123〜始まりの銅鑼(ゴング)〜
いずれ大人になって周知するのは羞恥心
――KACYAHNN!――
「ただいま!」
「あ、血眼号。良かった、おかえり透子」
何とも言えない楓香の帰宅の挨拶に思考が追い付かず、透子は笑顔のままに玄関で固まっている。
そんな透子を無事連れ帰った者として、その右脇に置かれた血眼号に勇姿の眼差しを向けている楓香。
それと言うのも、大泉を追う指示の中に当初Cをマサのスーパーへと差し向けていた床鍋だったが……
透子と別れた後の大泉は、いつものスーパーで遅いランチ後にマサのスーパーに行く事は無く帰宅した事で、配置していたC要員を一人移動させた事に小林と思しきTKT-F0013が【恨むなら連れの奴を】等と、透子を恨めと取れる責任転嫁の通信内容から警戒していた。
その後、特に追跡しているような通信は無いままに、楓香は警戒と心配を持って待っていた。
一方で零はGPSで車を追う中ふと思い出し、車では無く刑事のスマホの方に目を付けていた。
スマホにクラックすれば安定した電波で車内の会話やカメラ映像も拾えるんじゃないかと考え……
――KATAKATAKATA――
刑事のスマホは嫁の無用心から刑事のパソコンを経由して既に判明していたが、まさか刑事自体も堂々直接に関与して来る等とは思ってもいなかっただけに、零もあまりの事に途中まで失念していた。
その刑事と元不法侵入犯が何処へ向かうのかを探りにスマホの音声を確認するが、車の窓かエアコンの吹出口に在るのかゴーゴーと風の音ばかりで意味を成さない事に切り、
カメラの映像を確認するが、移動する車内の映像は設定までを弄れず最大画素のままなのか通信には重いのか、中々に届かない。
とはいえ、安定した電波状況にビデオ通話程度の通信がこうも遅くなるとは思えない事から、スマホの使用状況を確認する零。
――KATAKATAKATA――
『…ひーほー、通信アプリを起動してたからか…ひほ! 楓香、少しコッチの通信アプリで他の見るからそっち頼むぜ…』
「ふむぅ、大きい画面で見たい。」
その間、楓香はより一層透子に対する逆恨み行為に走る馬鹿が出ないかに気が気でなく……
Cを外され返されたIDを零のプログラムで追跡登録し画面に四分割表示の三つに表示を入れての確認に、通信アプリの確認画面にかぶり付いていた。
『…悪いが、今はそれで我慢してくれ…』
実の所、明日になれば楓香にと買ったスマホが届く予定だが、一応のサプライズにそれは言えずに今はとしたのは零の粋。
――KATAKATAKATA――
して、通信アプリで他を見る理由だが、生安課刑事も床鍋の通信を見ている事実に、刑事が絡む通信内容を傍受して先回りしようと考えていた。
ただ、現状は眺めているだけなのか、その通信アプリにログイン自体が無くIDが判らないからと、アプリの履歴やログ的なデータを探していた中……
明日スマホを渡す事を思い出したせいなのか、楓香に対する父親的な感情に手は動かしながら世間知らずな娘の心配からか、
浪費癖のある女が刑事の嫁だった事に触れ、零は付き合う相手と結婚する相手の選択の間違いは不運を招く事を楓香に説いてみせたが……
スマホにかぶり付き確認に勤しむ中の小言に、楓香は苛々を募らせていた。
キッ! と、顔を上げると零を睨み付け
「うるさい!」
の、一言に一掃した。
そして、透子が帰宅した今も尚、未だログインも無く通信を確認する零の親心に開いたままの穴は寂しく、透子に軽口を叩く気も削がれていた。
楓香は画面を二つ消し余裕が出来た事からの安堵に血眼号にも笑顔を向け、透子に先の内容を伝えて自身の苦労では無く心配からの安堵を共有しようと話しかけた。
「あのね、さっき」
「ごめん、ちょっと寝る!」
富士山グランプリは六時半からで一度帰ったものの、勝負の準備に透子は腹をリセットとする為いつの間にやら化粧を落とし、楓香の話を遮り上着を脱ぎ捨て零の身代わり的人形を枕に床で……
「おやすみ……」
寝た。
「……ええぇぇぇ。」
その何処か悲しい今の自分にも似た楓香の声に、振り向き楓香の視線の先で寝る透子を見た零が、一度は何事も無くモニターに顔を戻すが……
『…ひほ?…』
その枕代わりにされた身代わり人形に自分を重ね、開いた親心の穴に水を差されたか呼び水か、怒りに下を向き我を思い出した零。
『…この、雌豚が!…』
――KATANN!――
『…んぐっ、…』
一瞬、怒りに任せた物理的攻撃に打って出ようとする零だったが、体を起こしたその一歩目に目の前の光景に躊躇わざるを得なくなっていた。
「風邪ひくよ……って、早っ!」
――ZzzzZzzzZzzz――
心配に苦労をしての優しさにも、その苦労に対する労いも無く話すらもさせて貰えなかった事に悲しい顔を見せていた楓香だが、横になった透子にそっとタオルケットをかける献身さに……
『…楓香、お前、……』
もう寝てるの意で首を横に振る楓香に対し、零は自分の心配に大丈夫と応えてるように見え……
――ZzzzZzzzZzzz――
やはり娘のように見ている自身の気持ち悪さにも気付いてか、零は何か吹っ切れたような不適な笑みと涙にも似た雫を零しモニターに向き直した。
――KATAKATAKATA――
『…少しは痛い目も遭わせないとな、ひほほほほほほほ!…』
「何なのそれ?」
モニターを覗き込む楓香には、それが何の意味を持つのか解らないが、零の言う少しの痛い目は透子を危険に晒すような物では無い事に安堵をするが……
『…ひほほ、お世話になってる富士山パスタだ。俺も差し入れしてやるぜ!…』
カードの先払いで日頃のお礼メッセージと共にネットから注文された大量の野菜を前に、今夜が商店系の会合代わりの宴に届けば何が起きるか等……
――PIKONN――
『…ひほ? お、コッチはもう着いたか…ん? ココは確か…』
刑事の車が停止して5分の知らせに位置を確認した零が、元々の顔の作りから分かり辛いが困惑の表情を浮かべていた。
「あ、これこの前の報告書にあった……」
『…ひーほー、狙いは鈴木のようだな! 案の定この犯人も胡唆と裏で繋がって…ん、待てよ…』
何かに勘繰りナビアプリの地図とは別に、ストリートビューでその何かかを確認し始める零。
「生活安全課の刑事が幼児性愛略取の容疑者とその擁護に不法侵入した犯人と……何か、もう」
世間知らずもここで知る世間に嫌気が差す。悪人に慣用過ぎる社会の仕組みや闇ばかりの裏側を見れば見る程に、楓香はこの世界で生きてきた透子を見ていた。
少し前の出来事も小さく思えるようで、認めたいような悔しいような悲しい気持ちになる事に、楓香の何かに火を灯す。
心根の腐る者ばかりが特を得て、素直な者が馬鹿をみる。そんな法に掲げた理念信念すらも機能していないこの世界のシステムの根幹を前に……
聞く耳持たぬは役立たず。




