124〜始まりの銅鑼(ゴング)〜
悪の比較に正義はあるか?
「ねえ、着いたなら……」
『…ひほ、スマホの音声か!…』
――KATAKATAKATA――
勘繰りに他の作業で失念していた事を楓香に指摘され、慌ててクラック済みのスマホからマイク音を拾うと風音も無く、会話の途中か唐突に声が聴こえて来た。
「そこ、入れちゃっていいから」
何とも薄っぺらく半笑いのような胡散臭い年寄りの声に、車に乗り込んだ二人の声とは思えない。
それが誰なのかも判らない中で別の声が入る。
「ここの住人は?」
この声には人目を憚る小声に低く妙なストレスがある。三十代後半から五十代前半の警察関係か犯罪者か、つまりは車に乗り込んだどちらかだ。
「ふひっ、大丈夫、老人ホームに逝っちゃったから、もうここもうちらの土地みたいな物、ふひひっ。」
「はぁんっ、バカだね。アンタの嘘を信じたって事か、ふんっ」
「顔見られるとアレだから、俺先に入ってるわ!」
顔を隠そうとするもう一人の声には職人にありがちな我流の自信を覗わせる。おそらくこれが不法侵入の犯罪者だろう。
その自信には、この犯罪者が職人紛いに今も尚犯行を重ねている事に他ならない。
となれば先の声があの刑事だと判るが……
「ふひひ、合鍵は島口君に作って貰ってるから、福山さん所で受け取って来て!」
「分かったよ、また騙したら承知しねえぞ!」
「ふひっ、アレはこの山田刑事が、吉田刑事と、ねえ?」
犯罪者は何処へ入るのか、刑事に何を何処に入れろと言っているのかを考えるに、零が先にやっていた勘繰りと答えが合った。
会話に出て来たどれが誰だかに楓香が首を傾げている。
『…ひほぅ、この胡散臭い年寄りの声は多分、胡唆だ…』
あの画像の調書内容を思い出したか楓香の顔が、あの? と確認を求めている。
そして、先の調べていた物を表示して見せる零。
――KATAKATAKATA――
『…この家が田宮なら、確かに老人ホームっぽいぜ!…』
示した家主は胡唆の隣家の老婦。つまり犯罪者が入ろうとしているのは住人不在中が確定している留守邸宅。
そして、その向かいの家に住んでいるのは鈴木。
先程見ていたストリートビューで確認していたのは、その家と家との位置関係と家の造りだ。
胡唆がそこに入れろと言っているのは車の事だろう。留守邸宅には駐車場があり、庭は鈴木家から死角になる為、怪しい作業もし易く、覗くには建物の中からなら容易に……
本来居ない筈の留守邸宅の二階を気にする者など、不法侵入犯位のもの。
その不法侵入犯を連れて来たのだから、自ずと結果は見えている。
「とりあえず車入れちまうか」
「ふひっ、これ開けちゃえばさ、ね」
――GARARARARA――
胡唆だろうか、何かを引き摺る音は恐らく駐車場か何かの門扉の類いだろうと予想に容易い。
――BURORONN!BURORORO――
刑事のスマホは胸の辺りに入れているのか、車のドアの開閉音と共にエンジン音が響くが篭った音。
果たして、犯罪の何かに使われようとしているこの家の主は、胡唆の嘘に騙されたのか警察の名の元に同意したのか、はたまた勝手に使っているだけなのかに……
確認しようにも老人ホームに入居中の年寄りに人形が質問して答えれば、それはもう立派なボケ老人にも思えて、想像の自虐ネタに拉がれる零。
『…ひほっ!…』
――KATAKATAKATA――
思い出したように慌ててスマホのカメラ映像をモニタリングすると、やはり胸ポケットに入れていたのか車をバックさせ終え前を向き直した折。
目の前のハンドルや計器類の向こうに薄ら笑いを浮かべる昔絵の餓鬼そのものにも見える髪の無い老人。
『…こいつが胡唆だ…』
モニター録画をしつつ零が楓香に敵を示すように腕を指した。
