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107〜勇気の一歩〜

 人伝に聞く話の不確かさ。



「じゃ、そろそろ……」

『…ひほ、教えた通りにな!…』

「今日の夕飯楽しみに待ってるね」



「あぁぁ……うん、ごめんなさい。気を付けます。行って来ます」



 昨日の夕飯で楓香は、零とお土産のナポリタンを食べ満足はしていたが、藤真との話し合いの為とはいえ出来立てのナポリタンを食べて来た透子への(うらや)ましさを今朝も引き摺っているようにも見え。


 そんな楓香の一言から感じる、食べ物の恨みの怖さを感じていた透子。



『…ひーほー「頑張ってね、血眼号」発進!…』



――CHIRIRINN――




 応援されたのは血眼号の方……


 それは帰路に遠出して、夕食を済ませてくる可能性に対する先行投資のようにも聞こえていた。



〈何があっても今夜は楓香と一緒に夕飯!〉



 そぉ心に誓う透子の研修四日目は、大泉に対する床鍋の行動調査三日目においても、(さなが)ら答え合わせの日となっていた。




「おはようございます」


 透子の大きな声がナグルトレディの日課になって来たようにも感じるのは、その声に振り返るナグルトレディの慣れた挨拶の応えから。

 最初はその大きな声に、どんな新人だ? といった興味の目だったが今は、お、来たな! といった仲間に迎える目だ。



「おはよ、不破ちゃん!」

「おはようございます、今日も暑いんで気を付けて」


 この仕事をする上で必要な助け合いは仲間無くしては出来得ない。

 シフトもエリア情報も……



 透子にはこの研修が終えるまでにすべき事が他にある。

 大泉の件もそうだが、それとは別にナグルトにも貢献出来そうな……




 【富士山グランプリ】


 研修最終日の夜に勝負が待っている。


 何だかんだといつもの顔ぶれを思い出してみると、富士山パスタの並びの商店街の店主以外にも何気無い会話から、隠居した商店主や登山仲間やが居るのは知っている。


 貸し切り状態で奥席を使う為、学生さん達は元々これには参加しない。ほぼ商工会の月毎の飲み会だ。



 透子にとってはこれ以上ない営業チャンスでもある。


 なんたって自分達を酒の肴にして楽しんでいるのだから、こちらにも利益は還元してもらわないと不公平。


 勿論、勝負事として格安の値段でルートメニューを食べられる特典あっての参加から始まっているだけに、本当は不公平感なんて全く無いが……


 透子が八合目の札を獲得してから藤真のオーナー権争奪と言う、現在の何とも言えない妙な【街角プロレス】的な盛り上がりには、闇系の賭け事的な勝負にも思えて来てファイトマネーを欲してしまいそうになるから困る。




 そして、今日は研修が終われば……



「お疲れさまでした!」

「さぁて、行こか!」


 今日はスーパーでは無く、お客さんから聞いたお手頃ランチの店に行ってみようと誘われ、一瞬マサのスーパーと逆方面で行くのやめると言われる可能性に焦る透子だったが

 聞けば寧ろマサのスーパーに近いと判り、安堵する透子に大泉は金の心配かと勘違いしたのか安心させようと伺って来た。



「どうする? 500円位だって話なんだけど」


「あ、行きます。て、え? 店で500円?」


 お金事だと思われ少し恥ずかしいような気もしたが、お手頃ランチが500円と聞いて戸惑ってしまった。


 〈毎度行ってるスーパーの弁当だって……〉

 と、思ったのも束の間に思い出す割引シールに合点がいった。

〈あっ!〉



――CHIRIRINN!!――



「あ、……」


 大泉の顔が店を前にして固まっていた。


「これ、お弁当屋さんですね」


 小規模ビルに挟まれた瓦屋根の小さな和菓子店のような店構えに、そのお客さんが勘違いしたのも(うなず)ける。


 大通り沿いのこの店は、周辺にある公園といえば団地の中の住人から丸見えの中庭的な物位で、少し広い公園では子供達が遊びママ友達が噂話に花を咲かせていて、とてもじゃないが箸はさせない。


 何故ここ等辺りに詳しいのかに頭を過ぎる顔。

 ふとその顔が住んでいた辺りに顔を向けるが、新しい建物が増え背も高くなった今は望める景色もまるで違っている事に気付き、改めて過ぎた時間と変化を思い知らされていた。



「あの、この辺新しいお店増えてるみたいだし、他も覗いてみませんか?」


「そうね、何か値段も殆ど900円位だし、あの(ひと)他の店と勘違いしてたのかも、ごめんねワザワザ来てもらったのに」


「いえ、とりあえずアソコ見てみません?」


 後ろめたい気持ちも無いのに、時間の経過に気付きたくない気持ちが、この場所から逃げようと足を急かしていた。


――CHIRIRINN――




――BOBOBOBOBO――


 透子が顔を向けていた団地街にある公園脇に、エンジンをかけたまま歩道に乗り上げ駐められた黒塗りの車。


 学校帰りの子供達が邪魔そうに避けて車を見る中、小学生の姿に田中は苦い思い出からか顔を(しか)めていたが、通り過ぎる中学生の一人が邪魔な車に怪訝な顔を覗かせると顔を(そむ)けた。



 火災の痕跡も無くリノベーションされた部屋は当時の名残も無くなり、今は他の住人が生活を成すその建物を、何かを払拭しようと恨み節で睨み付けていた。


 その部屋のベランダから見たこともない住人が洗濯物なのか顔を出すと、鼻で笑い首を振り考えていた何かを払拭出来たのか、拳でハンドルを一つ叩くと握り直し車を丘元の選挙事務所へ向かわせた。


――POWA!――


 運転手を使わず自ら運転して来たのには理由がある。

 当然、他の者にバレては困る事。

 それを前にして寄ったこの場所には、同じくバレては困る過去の隠し事が在る事を意味していた。



――KASYA!――


 走り出した車は学生達を抜き、団地街から通りに出ようと車の流れが途切れるのを待っていると、それに追い付いた中学生の一人が車に気付き、ドライバーを横目にコソコソとスマホで撮影していた。



 それから程なくしてSNSに【公園脇で迷惑駐車するクズドライバー】と題され上げられた画像には、歩道に乗り上げ路駐する車のナンバーまで判る後方からの写真と、ドライバーと公園の名前がハッキリと写る二枚があった。


 


 切っ掛けは当たり所。


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