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138〜富士山九合目〜

 始まる前から祭りのあと。



 皮肉に笑う互いの顔は勝負に対する武者震いのようにも思えるが、何処となく先程まで抑えていた百鬼夜行の無礼者に対する我慢の憂さ晴らしを図っているようにも見える。


 それは別段二人にとってだけの事にあらず、ここに来た者達の目的の半分程はそれを余興として愉しみ酒の肴に普段の鬱憤を晴らそうという祭りの類。


 その興行なのだから、分かり易く透子と藤真は謂わば喧嘩神輿のように皆に担がれている。


 けれど、その意味を履き違えている藤真の闘志がガチンコ勝負に魅せているからこそ余興に客が、応援にも華が咲く。


 藤真の放った一声も、余興を肴にしようという齢70程の商工会の面々はマイクパフォーマンスとして勇気を買うノリに馬鹿笑いで持ち上げ藤真の背中を叩いている。


――HAHHAHHAHHAHHAHHAH――



 そんな老人の玩具にされている藤真を見て、少し冷めた透子が思い出したのは鈴木の事だった。


 任せろとばかりに出て来ておいて、何をするでもなく何が起きているのかさえも解らないままに呆気に取られていただけだったが、連中の前に鈴木を出さずに済んだ事だけでも意義はあったと思えていたからこそ……



「零、後は任せる! ここからは私の仕事に関わるんだから……」



 店の中へと向かいながらボソボソと呟く透子。


 後ろに居る野上を気にして見えない後ろに視線を向けてスマホを口に近付け小さな声で、零に聴こえているのかも少し気にはなっていた。




――PERONN――


【お前、何かしたか?】



「くッ……」



 気にした自分に腹が立つ。


 いや、零の指摘が間違ってないだけに腹が立つ。


 そんな苛つきに震える肩も、後ろの野上には武者震いのようにしか見えない。


 何に気合を入れてるんだか。そんな想いに透子を見ていた。



――PERONN――


【楓香の分まで食って、負けたらお前……】



「んぐっ……」



 零の嫌味に、立てた腹も萎縮する。


 気合を入れてさあ食うぞ! そんな闘志に水を差されて少し立ち止まる透子に後ろが詰まる。



「ちょっと!」



 背中からの野上の声に背筋を伸ばしと、あっちもこっちも透子の身体に緊張の糸を引いて強張らせて来るように思えて胃を休める隙きも無い。


 いや、休める処かこれから胃を酷使しようというのに萎縮させられていては入る物も入らなくなるんじゃないかと気が気でない気持ちが更に胃を萎縮させていた。


 これまでの勝負では藤真と茶尾を相手に上から目線に横柄な態度で緊張なんてしなかったが、自分の仕事に営業紛いの賭け事までを含めてしまった要らぬ思惑が自身の背中にのしかかる。


 少し前まで鈴木を助ける事や連中を追い詰める事に、気にするのは自分の外側の話のような感覚だったと思えてくると、軽い気持ちで手を付けたようで申し訳ない気持ちにまでなって来る事に、