「予想以上に悪い顔……」
それは悪口ではなく、普通では無い明らさまな面構えに楓香の口をも衝くその顔から抱く印象そのものに。
他人を嘘で貶め嘲笑う組織の中にあって、幼児性愛者特有の抵抗出来ない相手に力を誇示して自身を大きく見せる事で自信を付け、それを元手に外面に笑みを持つ余裕を得る。
そうして世間に紛れてまた嘘をばら撒き人を貶め嘲笑い、抵抗力の無い相手を見つけてはと卑怯の繰り返しに、化けの皮でも目や口元は隠せずに内なる腐った心根が顔を出す。
それこそが……
『…ひほほほ、こいつはカルトそのものだぜ…』
零の笑みも中々に気持ち悪いが、こちらはホラー、あちらはカルト、楓香からすればどちらも悪い顔には違わない。
が、やってる事に零のクラッキングの数々も悪い事とも思えるが、あちらの幼児性愛者の幼児略取未遂や覗きやの容疑者が組織的な犯罪隠しに企てた刑事に不法侵入犯にの共犯者の質の悪さは比較にならず。
「これは悪い奴で間違いないでしょ?」
零にそう言って、眠る透子を見やるが応える筈も無く、湧き立つ感情を我慢するように自身のデブるの羽では無く、デブるの全体を覆い強く握ってモニターに映る胡唆を睨みつけていた。
『…その内それが必要になる時が来るさ…』
「……うん」
諭すように零すその言葉には何かの狙いがあるようにも思えて、そのいつかを零に託して落ち着きを取り戻す楓香がスマホの通信アプリを再度確認し始めた。
「ふひっ、本格的にヤるのは来週からなんでしょ?」
「ん? ああ、まあ色々と運び入れて設置して調整して、そうだなあ、早くて来週か……」
「それまでは昼だけ?」
「まあ全部運び入れちまえば、また違うんだろうけど、まだ判んねえよ」
「ふひっ、じゃ、とりあえずこれ鈴木家の見取り図と顔写真ね。アレの部屋はここの……」
そう言って説明を始める胡唆の声に刑事が聞き入っているが、内容からして刑事か不法侵入犯かが監視するような話に、胡唆は鈴木家の見取り図をどうして持っているのかに、鈴木の幼児期から覗き続けていた結果か、役所がグルか……
床鍋の組織が国の中枢にまで入り込んでいる現状においては、そのどちらもだろう事は話からも覗えるが、幼児性愛者の戦利品話にも寛容な刑事との会話に、零ですらも気持ち悪さを感じていた。
そんな中、同じ通りの佐藤家に一本の電話が入っていた。
「はい、あ、何か有ったの?……ああ、やっぱり……胡唆と喪積の悪巧みか……え?……じゃあ、鈴木さんは関係無いのね?……うん、なら何で?……島口の出世?……久美?……」
その相手から録音された音声を聞かされて何かを気取るが、組織の事にどうするべきかを考えていた。
それが調度要請した黒子として島口が鈴木家の北側からの攻撃にと家を建てる事を決め、河西の土地を組織流しで渡したばかり。
その土地こそが喪積が境界線詐欺に失敗して恥をかいた鈴木家の北側にある。
胡唆の嘘を真に受けた河西が意気揚々と連れて行った測量屋が、鈴木の息子の指摘でものの見事に胡唆の嘘を暴く形で境界線が鈴木家側の土地だと証明されたにも関わらず、その恥隠しに風雪の流布に走る胡唆と喪積の悪巧みとも思えたが……
それだけでは無いようで……
「え、私を?…子供達は?…そぉ……あぁ、私の椅子が目当てなのね?…解った。気を付けるけど、あなたもね……」
佐藤自身が信じていた組織の中にとんでもない嘘吐きが居た事と、平然たる態度で裏切られていた事に失望感と恐怖を感じていた。
それでも自身の子供達に気付かれないようにと平静を保っていた。
「それ、渡してあげて。…そう。…勿論、気付かれないように気を付けてよ」
――TINN!――
電話の盗聴は情報を、生活の盗聴は性癖に。




