10〜出会いと別れ〜
ダンジョン探索……ではないですが、話は一マス広がったので。
「ごめん、くだ、さぁあぃっと……」
シャワールームのドアをそぉっと開けたが、嫌な予感は当たらずに済んだ。
〈でも、この匂い……〉
女ならではの嗅ぎ馴れた匂いに似たものと生臭さ。
〈洗い流してクローゼットの板を剥がして……か。どうするか?〉
――BATAAAAANN!!――
「えっ!? ウソ、何で?」
自分の部屋からの衝撃音にシャワールームから慌てて戻る透子だったが、クローゼットの前で立ち止まり目の前の光景に唖然とした……
「……何よこれ?」
クローゼットの大穴が、いつの間にか部屋と部屋の境目の壁全てが倒れていた。
「イッタァァア……」
倒れた壁の隙間から腸女が這い出てきた。
〈まさか、コイツまた何かした? というか何この壁? 薄過ぎじゃない!?〉
コンマ三ミリ厚程のアルミ板が貼られたベニヤ板に薄くモルタルが塗られただけ……
〈そりゃぁ大家さん【壁は刺し物禁止】って何度も言ってたけど、これじゃぁ画鋲ですら刺さらんわっ!〉
「うぅん、逆だったかぁ?」
透子は頭に瘤を作り這い寄って来るホラーじみた腸女には目もくれず探偵紛いに仮説を立てていたプロの殺し屋説から、本当にリフォーム屋だった説をうかがっていたがアノ匂いがそれを許さない。
「違う、壁に埋めようとしてたのね!」
〈本当にリフォーム屋なら逃げても大家さんに聞けば会社から素性が割れるし、流石に家主の居ぬ間に作業はしないわ。ましてあの血痕……〉
「ねぇ、警察は呼ばないの?」
下からの質問に目を落とし何か思う処がある様子で、静かに口を開いた。
「私、去年営業先で見ちゃったのよ……絶対捕まらない犯罪者って奴等を」
「?」
「下手に通報すると犯罪者に仕立て上げられちゃうのよね」
「何で?」
「警察組織の中に犯人とグルの連中が沢山居るからよ」
「……でもこの壁とか被害届出しとかないとヤバくない?」
「え? まぁ確かに…………そうね、それはそぉよね! あんた結構頭回るじゃない!」
誇らしげに天狗になる腸女を無視して透子はスマホを手に取り、1、1……
「ってぇ、アンタの事どう説明すんのよ馬鹿!」
「……あぁ、」
「やっぱアホね……」
「はぁあ? 透子だってのってたでしょ!」
「……すまん」
「許す」
何のやりとりなのかと自問自答するも虚しい時間が過ぎるが解決策は見いだせない。
「…………だぁあああ、警察は無理! で、どうすりゃ良いのよ私はぁあああ?」
隣の部屋から持って来た二人の免許証に目を落とした透子に良からぬ考えが頭に過ぎる。
〈ぃゃぃゃ、マズイ不味いマズいまずい……でも。ごめんなさい……〉
免許証に手を合わせる透子を腸女が不審に思う。
「死んだかどうかまだ判らないんだから……」
「えっ? ぃゃ、ぃゃぃゃぃゃ違う、違うの! ……でもまぁ。ちょっとあんたの事で悪い考えがあってね、先に謝ってたのよ!」
「……ん?」
透子は悪い考えを実行に移すか悩んでいたが、答えを選ぶ時間を作る事にした。いずれにしても先ずは外に出る為の服が必要だ。
「とりあえず下着ね……」
お腹いっぱい食べても良いように買っておいた何時でも調整の効く紐パンが、こんな形で役立つとは……
〈当たりは悪いけど無いよりはマシか……〉
問題はブラジャーだ! ホックの位置を最少にしただけなのに収まった……否、太っていた時も収まらなかったのは背中の肉だったのだけれども。
腸女は透子の下着を共有する事に何の抵抗も無かった様で同じ下着を身に着けた……ぃゃ、ホックの位置が……
〈私は痩せて詰めたのに、何故最大のまま着けてフィットしているのかを問いたい…〉
が、その先の空虚な匂いを感じ今は止めておいた。
「後は服かぁ……! そぉぃぇば、あんた私の脳と記憶の共有って言ってたわよねぇ?」
「うん、だから大体の事は……」
透子の中では期待が広がっていた事がある【イメージ】これ程に曖昧な才能で重要な要素は無い。
〈私には無かった、あの才能……折角買ったのにクローゼットの中で眠ってるアレ!!〉
クローゼットから視線を移し念をこめ、両手で腸女の肩を掴んでいた。
「あんた!」
慄く腸女に燃え盛る炎の目を向け頼る?
「裁縫のイメージあるでしょ? 私ずっと自分の服を作るイメージはしてきたんだから……」
あまりに太り過ぎて着れる服が売って無かった透子は、自分で作った服でぽっちゃり界のファッションリーダーになろうかと目論んで、高いマトモなミシンを買い裁縫教室に通ったが指にまでついた贅肉のせいで細かい作業が中々に苦しみ……
仄暗いクローゼットの隅で佇む練習人形が物語っていた。
『…遊ぼうぜぇ…』(幻聴か)
「うん、やってみる」
とても常人とは思えない悪い顔をした透子の闘志が湧いている。決してデブるは掴んでいないが素の悪魔の羽が腸女の目には見えていた。
〈……間違いない……〉
クローゼットから箱入りミシンを取り出すと練習人形が溢れ落ち、ゆっくりと重力に伴い首が回りコチラを向いた。
微笑む太った少年の人形……から目が、口が、
「な、何なの……ソレは?」
初めて見る腸女の顔は固まっていた。
当然かもしれない、裁縫教室で皆が作る練習キットの零君人形だが、あまりの出来に封印とお祓い騒ぎになった代物で、案の定チャッビーと名付けられ透子は自分の裁縫の無才を自覚し辞めた唯一無二の自作人形だ。
「私が作った零君人形」
「作った?」
「そうだけど、何か?」
「……ぃぇ何も」
〈……これは、ひょっとして……〉
箱から出したミシンはピカピカで、ビニールすら開いてない? 教室ではまだ手縫いの時点で辞めた為にミシンは未使用状態だった。
しかし本気でぽっちゃり界のファッションリーダーを目指していた透子は真面目に教本を全て読みイメージでは完璧に出来ていた……
イメージでは……
「とりあえず生地はあるから、この図案通りに作ってみてよ」
マスが広がって出るとなったら装備品を揃えないとですよね(笑)