128〜始まりの銅鑼(ゴング)〜
立つ女日焼け痕を隠せず……
――PIKONN――
『…待て、こっちが先かよ!……』
モニターには神社の駐車場が映っているが、車は既に無い。
零がファイルを開き再生すると、そこには例の車に乗り込む女の姿があった。
『…ひほ、誰だ?…』
この車には通信機能が無い為追尾が出来無い事から、車に乗り込んだ者の顔を押さえる事こそが目的だった。
その上で、これまで見なかった顔は組織犯罪を探る中では新たな深層に入った事を物語る。
――PIKONN――
『…クソっ、コッチもか……』
スマホの音声クラックに切り替える零が彼方此方と慌ただしい事に、透子も留められた話を素直に待っている。
と、いうよりも何をしているのかが解らな過ぎて……
車のエンジン音だろうか、ダッシュボード辺りに置かれたスマホが勝手にノイズキャンセリングしようと試みているのか音声が微妙に途切れるが、元々が小声のせいだと気付く。
クラックで聴いてるのだから話す本人がスマホのマイクの事等気にする筈も無い。
それでも拾えるだけマシな事と知る零は音量を上げる。
「ふひっ、一昨日からエ………の室外機壊れかけてて調度いいから………も設置しちゃ………の?」
「あ? んじゃぁ来週、先に……たの庭に………れて、電…コードもそん時に……ちまうか」
「ふひっ」
「ぉぃ、誰か出………ぞ」
「ふひひっ、アレが例の」
「ふぅうん、アレが対象か……じゃ、行くわ!」
「ふひっ」
刑事のスマホのクラックだ。刑事と話しているのは恐らく、ふひふひ言ってたのはあの餓鬼そのものの面構えの胡唆三太だろう。
で、対象の家を用心深く覗いていて逸早く人が出て来た事に気付いたのが不法侵入犯の自称田宮。
「おい、対象の家にはいつ入るんだ?」
窓が閉まったのか音が消えノイズの乱れも無くクリアになり、大きな田宮の声が突然入り音量を下げる零。
「判らん。今は覗きもアレで出来るし、撃つのもアレだからな」
「なら、俺はアレで覗いて調整と報告するだけか」
「ああ、まぁ対象が切れ者だったら出番も来るかもな」
「ほぉぉん」
そのまま黙り込み八分程が経っても何も話が無い事に、音声クラックを止めGPS追尾に切り替えた零が、先の神社の車の映像から女の顔を切り出しながら唐突に透子の話の続きの確認に
『…で、何を調べろって?…』
「え、あ、うん。そお、田中の事!」
それは零のスキルを前にして尚の事、警察内部に隠蔽された田中の過去に人身事故の証拠を探して貰おうと、話の最後に切り出す内容に言うか否かを悩んで透子の話が止まる。
『…ひーほー、とりあえず調べてやるよ…』
「本当! ありがとう、零。」
田中と沢抹との関係確認以前に、透子の調査依頼から田中の過去の事故と透子の過去とに何かがあるのは判った零だが、楓香も横目にちらちら見ていて何となくは判っているように見える。
敢えて聞かずに調べ始めた零の考えは解らないが、調べて貰える事に透子の素直に感謝する姿勢が零にはむず痒いのか、気味悪がっていた。
『…いいから離れろ、クソ女!…』
そんな二人のいつもと違う平和にも思えるやり取りを見ていたい気持ちもそぞろに、楓香は透子に時計を指し伝えるべき事を……
「ねぇ、透子……時間。」
「え、あゝ」
慌てて服を着直す透子に、楓香は更にと伝える。
「目元、半分しか……」
「あゝ」
思い出したか化粧の途中だった事に気付き鏡に向かう透子が、慌てているのにそっと目元のラインをひく為の自身のチグハグな行動に苛つく様が面白いのか、零は楽しそうにそれを見ていた。
「ああもう! こっち見なくていいから調べてよ!」
『…ひほほほほほほほ…』
「……ムカつくぅ。」
「ふむぅ……」
普段通りの言い争いに戻った事に残念な気持ちもあるが、まぁ良いか。と、普段通りに戻った事を良しとした楓香の中では、この状況が平和な日常となっている事を物語っているのだが……
――GARARARARA――
山田刑事と自称田宮の車が出て行ったのを確認した胡唆は、急ぎ門扉を閉めるとまるで隣家までを掃き掃除していただけだと言わんばかりに、通りの垣根や庭木を無理矢理にはたき落とした故に緑の混ざる葉をチリトリに詰め、
出かける鈴木に見せつけるようにアピールし、肩で嘲笑い満足気に自分の家へと戻り、落ち葉の処理にコンポストの強烈な生ごみ処理の腐敗臭を漂わせ、覗き込むように鈴木が出る姿を確認していた。
胡唆の不自然な動きと視線に強烈な腐敗臭が、鈴木の出かけを急がせ臭いに堪らず自転車に跨がりペダルを踏み込んで行った。
「ふひっ」
鼻も馬鹿になっているのか腐敗臭のする土を手に取り鼻にやり、敢えて嗅ぐと笑い嬉しそうに勝ち誇っている胡唆に、家の中から話しかける声。
玄関を開け顔を出したのは喪積泉だ。
「ふひっ、今鈴木も出て行った。これ撹拌してやったら慌てて逃げてった」
そう言って嘲笑う胡唆に喪積は鼻で嘲笑うと、で? と、山田刑事と自称田宮の動向を確認する。
「来週からだって。で、黒子も動き出すから今週中にアッチをさ! ふひひひっ」
「とっとと殺っちまおうぜ! 自治長の座取れば一々画策しなくたってやりたい放題出来んだからよ! で、島口は?」
「福山家に居るから調度いいからさ」
含み笑いで答えを求める胡唆に、喪積は眉間にシワを寄せ自分の悦楽を奪われたかの如くに不機嫌顔で応える。
「島口に殺らせんのか?」
「ふひひひっ、その方が後々使い易いでしょ」
「チッ! そんじゃ、自治長のガイドライン確認含めて見納めに佐藤と話しとくか」
「ふひっ、見納めね」
――BATTAAANN!!――
胡唆家の玄関ドアから強烈なドア閉音が鳴り響き、鈴木家だけでなく二本隣の通りまで響き渡るその音に、ドラッグストアの駐車場で車の中に居た猫がビクッと反応していた。
――ZIIIIIIII――
二人の玄関前でのやり取りは、境界線詐欺の発端となり今は売地となっている元河西家の庭にセットされていた隠しカメラが撮ら得ていた。
同じく盗聴マイクの音声は電波で飛ばされていたが、少し前の電話連絡に長時間録音したままで、ボックスの中でビクつく猫を撫でながら男は他の確認にその音声を聴いていなかった。
後にそれを聴き後悔する事になるとも知れず……
臭気も羞恥心も感じないのが餓鬼。




