135〜始まりの銅鑼(ゴング)〜
従順なれど優しく厳しくに恐れる訳。
『…何て顔してやがんだ?…』
昨日見付けたカメラとは別に、富士山パスタの店先に設置されていた凡そ360度カメラの映像が店内外に四つ。
その内の一つを店のホームページにリンクを貼り、ある程度のスペックを持つPCもしくはスマホからのアクセスに対応しようとしていたようだがリンクは空。
まだ設定途中の為に一般的には観れない状態。
しかし、妙な空欄リンクに何かを察知した零はクラックに入ってものの数分後には四つのカメラの映像アクセス権を確保していた。
『…無用心だな。これセキュリティ何も掛かってねえぜ! ひほほほほっ!…』
――KATAKATAKATA――
と、覗き放題な富士山パスタの店内外のカメラ映像だが、こちらのPCよりも富士山パスタのサーバーの方がスペック対応しきれていないのか処理が追い付いて来ない為に、観れるのは一つ一つの映像を切り替えてのみとなる。
更に確認すると、店内の映像を別の場所で録画しているのかカメラの一つが権利固定されている事に気付く。
昨日の今日、恐らくは矢継ぎ早に設置し常時確認に藤の事務所に送信固定したと考えるのが妥当な線。
零もそこを理解しサーバー負荷の軽減に他のカメラで観る映像画素を少し下げていた。
そもそも昨日の今日で100人も集結させて来るその図太い神経に、痛みを感じる心も無い事を旗頭に掲げるそれは、謂わば 百鬼夜行 の様相を呈していると考えれば妙に納得の行く答えにも思えて、零の中で 鬼退治 のような気概が溢れて来るのか……
「またその悪い顔……」
楓香に不評な零の笑み。
言われてチラリと鏡を覗くが、映っているのは楓香が作り変えたあのお墓。
鬼退治に正義の味方にでもなったような気概は不吉なものへと色を変え、零のやる気に影を差した。
何事もやり過ぎれば悪と化す。
少し力んだ肩の荷を解しスマートに事を成そうと腕を回した。
「玩具みたい!」
『…ひぃほぉお?…』
無邪気に笑う楓香の何の気兼ねも無い呟きに、振り回された零の悲痛な視線が向けられた。
「ん?」
『…この、いけずっ!…』
そんな平和に聞こえるやりとりもスグに終わった。
下らない会話の中でも通信を確認する楓香と、映像を録画し通信の動向に合わせて動員された組織の顔を顔認証に照合する零。
「あ、店の前に割れ物投げろ! って。」
『…ひほっ、多分コイツ等だな…』
――KATAKATAKATA――
逃げ惑う野次馬を利用して逃げる藤真と亜子に捕らえられていた男二人と刑事の嫁の動きを観ていた零。
撹乱に乗じて逃げる策に慣れていればこその指示と考えるに、山田刑事だけにあらずこの手を使って組織絡みの警察官が警察権限に逃がした犯罪者の数も相当だろう事が窺える。
『…ひーほー、コイツも逃げるとは予想外だぜ…』
カメラ映像の端へと走り去る山田刑事の姿に、零も呆れた顔を見せたが、それは楓香に何の印象も与えなかった。
楓香が観ていたのは、そんな零よりも……
卑怯を絵に描いたような輩共に怒り、何かをするかと思われた猪突猛進女のアホ面を画面の端に見付け……
零も気付き奇っ怪に感じたのか……
『…あ? この馬鹿、何やってんだ?…』
零はカメラ映像の録画で床鍋公会関係者の指示と配下の犯罪の証拠と共に、警察不祥事の証拠確保を一つの武器とし、逃げたが店の前に集結した100人近い床鍋に関わる組織の顔を手に入れた事で、後手に回るのを回避し更には策を投じて覆してみせた。
その策には透子の暴走もある程度は織り込み済みだったのたが……
周囲を逃げ惑う者達と逃げられ悔しがる者を前にして、尚も動かぬ透子の姿に別の何かを勘ぐる最中。
動かざること山の如しと心に決めて、敢えて動かぬようにしている向きを感じるのは、どうにも透子の眼がこの状況下において視線を何かから逸しているようにも見えるからだと気付いた零は、映像の端に映る女性の姿を凝視していた。
『…んん?…』
今、透子にとって動くに動けぬ強大な壁が立ちはだかっている。
共に店の中で見ていた外の違和に、その責を感じて自ら出向こうとした鈴木をクレソンで制止し、私に任せろと眼で訴え出て来たものの……
扉を開けて出た途端、店の前を覆う群衆の視線にスマホのレンズに警察官に藤真に亜子に藤に何か見た気もするような人達も、一斉に自分へと向けられて……
漏れ聴こえて来る落胆の声。
何がなんだか状況の把握もままならないままに、先ずは自分の役目を果たそうと例の女の顔を探し当て、零に釘を刺された通りに放った問いかけなのに、何故か無反応にも映るその場の凍り付いた雰囲気。
場の空気に飲まれはしないが、何か笑いを狙って外したような気不味さに、周囲をよくよく見回してみれば二瓶の姿を見付け、久し振りの挨拶をと手を上げようとしたその瞬間。
二瓶は怒りの声と顔を刑事に向けて間を詰め寄って行く。
あれ? と言った顔に変わった透子に更成る状況の変化が襲う。
――PARIIINN!――
――PARIIINN!――
と、突如として何かが投げ込まれ割れた硝子片が飛び散り、誰かが上げた奇声を合図に逃げ惑う群衆。
横に居た亜子にこの状況を確認しようと顔を向けると、藤真が捕えていた男が逃げ出し亜子に体当たりして来た。
その体格差から流石に亜子もよろけ捕えていた手を離すも倒れることは無く耐え凌ぎ、怒り露わに追おうとするが、逃げ惑う群衆に追路を塞がれ立ち尽くしていた。
何とも声を掛け辛い雰囲気に、未だ肘の高さに上げたままの手を下げる事も出来ずに他に知った顔を探していると、見付けては拙い相手を目にして中途半端に上げていた手を口にあてがった。
「やばっ……」
二瓶を見付けた時点で予期しておくべき存在に、透子の心情は穏やかでない。
まだ道の端で、逃げ惑う群衆を物見にしていて透子には気付いてはいない。
と、いうより視線の先には犯人を追って行った二瓶の後ろ姿があり、その後始末をどうするのかに注視しているようにも見える。
やんちゃな子供を見守り躾ける優しいようで厳しいような親心にも似た立ち居振る舞いで二瓶を見る目に、同じ目を向けられる事の多い透子にはその人がとる次を知る。
二瓶が戻って来るその時に備えて、その矛先に重ならないようにと身構えていた。
感じ方も様々な知った顔ぶれ。




