103〜勇気の一歩〜
春は遠くに夢見る華。
透子は聞かれて話せる事か否かの対応の準備に、自身も解っていない部分が多く頭の中で纏まらず話の切り出しに困っていた。
零の投げやりなメッセージが画面から消えて尚、スマホを睨みつけ何かを考え固まる透子に、藤真も思う処があったのかそれを確認に聞いてみても良いものかと透子の様子を覗っては切り出しに悩んでいる。
そんな二人の姿は、まるで初な学生ものの映画やアニメに出てくる初デートのワンシーンの様に、もじもじと……
昭和生まれの客には懐かしく、今の世にも居るのかと安心感をもたらしていた。
が、初々しさ等無く見飽きる程に二人を知る者からは、その噛み合わない行動から次に藤真が話を切り出した後に起こる何かを察知し溜め息を吐いた。
「やっぱ駄目かぁ……」
大きめのトレイを持ち奥席から少し空けた手前席の客に、水のおかわり等の確認と共に少し大きな音が鳴るが気になさらずにと念を押し、奥席との間のテーブルを拭き出した亜子。
「なあ! あのさぁ!」
突然の藤真の声に、まだ話の切り出し方が纏まらないからか、邪魔をするなとばかりに顔を上げた透子は突っ込んだ質問をされないように低い声で牽制する。
「何?」
しかし、藤真からの話は透子の思考を止め、頭の回路をショートさせた。
「ファットお前、フラレたのか?」
「は?」
「は?」
スグに喧嘩になると踏んでいた亜子だが予想外の話の展開に振り返ると、透子もキョトンとした顔をしている。
「あ!」
亜子はスグに理解した。
そしてアホらしさから、するであろう二人の喧嘩に備えデシャップに戻って行った。
「亜子ちゃん、アレ誰? 真君の彼女?」
厨房から出来上がった料理と共に顔を覗かせた料理長が、客席の透子の後ろ姿を見て興味津々に聞いてきたソレこそが答えだと気付いたからこそのアホらしさ故に、溜め息と共に応える亜子。
「ソレ!」
学生客が多い店だけに、若者言葉が耳から入り知る情報量からか感性も若い料理長だけに、亜子のソレをそれなとして理解した。
「マジか?」
「え? あ、丁度いいコレ持って行きまあす」
料理長の反応の違和感よりも、周りのお客さんへの迷惑を考えていた亜子。
そんな頃合いで藤真は指を視線を透子の頭に向け、口からこぼした。
「だって、それ!」
指された頭に何があるのかと透子は手を頭にやると、毛先が掌を擽るようにボブヘアになった事を知らせて来る。
ロングの団子頭の頃には無かった感触だ。
これとそれを繋ぐ答えに思い当たる節は無い……
が、不意に頭を過ぎった事の云われが、目の前のアホ面の思考ならば重なると、無実の罪に問われたような得も言われぬ怒りが込み上げて来る。
「おいっ! 馬鹿トーシン、これは……」
「お待たせしましたあ! しょうゆしめじあさりとナポリタン大盛りでぇす。他のお客様の迷惑になるので静かにお召し上がり下さい……ねっ!」
発言を遮るように透子の前に割って入る亜子の目が物を言っていた。
少し椅子から腰を浮かせていた透子だが、椅子に戻し言いたかった事だけはと口を出そうとするのも亜子に静止され、それを藤真に告げたのは亜子だった。
「ショートカットにした女は皆フラレた事になんのか?」
考えるアホ面に怒る気力も失せた女二人だが、ふと亜子も考える。何故にコイツはショートボブスタイルになっているのかと……
その視線で亜子にも言って無かった事に気付いた透子は、何も知らない藤真に怒りかけていた手前言い出し辛く、二人から目を逸らして話し出す。
「ああぁ、新しい仕事の関係でさ……」
当然、二人からの疑問の視線は何故そこまでショートにしたのかの経緯、話した途端に笑われた。
ナポリタンにやけくそにチーズをかけて食べ始めた透子に、亜子は笑ってデシャップへと戻り、藤真も安堵に食べ始めた。
「……アンタが知りたい友達の名前は?」
もぐもぐとナポリタンを頬張りながらの小さな声に、見ればその眼光は鋭く真面目な話と理解させられ藤真はハッとした。
「ぅえ?、あ! 鈴」
それに書け! と、紙ナプキンに顎と視線で指図する。バッグからペンを取り出しコソコソと書き始めると、透子が皿でパスタを巻きながら確認する。
「私の方が済んだら、その人の情報あげるからそれで良い?」
「ああ! 全然、助かるよ」
手元を見ていなかったからか普段からか分からないが、ツナ缶サイズに巻き付けたナポリタンを口に持って行く。
が、大き過ぎたか入らず確認。
トマトが着いた赤鼻が、藤真に安堵を誘うが次の瞬間!
大きく開けた口に吸い込まれるように消えて行くパスタと共に藤真の安堵も吸い込み終わると、思い出したか手順はその折にと伝え、役目を終えたとばかりに皿の海老を一つフォークに刺すと満足気に口へと運び、満面の笑みを浮かべた。
「……ぅむ、やっぱ見てるな」
亜子は、透子が海老を食べる時の笑顔を見て微笑む藤真の顔を見て、確信を持って二人の恋の成就への作戦を思案していた。
二人が付き合う事で自身の恋のライバルを減らし、友との無駄な争いをしないで済むように、鼻を利かせて自らの華を咲かそうと。
実を付けるには、雄しべの花粉を雌しべに受粉させる必要がある。
その重要な役目を担っているのは、普段は忌み嫌われる事の多い虫達だ。中でも集られては払われる羽虫に託される。
蝿のように嫌われても蜂のように恐がられても、実を付ければ祝福の息吹きに己の腹も満たす事にも繋がる。
そして、その実の中から新たな芽が育ち花を咲かせる。
〈私はこれから実り芽吹く花!〉
亜子は、受粉の手伝いに精を出す働き蜂になろうと、二人の甘い蜜を探り嗅いでいた。
他の案件を調べていた同僚が二瓶の部屋を訪ねていた。
怒りと敗北感が折り重なったような会話の中、建物の中は朝から慌ただしく入り口近くにはメディアが陣取っている。
それは何処かの大きな組織を相手に宣戦布告をした時に起こる毎度の風物詩的状況だ。
しかし、相手によっては職員全員に危険が押し迫る。脅迫電話が押し寄せ、建物の前にはメディアだけでは無く
出入りする職員を監視し担当部署の関係者を探す者。
建物自体に向けレーダー波を当て内部を覗き脅しに攻撃する者。
「失礼します」
そんな金属音が鳴り止まないピリピリムードの中で、わざわざ出向き情報を伝えてくれた訪問者が部屋から出て行くと、二瓶は頭を抱えていた。
「くそっ、あっちもこっちも何なんだ、何が起きてる……」
花咲かねえさん……じゃ、咲かねえ?




