131〜始まりの銅鑼(ゴング)〜
キッとカッと……
――GARARAANN――
「いらっしゃいませ!」
満面の笑み。
その後、少し収まる抑揚に、その客が鈴木ではなかった事を物語る。
いつもより僅かばかりに浮かれ弾んだ亜子の声は、店の活気にも繋がっているようで、奥席で飲み始めた常連客が話す声も大きくなっていく。
手前の一般客も負けじと上機嫌に声が飛び交う食事の席の一幕に、彼氏彼女の不毛な事情も出来立てパスタにかけた粉チーズのように解けて行くのか、かしこまった難しい顔も笑顔に変わる。
富士山パスタの店内はディナーの書き入れ時に幸せな笑顔を迎えている。
そして、亜子も自身の幸せに鈴木を迎え入れようと、満面の笑みで待っていた折。
――GARARAANN――
「いらっしゃ……嘘。」
亜子の脳裏に走る衝撃。
目の前には、鈴木が透子と二人並んで立っている。
声の途切れにその異様な雰囲気を気取ってか、店内にも妙な緊張が走り何気なく入口に目をやる客も居る中で。
亜子は鈴木との少ない記憶を辿るも透子との接点は見付からない。が、思い当たる節はただ一つ。
キッ! と、振り返り藤真を睨む亜子。
その鋭い眼光に、思わず目を逸らす客は何をした訳でもないのに なまはげ でも彷徨いているかのような素振りに、それを見て目を逸らした客の、見てない連れから心配されるテーブルが数席。
当の藤真はといえば、子供担当にでもされたのか主婦に混ざって子供と何かのゲームをしている。
しかし、じっと睨む亜子の眼光から何か出たのか悪寒が走ったのか、一瞬肩をすくめて。周りを気にする仕草を見せる藤真。
その姿に後で覚えてろ的な韻を踏み、亜子は背にした二人の関係を問い詰めたい気持ちを抑えて笑顔を作り振り返る。
「で、何で二人? あ、」
そこまで言って、普通に聞いてしまった抑えの甘い自分に気付き天を仰ぐ亜子。
「いや、今そこで……」
「うん、そこの通りで前を歩いていたのが鈴木さんだったみたいで」
鈴木と透子の話から偶然の一致と知り、天から地上の二人に目を戻すが、その偶然のバッティングにも何処か悔しい想いが残る亜子。
「そうなんだ。あ、奥にトーシンも居るんでどうぞ」
と、鈴木を通した亜子だが、スグに透子の肩に腕を回し足を止めると耳元に囁く
「後でキッチリ聞かせてもらうからね」
「ん?」
戸惑う透子の脳裏には、問われているのが別の件に思えて、何処から話が漏れたか亜子にまで、思い当たる節はただ一つ。
カッ! と、藤真を睨む透子。
訪れた鈴木の顔に、ようやく子供担当の荷を降ろせると顔を綻ばせる藤真が、威圧的に睨む透子の眼光に圧されたのか悪寒が走ったのか、一瞬肩をすくめて。周りを気にする仕草を見せた。
「どうしたの?」
「いや、何か、何だろ?」
分からない不安にも、勝負を控えた武者震いと捉えて自分を納得させる藤真。
その前向きな勘違いに、それが何かは分からないが笑みを返す鈴木もまた、自身に起きている苦難の現状を隠すというよりも笑い飛ばして覆い隠すような気概を見せていた。
そんな風に捉えて鈴木の笑顔を見る透子の真顔に気付き、鈴木と透子を交互に目で追う亜子の気持ちは二人を追う視線と共に揺れていた。
――GARARAANN――
「あ、いらっしゃいませ!」
我に返り振り返るが、時計を見てスグに拙い事に気付き足早に入って来た客に近付くと謝った。
「すいません。本日は予約が入ってまして、既に席も埋まってますので……」
午後も六時半から始まった富士山グランプリだが、主婦や子供は先に来て八時前には帰り、店主や常連客が来るのが七時半頃からなのが常で、そこからは酒の宴状態になる事から一般客に迷惑をかける前にとお知らせに張り紙を……
「こちらのお知らせにもあるように、本日は十九時入店の方までとなってます。申し訳ございませんがまた日を改めて宜しくお願い致します」
相手がゴネそうな顔つきを見せるや店の扉を閉めた亜子には、その客の後ろに並び始めた顔に覚えがあった。
昨日の今日、一瞬の焦りも思い出した事に、急ぎ藤真へ伝えに向かう。
「トーシン!」
振り返った藤真の隣で一緒に自分を見ている鈴木の顔ばかりが目に入る。が、諦め半分に仕事を優先する他になく、この事態を招いた輩への怒りが増すばかり。
「どしたん?」
その軽い返事にも腹が立つ。が、鈴木の見ている手前グッと堪えて笑顔を作り、前もって決めていた合図のように手振りで示す亜子。
「ん?」
が、鈍感な藤真には伝わらない事に苛つきを見せるのもグッと堪えたからか、笑顔に歯を食い縛りながらの声は腹話術かの如くに……
「許されざる客ご来店」
「あっ? あっ!」
今更ながらに手振りを返し入口を指す藤真に、亜子が顎を突き出し怒り露わに肯いた。
藤真が入口を指し亜子を連れ立って入口に向かうが、亜子は鈴木に少しお待ちをとでも言いたげに手をかざし頭を下げ、本当に申し訳無さそうに後退って行った。
特に動じず笑顔で手を振る鈴木も中々の鈍感さだが、その様子にピンと来たのは着いて早々にジンジャエールを飲みながらクレソンをつまむ透子だった。
「……これで成功って事?」
――PERONN――
透子の小声に遅れて反応するかの如く、胸元のポケット(沢山あるが……)からの音にクレソンを咥えてスマホを取り出す。
【遅らせたのはな! 後は対応次第。今、ゴネて付け入れと指示が出た】
入口を見るが、既に亜子と藤真が扉の外で対応中。その様子は窺い知ることは出来ないものの、心の底から二人へ頑張れコールを唱えているしか今は出来ない事に、もどかしさからクレソンが進む。
――PERONN――
スマホ操作もクレソンを咥えつつ……
【奴等引く気は無いぜ、ザッと100人近く来てる】
「はぁ?」
透子の漏らした馬鹿声に、ふとした顔で透子を見る鈴木だが、何かに気付き入口に目を向けた。
――PERONN――
動いた鈴木の視線を感じて見れば釣られて入口に目を向けた透子だがスマホの音に視線を落とす。
【良い物見っけた!】
声が、遅れて、聴こえるよ……




