120〜予兆の亀裂音〜
Coffee Break
研修最終日を迎え、透子は朝から無駄に気合いが入っている。
「よしっ!」
ナグルトからすれば残念な事に研修に対する気合いでは無く、その後に待つ富士山グランプリにだ。
しかし、大きな目で見ればそれはナグルトの為ではある。
勝って褒美に出席者の知ったる顔の商店主の面々から契約を貰う。
「よしっ!」
そんな逸る気持ちを持って朝から少食に抑え、研修初日から始めた寝起きの筋トレにも無駄な気合いを掛け声に出し、時間がまだ有るからと二回目の筋トレを始めた事に零と楓香をウンザリ面にしていた。
『…今日は一段とうるせぇなぁ、準備出来たんならとっとと行けよ…』
楓香も透子の気合いの掛け声に面倒臭さを感じたのか、物に助けを求める。
「血眼号ぉお……」
――CHIRIRINN!!――
「いや、まだ早いから……あ!」
透子は思い出し、ハッとした。
今夜の富士山グランプリ中、自身は大量の料理に舌鼓する間、楓香は何も食べる事が出来ずに待っていなくてはならない事を……
楓香が一度何かを口にすれば透子は一気に腹が満たされる可能性から、自分なら釈然としない我慢を勝負中は、と楓香に求めている。
気合いの掛け声で気遣うべき相手を不快にしている事実にでは無く、気遣いをしていない事にまでしか気遣う頭は回っていない透子だが、申し訳無い気持ちを持っただけでも良しとすべきなのか……
唐突に静かになった透子を気になり見ていた楓香は、原因を探りついつい血眼号を確認にチラチラと見ている。
求めた助けの心の声に反応したかと気にする楓香の仕草は、透子にとっては早く出て行け! と言われてるようにしか思えない。
楓香が食べられない事に苛つきを見せているようにしか考えられない透子の思考こそが、夜までの我慢に苛つきにも似た興奮の逸りを抑える為に動き回っている自身の行動に気付く事も無く。
どうするべきかと血眼号に視線を向ける透子と、何をしたかと血眼号に懐疑の眼を向ける楓香。
そんな折……
――GOGOGOGOGO――
――CHIRIRINN!!――
地鳴りと共に幻聴では無い本物の血眼号のベルが鳴り響く。
「我儘にお怒り……」
「ごめんなさい!」
自分の我儘な願い事に怒っていると思っていた楓香だが、透子の唐突な謝罪に血眼号が何をしたのかと助けを求めた事に悔い改めようと考える……
――GOGOGOGOGO――
――CHIRIRINN!!――
が、そんな改める程の過ちは無い。手助け無用と叫べば良い。
「もういいから! ヤメて!」
「ん?」
透子に言ってる訳ではない。
が、血眼号に言ってるとは思わない。
当然のように許されたと勘違いした透子は、自分に良いようにと考える。
「解った。絶対勝って私、いつか富士山パスタのオーナーになる!」
「え?」
『…長かったな、震度4位か?…』
話が見えない楓香を残して揺れも鎮まり血眼号のベルも鳴りを潜め、地震で棚のフィギュア等が落ちないように押さえていた零が、固定して倒れない事に安心していたテレビを点けた。
明日に控えた都議選の関係で党の代表議員がメディアに顔出しをしているせいか、地震のニュースも自身の党の宣伝に、災害時の為に必要な等と党の政策話をしていて肝心の地震情報が聞き取り難い事に、冷めた目でチャンネルを変える零。
「だから、今日だけは我慢してね」
「あ、うん。地震か……」
「過剰じゃない! 満々だから!」
血眼号の力では無い事に安堵をする暇も無く、透子の勘違いが話を進める事に諦めに近いものを感じ始めた楓香の笑顔を、自身の応援に目を輝かせ期待していると考えた透子は更成る気合いを入れ自信に満ち溢れていた。
『…ひほ、これで3かぁ…』
「バッチリよ!」
会話に返す楓香の声も無く、誰に言っているのかと振り返る零に、仁王立ちの透子が自信満々の笑みを見せていた。
何の事だか分からないが関わるのは危険と察知し、知らぬふりにと自分のスマホに腕を伸ばすが……
『…ひほっ?…』
楓香が自分の物とでも言いたげに、サッとテーブルの上から掴み取り、渡さないぞと胸の前で抱え込んでいる。
ここ数日、通信アプリの確認を楓香に任せスマホはずっと楓香が持っていただけに、愛着が湧いていても可笑しくはない。
とはいえ、楓香には別のスマホを買う約束を先日している。なら何故に今このスマホに拘るのか……
いや、逆かもしれない。拘る理由が有るからこそ渡せないのでは?
との考えに、怪しい画像やFILEをダウンロードしたか? 間違えて何かエラーが出た事に焦り隠したか? 等と卑猥な視線を向ける零。
『…ひほほほほほっ!…』
悪い笑顔に、楓香を脅すネタを仕入れたとばかりにパソコンを起動しリンクされるスマホのログを漁り出していた。
昨夜までは通信アプリを確認していて、特に何をする事も出来ずに居た筈と読み、食後からのログを追う零。
――KATAKATAKATA――
だが……
『…ひふぁっ?…』
そこに有ったのは、夜中に何かの音で反応し勝手に起動した音声アシスタントに対し、真摯に応える楓香の音声データの数々だった。
まるで知識を有する生ある者に話しかけるように質問を繰り返す楓香のログが、現段階の音声アシスタントの限界を如実にしている……
「あなたも私達と同じなの?」
「零と違って、あなたには何も感じないけど、あなたは何処から来たの?」
「手足も無く動けないと不便じゃない?」
「そっか、あなたも障害者になるのね。零も人形だけど楽しそうにやってるのと同じで、あなたもあなたなりの……」
「検索って?」
「ん? 何を言ってるの?」
「え、そんな事調べてなんて言ってないけど? 私はあなたの事を知りたいだけ……」
「何でそんな卑屈になってるの? 私あなたに命令なんてしないから安心して」
楓香の優しさを、卑屈なまでに主人の言葉を聴き取り従おうとする音声アシスタントの応対は、さながら質の悪い部下を持った中間管理職を見せられたような内容に……
『…ひほぉぉぉ…』
零は自分と同じとされたスマホを、自分から奪い取り守ろうとする楓香の姿に予想される答えに気付き、何を言うべきか考えていた。
明らかに楓香は零のせいで卑屈になったと考え、あくまで優しく零から離し音声アシスタントが心を開くまで守ろうと……
スマホを抱きしめ零を睨んでいる……
まるでいじめっ子から守るように。
『…ぁあ、あの…』
「駄目っ!」
何かを口に出そうとする零を、牽制するような一言に言葉を失う零が諦める。
その内気付いてくれる事を願って……
その二人のやり取りにも何も気付かずに気合いを入れ直し、スクワットをしていた透子がいつの間にトイレに篭っていたのか……
――JABAAAAAA――
――GATYA――
「よしっ! あっ、」
スッキリした顔を見せ出て来ると、時計を見るなり慌てた様子で飲みかけだったアメリカン風珈琲を飲み干し、血眼号を持ち出て行く透子。
「じゃ、行って来る!」
「あ、……血眼号、透子を助けて!」
「え?」
『…ん?…』
楓香の優しさが、音声アシスタントにより捻じ曲げられて行く事に、透子には何が何やら分からないが、気付いた零は自身の存在に少し申し訳無さを感じたか、血眼号と名付けた事を後悔していた。
怒られているようで……
喫茶店。アイドルタイムを、アイドリングタイムと知らず一人任され働けば……アイドル気分。(笑)




