幸運のネズミ探し
今日もクラスのお昼は平凡だ。
高校一年らしく、気楽な雰囲気が流れている。
「ふわぁ、眠ぅい」
そんな中、猫耳のついたパーカーを着た少女が伸びをしながら欠伸をする。本物の猫っぽい仕草だ、と僕は感じた。彼女が着ている猫耳パーカー、見た目からしてフワフワで着心地が良さそうなんだけど、それ以上に生命体のように尻尾も動くからすごい。
「また、お前、またなんか探し物でもしてんのか?」
彼女の持っているパソコンを見ながら、不機嫌そうに呟く少年。見た目は不良っぽいけど、意外と情に厚くて人助けする奴。僕も何度か彼に助けられたんだ。ちなみに、この彼、女装させたらめちゃくちゃ似合うのは秘密だけどね。
「おい、志貴。お前、また変なこと考えてるんじゃあねぇよな?」
おっと、僕の考えてることが裕樹にバレちゃってたね。睨まれちゃったよ。でも、それは本音じゃないから、たいして怖くないんだけどね。そういう僕と裕樹は昔の恋愛漫画みたく、出会い頭に衝突したことがきっかけで知り合い、同じ歴史好きということで仲良くなった。
「ふぅん? 志貴くんも失われた幸運のネズミに興味があるの?」
裕樹の不機嫌なオーラにも負けずにパーカー少女、通称クロネさんが僕に問いかけた。
「なんだよ、幸運のネズミって」
クロネさんの呑気な声に興味を隠さない裕樹。不良っぽい彼だけど、オーパーツとか、古代遺跡とか好きなんだよねぇ。
「うーん、私にも分からないんだけど、『生活を苦しめているネズミを探しだして、供養した者のみ幸運が訪れる』ってここには書いてあるんだよねぇ」
そう言いながらパソコンを指すクロネさん。僕も裕樹もそこを見てみると、確かにそう書いてあるのだが……――同じページに描かれているのはなにやら禍々しいイラストであり、今晩の夢にも出てきそうなイメージだ。
「それって本当に幸運というよりも、悪霊退治だよな」
裕樹はそのイラストに少し引きつつも興味を隠せてない。
「そうともいうのかな?」
クロネさんはそれはどうとでも取れるでしょ? と笑ってごまかしている。
「ただ、伝説って怖いよな。助けを求める声に応じたらどこかの時代に遡った話とか?」
「そうだね。幼なじみとどこかの異世界に突然、飛ばされたりしそうで」
裕樹と僕の勝手な想像に大爆笑するクロネさん。
「いやぁ、そんな非現実的なことはありえないでしょ」
普段からだらしないというか、ぐだぐだな彼女の笑い声はとてもいいところのお嬢さんとは思えない。裕樹と僕のジト目にたじろがないクロネさんだったけど、不意に痛ったぁいと言うからどうしたものかと思ったら、縦ロール少女がクロネさんの後ろに立っていて、猫耳の部分を引っ張っていた。猫耳部分には神経が通っているのだろうか。
「私もその話に混ぜなさいよ」
猫耳部分を引っ張っていた少女は、クロネさんの頭をパーカー越しにぐりぐりしていた。クロネさんは少しだけ涙目になっている。
彼女も彼女でクロネさんと同じく有名なんだよね。
彼女も社長令嬢なんだけど、中学生のときにクレー射撃大会で優勝したらしいし、成績も優秀なんだよね。もちろん、クロネも成績優秀なんだけど、こっちのお嬢のほうがもっとすごい。だって、いつも彼女の彼氏と一位と二位を争ってるんだから。
「へぇ、『幸運のネズミ探し』かぁ。そんな非現実的なものに私は興味はないわ」
先ほどの話をしたら、少女はなぁんだ、とつっけんどんに言い放った少女。その一言は裕樹もクロネさんも凍りつかせた。
「じゃあどんな話なら興味あんだよ?」
クロネさんよりも先に立ち直った裕樹がそう睨みながら聞く。隣でうんうんと頷くクロネさん。
「そうねぇ。三ツ島先生と成子先生の馴れ初めとフェオドーラさんの母国に残した幼なじみと、学校での歯科検診をまともにしてくれないイチャラブカップルの話」
