130〜始まりの銅鑼(ゴング)〜
ホットがホールをスポット作り出す。
通信に楓香の疑問に納得の大量の報告が入って来ている状況に、異常なのは明らかなのだが、当の下位層のコメントの節々にも不穏に感じている者が居るのを察してか、
指示に突如示された大規模訓練の文字に、乗る者の軽薄さと、逆に違和感を深めた常識を持つ者の慎重さが如実になっていく。
床鍋の下位層の中にも熱心に指示に従う者と仕方なく従う者との差が見える事に、統制の崩壊を想起させる。
そのままに放置は出来ないと見たのか炙り出して見せしめに罰を与えるかのような論調になっていく事からも、指示する側の焦りが透けて見える。
つまりはこの、鈴木を追う人数が多過ぎる事に、楓香が怪しんだ通り裏がある事を示している。
鈴木を追っているのは下位層から中位層ばかりで指示をしているのは一部の……
それこそ裏を返せば、中下位層に見せたくない何かをする為の目線逸しに鈴木を追わせているようにも見える。
なら、中下位層を全て鈴木を追わせる事で、目線を逸されているのは何処なのか?
零はその違和感に別の何かを探ろうと、通信の報告から鈴木の位置を確認して追跡する中下位層が消える範囲を考えようとしていた。
――KATAKATAKATA――
『…ひほ?…これ、ん?…あ、もし…』
が、鈴木の位置を確認した零は何かに気付き、先攻していた訳では無いが後手に回ったような状況に陥る可能性に、それを防ぐ手立てを探りその上で逆手に取る策を捻り出そうと、頭をフル回転にしキーボードを叩いていた腕を止めた。
事に、楓香がそれに気付き通信と零の動向をチラチラと窺っている。
零が固まる姿を何度か見れば、それが悪い状況なのだとスグに……
いや、スグに気付ける筈はないのは勿論の事。人形が固まり動かないのが本来の姿であって、動いている事の方にこそ気付くべき反応なのだから。
ただ、キーボードの音が鳴り響き続けていたのが、突如鳴り止んだからに過ぎない。
それ程にパソコンを駆使し続けている。
むしろ零にとって人形のボディは疲れを知らずか、人の身体をも凌駕するのかもしれない。
そこに呪いの根源は見当たらないが、神の御業か悪の所業か、人の目なら疲れ目に視力も心配されるが……
『…んがあぁぁ!?…』
驚く楓香が目を丸ませ硬直する肩。
零の唸り声は何の叫びか? それは、受験勉強の最中に唐突にやって来る……アレだ。
我に返り振り返ると、楓香からの痛い視線に零は言い訳を考える。
それは自分の過ちを認めているからに他ならないが、叫ぶまでの鬱憤は唸った時点で何処かに隠れ、アレは何処か? と煮え切らない事にまた来る可能性を考えてしまっていては時間の無駄とも思え、もう一度頭を切り替える。
痛い視線を受けてまでも唸り声を上げたそれこそが、鬱憤を晴らす為の過ちだったのだ。と、思いたいからこその言い訳を。
『…もう目一杯。…』
やって疲れたとでも言いたいのか何なのか、意図する意味を汲もうにも、そもそも唸り声を上げた意味すら解らないままの楓香には、零のそれが解らない。
「目、交換する?」
『…ひほ?…』
何とも怖ろしい提案をサラリと言いのけるのは、零を人形として見ているからに他ならない。
勿論それであってはいるのだが……
振り向き楓香の先に見える血眼号の姿に、透子が徒歩で向かった事を思い出す。
自転車なら既に着いていても不思議ではないが、徒歩となればまだ店より手前。
打てる手立てを講じるには短過ぎるが無いよりはマシ! そんな僅かな反撃の狼煙を上げようと……
――SUTATATATATTA――
突然、零が楓香に飛びつきスマホを奪い取り、怒る楓香を無視して透子に電話をかけた。
「ん、なら言ってよ」
スマホの画面に理由を知って楓香の怒りは収まるも、何の電話かと耳を傾ける。
「あ、何?」
なんとなくムカつく電話の態度にもグッと堪えて言うべき話を進める零。
『…ひほ、良く聞け! 今、富士山パスタに鈴木も向かってる……』
そこまでを聞いて脳裏に浮かぶ言葉をそのままに即時吐き出す透子。
「ああ、だってトーシンの友達でしょ」
