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134〜始まりの銅鑼(ゴング)〜

 開けた扉は天岩戸か地獄の門か……



 状況がコロコロと変わる現状に自分の押しが必要と、引っ掻き回しているだけと気付きもしない女は自分が主役の考えを丸出しに、旦那の背中を押してあげているとばかりに世話焼き苦労の顔を見せ、恩着せがましく旦那の刑事に目配せしてから口を開いた。





「あの、皆さん聞いてクダサイ! この店の店員が突然私達に殴りかかって来たんです!」



 野次馬のスマホに向けて話すその口元には何処か嘲笑っているような、何も悪い事等していないお人好しを見付けると都合よく相手取り、被害者面をして騒ぎ立てて問題提起するプロ市民の顔そのままに。



 それが初めて見る光景なら信じてしまう者も出る、まして近くには大学が在り部活サークル帰りの学生が店を物色に出歩く時間帯。


 目の前でスマホをかざしている野次馬の殆どはそんな大学生が大半で、社会人は関わりたくないからと遠目に覗き卑怯にその野次馬ごと盗撮している。




 女の(もっと)もらしく聴こえる演説に耳を傾けた学生の顔は、女の演説に心を掴まれた訳でも信じた訳でもなく、ただ明日学校で話せる面白そうなネタになり得るかの判断に、聞いたままの答えを求めて女の指差す先へとカメラを向ける。



 普段自分達が馬鹿にし(さげす)む大人の社会のワイドショーのソレと変わらぬ下劣な好奇心に他人を追い込む腐った眼をスマホに乗せて、学生同士の一時の会話やネット上での慢心に小銭稼ぎにと、他人の人生も嘲笑い玩具にしようと藤真と亜子の方へとレンズを向けた。






――GARARAANN――




 が、突然開いた店の扉から間抜けにクレソンを咥えて出て来た透子に、全ての視線とレンズは向けられていた。




「……ん?」





 スマホ画面いっぱいのアホ面は、場の空気を一変させていた。



 緊張感の無い透子の顔を撮らえた映像に、事件を捉えた緊迫感は無い。


 メディアが買い取ってくれるような映像にも成らず、ネットへUPするにも関係ない人の顔を晒せば訴えられる可能性にモザイクが必要となる事から信ぴょう性も低くなる。




 野次馬からは、よく撮り鉄問題で取り沙汰される構えたカメラの画の中に入り込む通行人に対して理不尽に浴びせられるブーイングのような愚痴めいたため息が漏れ聴こえていた。



「何?」




 それは被害者面に騒ぎを大きくしようと訴えた者にとっては大きな誤算。


 と、同時に……




「あれ? オバさん、この前スーパーで……」




 オバさんという言葉に反応する女だが、つい最近の記憶にも同じ声がスーパーで……



 その記憶には顔を覚えられては拙い事が含まれる。


 今、目の前に居るアホ面が自分の顔を見て話しかけて来た事に、女は自身の保身に焦る顔へと目が泳ぎ出していた。



 世話焼き女房振っていた女が、立ち上がるも黙ったままの旦那の刑事に助けを求め、チラチラ目配せに視線を向ける。




 刑事に視線の意図など解かる筈も無い。

 嫁をオバさんと呼びスーパーで最近会った記憶に嫁の顔を見つめるクレソンを咥えたアホ面の娘。


 それがまさか他人名義のクレジットカードを引き出す際に使ったスーパーの事で、嫁の顔が印象付いてしまっていては拙い相手などと、旦那の考えがそこに至る筈も無い……



 今や山田刑事自身も通行人に先に手を出したその全てを野次馬にスマホで撮られていたと知り窮地に陥っている。


 分からないが嫁は何かを意図して、自分に何かを求めている。

 それが何かは分からないが、刑事の勘が言っているように思えるのは、そこに警察にしか出来ない何かを求めていると……


 それは勘でも何でもないのだが、山田刑事に使える手立てがそれしかなく、自身の無能さをプラス思考に覆い隠して旦那としても刑事としても体裁を立てようと、警察権で無理矢理に明ら様に関係なさそうなアホ面娘を排除する方法を絞り出す。



