ビート
髪をつかんだ毛深い腕は、突如、感電したかのように弾き飛んだ。
獣たちは子供たちからじりじりと後退り始め、ビッとその場に凍り付いた。
聴こえる…。
薄目を開けると、マークを取り囲む男たちは体をこちらに向け、腰をかがめた者、膝をついている者、しゃがんでいる者、全員が硬直し、首をねじ曲げ、顔面をある向きに張り付けたまま固まっていた。
視線のその先、ごみ丘の上、すらりと伸びた長い棒が何本も立っている。
リズムを刻む音が、墓標のような影をゆらゆら揺らす。
月光を背に、一糸乱れず踊り出す。
恍惚のトランス状態に入り、リズミカルに体をくねらせる警官たちは棍棒を手のひらに激しく叩きつけながら、降りてきた。今にも唄い出しそうな楽し気な雰囲気と、吐き気のするこの場に不釣り合いな明るいビートに合わせて、気がふれたように激しく頭をふっている。
獣の動きを止める旋律に悪寒を感じずにはいられない。マークは総毛立つ。
陽気な呪詛に人さらい達はピクリともしない。顎を斜めに上げた顔の表情がはっきり見える距離になるまで、男たちはこのよく知りすぎた警官たちから目を引きはがすことができなかった。これまでに何度も何度も繰り返された記憶が、彼らの思考を完全に停止させ、鉄のこん棒によって肉の奥底深く焼き付けられた呪いの音が体の生気を奪い去っていた。
後ろ襟首をひっぱられた男は屍のように首をうなだれ、手をぶらつかせる。
「おい、ゴミ。しゃんと立て!」
棍棒のリズムが早送りになった。
儀式の始まり。
何の指図もなされずも、男たちは立ち上がり、並び始める。表情を品定めする血走った眼玉が、ふせた顔の眼を一つづつ、舐めるように覗き込む。隊長のハリは、にやけた顔でやさしく訊いてきた。
「今夜は、どんなジャンルが聴きたい?」
物陰に身を寄せて、すこしずつ体をずらしながら、子供達はこの場を離れ、こん棒のテンポが激しさを一段と増したのを合図に、駆け出した。
曲が止まる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
少しの間をおいて断末魔の高音と骨の砕ける鈍い低音が谷を切り裂く。
静寂が戻ると、また、ゆっくり、徐々にスピードを上げていく魔術的なメロディ。
狂った曲が盛り上がり、宴の極みにぴたりと音が止む。
「ひっぃ…ぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼」
間を埋める甲高い叫び声。
曲の進行を変えてみたり、空白を長引かせることで、本能的な恐怖にどれだけ耐えられるか、を賭けて、楽しむ。永遠と繰り返される魔物の宴会を覗いていたルタは部下たちを見捨て、その場から逃げた。
警官たちは昼間、彼らを見かけると、すれ違い際にこん棒のビートを聞かせていた。このビートを刻まれた神経は、瞬時に麻痺する。よだれの止まらなくなった者、耳の聞こえなくなる者、白目のまま気絶する者もいた。そのあり様を横目に眺め、微笑むビートポリス。
手のひらの棍棒のリズムが変わる。モールス信号のようなハリの伝令音に、部下たちは頷く。
・・・小さき・・“ゲスト”・・を探せ・・・
宴は始まったばかりだ。