験を主導していた小佐田がもしもの説明役に待機していたが、沢抹の取り巻き高足と共に聞き耳を立て、許可が出たと同時に自分達も別の利益相反が在る事を上に気付かれてはいないと判りほくそ笑んでいた。
焼ける匂いは……