 それは違う! と、否定的な自分の考えが自分を否定し始めた事に気付き、マイナス思考を止めようとプラスは何かと考え出す。



 そんな透子の気持ちを知ってはいないが、鈴木は外で何が起きていたのかの探りに下手に動かず静かに佇んだまま視線鋭く戻って来る皆の様子を覗っている。


 知らぬが仏で居てくれて構わないのに、自らの責があって後の祭りにならぬようにと確認する姿勢は鈴木の誠実さを表していた。


 それ故に鈴木に気取られたくない思いが募る。

 だからこそに思えて余興に意味が更に増えたが、それは重くなる処か透子の背中を軽くした。いや後押しにさえなったようだった。


 要らぬ思考を吐き出そうと深く息を吸い込み鼻から吐いた。



「お、鼻息荒いねえ! 二人共頑張れよぉ。おい、お前もう来てたんか? 何だ、店潰れたか? はっはっは」



 透子の肩を叩いて横を過ぎて行く既に酔っているかのような商工会の面々が、透子の気合も茶化して通る。


 覚えとけ! 終わった時にはおっちゃん、来月からの飲み代から契約で僅かばかりを頂くからね。


 そんな風に捉えると、要らぬ思惑さえも力に変わる。




 前が詰まった折に野上は筋をかえた二瓶の太腿の辺りを見やって気にかけるが、二瓶の何かを隠すような素振りからしてどうせこの件に関わるつもりなのだろう事を予見してか耳元に小声で一言告げていた。



「ついでに透子達の警護もお願いしますね」

「ん、ああぁ」



 後ろでは亜子と藤が会計を終えた客に声をかけ、外の騒ぎに申し訳ない旨を伝えつつまたの来店を宜しく待っていますと礼儀を尽くしている。



「ありがとうございました」


――GARARAANN――



 亜子と藤に次いで、扉を開け押さえながらに見送る藤真の声が聞こえて暫くしてから扉が閉まる音はするが、富士山グランプリに関係のないものの食べ終わったが出るタイミングを探っていた客達がようやくレジが再開したのを見て一席また一席とそこそこに連なっている。


 富士山グランプリに合わせて十九時半頃から始める予定だった二人の勝負も少しずれ込む事は言うまでもなく、その前に帰る予定だった子連れの主婦達も外の様子に違和を感じて残っていたが、他の客と混ざらぬように扉の横に居る藤真に挨拶をして帰って行く。


 常連客と商工会の知れた面々にその奥さんや娘や孫やの顔にも何度か会えば、藤真の記憶にも何となくには覚えが残る。


 けれど今日は昨晩覚えようにも覚えきれずにスマホにアンチョコまで作っていた招かれざる連中の顔のせいで記憶は怪しいものの、途中まで子供担当をしていたおかげで子供の顔で認識出来ていた。



「ばいばいまこちゃん、がんばってねえ」

「おう! 気をつけて帰れよ。またな!」



 親に手を引かれて帰る子供に応援されるも、子供は何の勝負か殆ど分かってはいない。


 ただ負けた事だけは親が話しているのを聞いて知っているからこその事。故に子供にまで負け犬のように思われているような気持ちにさせられる藤真。


――GARARAANN――



 扉を閉め店の中を見れば、聞かれていたのか透子の顔が何かを言わんと笑っているようにも見えて腹が立つ。


「……ちっ。」


「トーシン、顔!」



 レジに居る亜子からの声に視線をずらせばお客さんがレジに向かって来るのが見えて、慌てて直そうと口をにぃっと拡げて笑顔に戻す。


 店内を見渡せばこの人達が予約以外の最後のお客さんだと判ったが途端に気も引き締まる。


 急に背筋を張って紳士的な挨拶に見送る藤真の様子に白目を見せる亜子と、首を傾げて横に振りため息一つに飲みの席へと挨拶に向かう藤だが、そうは言っても孫の事は気にかけてしまうのか藤真に一声かける。



「ほら、行くぞ! 先ずは挨拶が基本だろ!」


「あ、はい。」



 慌てて藤に付いて行く藤真を肩をすくめて鼻で笑う亜子だったが、二人の向かう先に鈴木を見付けてハッとし我に返って、急ぎレジ業務を済ませようと藻掻いていた。


 富士山グランプリは別会計。入る時点で済ませた客が殆どで、旦那払いにしていた子連れの娘の分も既に入って支払い済み。残っているのは未だに来てない数名のみ。


 そんな出席予定のチェックリストに鈴木の名前を見付けて実感が湧いてきたのかニヤける亜子。


 実感に本人をと奥席を覗けば鈴木と透子が話しているのが見えて慌てる亜子。



「この、待て待て待て待て待て待て……」


 


 まつり立てます事にはご挨拶。


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