132〜始まりの銅鑼(ゴング)〜
溺れる者は藁をも掴む姿に溺れさせた者が嘲笑う、堕ちた国の姿見。
富士山パスタの店の外では、藤真が男の手を掴み電話をかけている。
その男は昨日の暴客の一人。忘却する筈も無い昨日の今日に堂々とやって来るとはどういう思考がそうさせるのか、むしろ嗜好としていそうな気配すらある。
それは、男が店のお知らせの紙を破り剥がした事で起きた事。
後ろ手に捕まれるも足を上げて暴れる男は声を荒らげ、店の中にも聴こえ響くように騒ぎに見せかける。
「何スんだテメー! 離セコラア!」
「今、営業妨害で警察に通報してるんで大人しくして下さい」
「アア? ゴミ取ッテヤッたダケダロ! クソヤロが!」
藤真の手は少しも力が入っているようには見えないが、うるさいなあと言った感じで少し捻ると男はうめき声もそぞろに膝を付いた。
その途端、周りの一人が加勢に近付こうと足を前に一歩踏み出すと、藤真が空かさず構えの向きを変え相手を睨むと、手を捕まれていた男が悲鳴のような女々しいうめき声を上げた。
その、どちらに気を取られたのか加勢しようとした者も足を止めた膠着状態に、藤真のスマホから声が聴こえた。
「……ら警察です。どうされました?」
藤真が説明にPC要請すると周りの様子が可笑しい事に皆スマホを確認しだしていた。
――PERONN――
外の男の荒らげた声から女々しい悲鳴にと変わる様子は、藤真が居ると知っていれば想像に容易く、そろそろ喧嘩も終わったか? とスマホを見る透子だったが……
【例の山田刑事の嫁が居んだよ!】
そのメッセージにクワッ! と眼を見開き、入口の扉のその先に居るだろう女に怒りを向けた。
そのただならぬ雰囲気の透子を見る鈴木もまた、店の外で起きている事に薄々気付き始めているのか、それが何かが判らず苦悩する様な顔を一瞬見せるが、それをも気取られまいと気丈に平常心を装っている。
「オイッ! ソコのケバい姉チャンヨオ!」
警察と電話中の藤真に手を出すのは愚策と指示が出たのか、少し肉付きのいい厳つめの暴客の一人が亜子に向かって平静を保ってる風に装ったつもりか、自分は社会を知る大人だから俺の話を聞け! とでも言いたげに上から目線に放った一言は……
「え、それ今、私に言ってんの?」
亜子が聞き返している姿に気付き、電話中とはいえ聴こえていたケバい姉ちゃん呼ばわりした相手と亜子を見てヤバい事になったと気付く藤真。
「あ、あの……その、客の一人が今ウチの従業員に喧嘩を売りまして」
「あ? ケバい女ナンカオメーシカ居ネーダロ!」
「あ、手まで出したんで、ちょっと止めに入ります。応援要請急いで下さい」
藤が電話をポケットに入れ、もう一人の捉えていた男の腕を角度をつけて捻り上げると男は堪らず立ち上がる。
前を見れば亜子に暴言を吐いた男は、亜子の肩口の襟を掴み脅しに襲い掛かっていた。
既に亜子の顔は臨戦態勢に入っている事を如実に示す眼の変化に、男は大人振った自分に酔っているのか周りの暴客仲間に俺に任せろ! と、ばかりに斜に構え余裕綽々に薄ら笑いに口元を緩ませ振り返る。
――FUNGHOWAA!!――
とても厳つく強気な大人が出すとは思えない被虐な声は、その場に居た次に続こうとしていた者達の背筋を凍らせた。
亜子の肩口の襟を掴んでいた男の手を、退けようとするかに見えた亜子の手が、男の手首を掴んだ瞬間……
男はもう一方の手と膝を地に、暴客仲間に向け頭を垂れ跪いていた。
社会人を装い無駄に強がり人を馬鹿にし自分に酔って舐めてかかった者が、二人してその醜態を晒している事に仲間も動きがとれずにいる。
指示に困惑しているのか、暴客達の中にも不安の色が見え始め、スマホを確認するより隣の仲間と顔を見合わせ互いの顔色を窺う。
それこそが組織の信用が崩れた事に他ならず、指示に疑問を持った者達の表れだった。
そこにようやく藤が弁護士を連れ立って店に到着し、暴客の後ろでその状況をカメラで撮影していた。
そして……
――PUUUUUU――
サイレンの音と赤灯に蜘蛛の子を散らすように逃げる者達の姿をカメラに押さえているのは、藤と弁護士のみならず何があったかと興味にスマホを取り出す通行人も。
それまで鈴木や大泉やに向け卑怯に追い立てる為にスマホのカメラを向け嘲笑って撮っては勝ち誇り、正義面に恰も論で中傷罵倒を繰り返している者達が、藤の弁護士や通行人のカメラから顔を逸らし手で隠し自身の卑怯を認めるように逃げ惑う。
サイレンと赤灯をわざわざ逃がす時間を与えるようにゆっくりと歩く速度でPCが一台。
近くの駅前交番には三人程が常勤しているが、自転車で五分と掛らずに来れる距離にも関わらず、そのPCと歩みを合わせるように自転車を押し歩きやって来た。
普段なら緊急を理由にメディアで叩かれる自転車よりも危険な走行を繰り返す者達の、あまりにも明ら様な牛歩戦術に弁護士が異を唱える。
気付けば店の外に残っているのは捉えられた二人と、何かを命ぜられたのかスマホの指示を必死に確認する男女三人と、やけに落ち着きを持って警察を待っている女だけ。
片手に罪人を捕らえる男女が、店の扉を警護する門番かの如く仁王立ちしていた。
「君達、その手を離しなさい!」
PCからゆっくりと降り立ち、弁護士の異議を排するように押し退けやって来た警官が、店の前に居る藤真と亜子に有無をも言わさず嫌疑をかける。
「その手を離さないと逮捕するぞ!」
眉をひそめる二人に慌てて藤と弁護士が後追いに駆け寄ると、二人は店の者であり捉えている者こそが営業妨害の対象者なのだと説明していた。
が、警官はそれを分からない素振りで聞こうともせず、他の警官に二人の捉える手を引っ剥がすよう合図を送るも二人の警官は顔を見合わせ戸惑いを隠せずにいた。
――PUUUUUU――
遅れて応援要請を受けた刑事が後ろからやって来たのを、暴客の一人が気付き見ると、待ってましたと顔をニヤつかせ形勢逆転とでもいった勝ち誇りを藤真達に向けた。
「刑事さん! ちょっと早く助けて! 店に入ろうとしたら突然あの人達が殴りかかって来て……」
警察の威厳を損ねる異言の虚偽癖。