確かに極めて現実的に気になる話だった。
令和になって早々に入籍したという三ツ島先生と成子先生の馴れ初めも、こないだエルスオングという国から転校生してきたフェオドーラさんの幼なじみの話、職務として学校を訪れているはずなのに奥さんとべったりしている歯科医さんの話も気になる。
「あぁ、確かにな」
裕樹もそれに興味があるようだ。突撃しようか迷っているようだ。
「うん? それなら確かこのサイトに載ってたはずだよ」
そう言ってカタカタとキーボードで何かを入力するクロネさん。検索結果を三人とも注視する。そこには『小説家になろう』というサイトの誰かのプロフィールが表示されている。
「あったあった」
ドヤ顔で自慢するクロネさん。
「この人、三十作くらい書いてるみたいだな」
裕樹は画面を指差しながら言う。
「本当だね。ん? 僕やクロネさん、裕樹の話も書いてるみたいだね」
その画面のある部分を指して、僕は言うと本当だな、と裕樹も頷く。歯科医さん夫妻や三ツ島先生と成子先生、フェオドーラさんの話だけじゃなく、僕たちの話も書いてるようだし、隣のクラスや他学年にいる父親から存在を無視されてきたというお姫さんや同級生にいじめられて転校してきたという少女の話も載っている。
「私の作品だけないのはなんで……」
一人ショボくれる少女。言われてみれば縦ロール少女の話だけはまだ無かったのだ。
「おい、ここに『2020年2月より新連載開始。また、2020年夏あたりにもなにか書きはじめる』ってあるぞ」
裕樹がせめてもの慰めにそう言う。確かにそう書いてあり、嘘か本当かはわからないが、この法則ならばおそらく書かれるのだろう。期待するしかねぇよな、と裕樹も呟くように言う。
謎のサイトを黙ったまま見続けた僕たちだったけど、クロネさんがハッとした表情になる。
「ねぇ、見てよ!」
その声に僕たちはパソコンの画面を再び見ると、そこには『お求めの幸運のネズミはこちらです』と大きなボタンが表示されている。
「なんだこりゃ」
裕樹がボヤきながらクリックする。ちょ、なに勝手にクリックしてんの!? とクロネさんが慌てるが、時遅し。
案の定とも言うべきか、突然、パソコンが真っ暗になった。すかさずクロネさんが悲鳴を上げる。
「やーめーてー」
パソコンを再び立ち上げようとしても全く負えないようで、頭を抱えている。僕も裕樹も少女も協力して再起動させようとしていたが、お手上げ状態だった。最終的に少女なんかは持っていた拳銃でパソコンを撃とうとしている。なんでそういう思考になるんだ、というか、どこから取り出したんだよ、その拳銃。
結局、その日の午後、授業終わってからもいじってみたけど、どうやってもパソコンは立ち上がらなかった。しかし、壊れたパソコンを机の上にほったらかしにして意気消沈してた僕たちの目の前に、一対のネズミの人形が僕たちの目の前に現れた。
見た目はツルツルとしているのにもかかわらず、触ってみるとふわふわしていてすごく気持ちがいい。猫パーカーを着ているクロネさんも平気で触っている。
「あった」
猫耳パーカーの少女が呟く。
「本当にあったな」
不良っぽい少年が頭をかきながら言う。
「ええ、現実的なものだったわね」
縦ロールの少女がそう目を伏せてため息をつく。
「幸運のネズミさん」
四人の声が揃ったと同時に、彼らは光を放って消えさった。
[(主な)登場人物]
・葛城志貴…歴オタ一号。違う時空では異世界に幼なじみと飛ばされる。
・廣野裕樹…歴オタ二号。違う時空では飛鳥時代に飛ばされる。
・クロネさん…猫のパーカーを常時着用。なにやら訳あり…?
・少女…縦ロール。物騒。
[その他登場人物]
・学校歯科医夫妻…どうやらあの後の話のよう。
・三ツ島先生と成子先生…今は令和です。
・フェオドーラさんとその幼なじみ…すまん。二月中旬以降に連載再開します。