 が、あまりにも無関係を理解させるアホ面に言葉が出ない。顔は斜めに口は何かを言おうと開いたままに浮かびそうで浮かばない悪知恵と視線がリンクし、透子を見ては沈む目は嫁の不安を更に煽っていく。



 隣には、手を出すも外され膝を着かされて恥と窮地を(もたら)してきた通行人。




 嫁の後ろでは、不信感から困り顔の警官二人と、刑事と同じく窮地に陥った顔を見せている警官が一人。


 明らかに劣勢にある事を理解させるように、嫁の仲間と思しき男がスマホを確認して手指で合図を送っていた。



 この場から逃げろと。




 嫁は刑事に目配せでゴメンとでも言いたげに鼻から片目の目尻までを引き攣らせ、刑事の左を視線に送る。


 刑事が少し顔を向け見ると、男は掲げたスマホを指差しそれが指示だから仕方ないとでも言っているかのような逃げ口上に、刑事はその指示の内容を見てはいないが理解した。



「な、おぃ……」



 当然の事だが、今嫁が消えれば立場上問題が残されたままに窮地も窮地。



 これ以上の警察権力の乱用は死活問題だと思っているのか、窮地を脱する為の使い方が思い付かない事に焦っているのか、刑事は嫁がコソコソとその場を去ろうと自ら呼び掛け煽った聴衆を見限り捨て去るように逃げるタイミングを見計らっているのを、眉に皺を寄せ見ている他に無かった。



「おいっ、何処向いてんだ」



 手をかけられた二瓶が怒るのは当然の事だが、振り向く事も無く茫然自失に立ち尽くす刑事。


 そんな刑事の気持ちを察してか、気の毒そうにと嘲笑い先に消え去ろうとする嫁の仲間の男達が、指示に沿ってか人の目が消えた道の端から店の入口に向けて何かを投げた。



――PARIIINN!――


――PARIIINN!――



 道の何処かに飾られていた花瓶とゴミの酒瓶か、危険極まりない投げ込みに割れた硝子片が飛び散り、何が起きたか判らずも野次馬達もヤバいと感じたか誰かが上げた奇声を合図に逃げ惑う。



――KYAAAA――

――UWOAAA――



 それに乗じて、逃げ惑う人の足を足で引っ掛け転ばせようとしたのは藤真が捕えていた男。


 目の前で(つまず)き手を着きそうになる人を庇い、腕を胸にかけた藤真。


 それを嘲笑うように放たれた男は踏まれた蛙のような顔で、もう一人の男を捕えている亜子の左腕に向かって体当たりを仕掛ける。




「ぁたっ!」



 亜子の手から放たれた男は追う邪魔に、逃げ惑う野次馬を叩き倒し逃げる仲間の女に道を作る。



 投げた硝子類が落ちたのは入口の少し先の店の客席前辺りのスペースで人は居なかったが、先程まで藤真が居て、その後は藤と弁護士が立っていたものの刑事に向かって足を進めていた事で助かったようにも思えるが、藤は店への暴挙に怒りは頂点になっている。



「この、待てこるあっ!」



 と、怒り投げた男達を真っ先に追っかけて行ったのは二瓶。


 藤は怒るも周囲の人への配慮に怪我が無いかと確認に見回していた。



 その機に乗じて刑事と警官の姿も消えていた。



 野次馬が遠ざかり、その場に残っていたのは藤と弁護士、藤真と亜子、制止を求め群衆を落ち着かせようとした警官二人。



 そして……






「……え?」



 何が何だか、状況を飲み込む事も出来ずに居た透子。


 


 卑怯者にとって野次馬は格好の逃げ道。


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