『……だあ、聞けっての! それは問題じゃねえ! 問題なのは、後ろにぞろぞろと問題のある連中が張り付いてる事の方!』
「あぁぁ、でもまぁ、私もトーシンも居るからそれは」
『…そうも言ってらんねえ人数が追ってんだっつうの!…』
どれ程の人数かを想像するも数字が出る筈もなく、その少しの間が透子の思考を物語っていると見た零が、床鍋に対し後手に回るのを回避する為の策を伝える。
『…でだ! 猪豚、お前に任務を課す!…』
「え、うん。って、誰が猪豚だ!」
「ホラ、楽勝ダロ」
そんな中、福山家では島口と共に喪積泉が持つスマホに流れる指示と報告の通信から、目線逸しが上手く行っているのか上から目線に嘲笑い眺めていた。
そんな折、チャイムの音に福山がモニターを確認すれば、胡唆三太が遅れて何かを持ってやって来た。
「どう? 佐藤の最後は? みんな話したんでしょ?」
部屋に入って来るなりの胡唆からの質問に、皆がニタニタと鼻で嘲笑う姿は何を納得したのか胡唆の顔も綻びカルトの目が際立って行く。
「ああ、娘が居ないタイミングでバッチリ脇にアレ刺してヤッたヨ」
佐藤に刺した何かはスグ死に至る物では無いようで、皆ソレを刺した事にとりあえずの第一段階クリアとでも言った感じで流し気味に聞いている。
胡唆は山田刑事と自称田宮の車を見送り一旦家に帰った折の喪積と決めた話に乗って、佐藤殺しの計画に島口に渡す為の兵器か何かを家探しするでも無く、庭と物置きと部屋の行き来を繰り返していた。
それは、鈴木に向け試し撃ちしていた物に他ならず、配線を外しまるで新品かのようにしようと埃を拭くも、その拭く布片には名前の痕跡がある。
いつから雑巾にされていたのか、擦れて見え辛いが子供の為に書いたような平仮名が残る【……ずきよし……】良く見れば子供下着のような厚手の縁縫いが見えるが……
拭き終わりそれに気付いたのか、燃えるゴミに混ぜる胡唆の顔は少しの動揺か周囲を警戒する素振りを見せたが、外し拭き終えた機器を汚らしくも見窄らしい紙袋に包み持ってみる。
それはそれは老人が底が抜けぬようにとたいそう大事に抱え持ち、まるで何かを盗んで来たようにも見え映る事に自身も気にはなったのか、考えに立ち固まっていた。
動いたかと思えば目の前の暮明を照らす街灯にまで八つ当たるように胡唆は出掛ける前にと部屋の窓を開け、ある周波数特性を持つ電波を街灯に向けて放った。
何の前触れもなく一瞬の閃光を最後に暗くなり、人目も消えた通りを確認して出て来た老人は餓鬼そのものにしか見えず……
たかだか二軒隣の家に行くのに誰に隠したいのか、そこまでしても隠す物。
「言ってた兵器って、ソレか?」
島口が胡唆の手荷物を覗き込み、口にしたのは小さくはないが何の機械か、やたらと内部にレンズを保護するような造りの部位の下部には、方向制御盤が付いた何かの放射装置を思わせる物。
ニマァーと薄ら笑いを浮かべた胡唆が自慢気に振り向き袋から取り出す機器に、自分を大きく見せようと敢えて難しい言い回しで説明を始めた。
通信を確認する福山と喪積。
機器の使い方を確認する島口と胡唆。
仲間にも平然と嘘を吐くような者が組織に居ればそれは組織の統制崩壊を意味する。
その言い訳に組織と関係の無い者を使えばそれは、神を敬う信仰なら神を欺く愚行に当たる。仏を敬う信仰なら道を外し仏を足蹴にする愚行に、それこそが罰せられるべき罪。
無論、それがマフィアやヤクザなら波紋や指切りでは済まされない。
それ故、この裏切者達は虚偽に念入りな策をねり、仲間を地域に絞り見返りを担保に結束している。
佐藤家に向け兵器を設置していく胡唆と島口。
この通りの何処までが仲間か……
その最中、普段から無駄に町内をぐるぐると徘徊する重そうな機械を入れたリュックを背負うような老若男女の床鍋公会の中でも下の下の行為に身を置く連中も含め、中下位層はこの通りから姿を消していた。
組織を裏切る者からすればこれ程都合のいい事は無い。
その裏切りを知らない者が、それを組織の為と手伝うからこそ組織は裏切者に都合よく間違った方へ進むのだと示すように嘘に嘘を塗り重ねられ嘘に溺れて行くのは……
処分し謝罪は一時の恥、放置するは組織の恥と晒される。




