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エリュシオン - Ēlysion - ,オリンポス・夏の日の夢編  作者: Torie Aki
第一節・夢へのいざない
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008 ウェスタの村と梶浦家の人々

第八章 ウェスタの村と梶浦家の人々


 村は広い畑と牧草の草原が広がり、その中に家々が点在するようにして形を成していた。村は北にそびえる山に向かって小高い丘になっており、村の下手の方には小川と遠くに街が見えた。道は石畳によって造られており、家々は石造であるが屋根には木材が使われていた。どことなくその風景はヨーロッパの田舎の村に似ていた。

「ごらん、ここがわし達の住むウェスタの村だ」と作造さんは言った。

作造さんの家は村の小高い丘の上にあり、ちょうどその家から森や村、そして遥か地平に広がる海を見渡せることができた。

僕は作造さんとミユの後を付いて行き、その小高い丘を登った。山から吹き降ろす風は村を抜け、空は澄み渡り、陽の光が村を優しく照らしていた。頬を撫でる風とその日差しは僕に初夏の気配を感じさせた。

 石畳の坂道を登っていくと作造さんの家に辿り着いた。

「ようこそ、石田ミノル君。ここがわしの家だ」と作造さんは言い、家の戸を開け、家の中へと入って行った。

「おじゃまします」と僕は言い、作造さんの家へと入った。

 その家は石造りでできていた。机や椅子、食器棚といった家具などは丈夫な木材で作られており、リビングの奥には煙突付きの暖炉が設けられていた。雰囲気からも、ヨーロッパの古い田舎の家のような感じがした。


「こんにちは。あなたが石田ミノルさんね」と横から見知らぬ声が聞こえた。

「初めまして、私の名前は梶浦紗由莉。みんなからはユリと呼ばれているわ。ミユの姉で、隣にいる人が私の祖母よ」とその声の主の女の子は言った。

「こんにちは、私の名前は梶浦リリと言います。この子の祖母で作造は私の夫に当たります。遠路はるばるようこそ。大変でしたね、夫から話は聞きました。とりあえず今はこの家でゆっくりしていってください」とその人は言った。

 一見したところ、僕と同い年ぐらいの女の子と、その祖母に当たるらしき60代くらいのおばあさんに見えた。紗由莉と名乗った女の子は後ろにまとめた肩までの髪を揺らし、にっこりと微笑みかけていた。

「ミノル君、この二人はわしの妻と孫だ。自己紹介をしてやってくれ」と作蔵さんは言った。

「はい。どうも、初めまして。僕の名前は石田稔といいます。突然、森の中で道に迷い、この世界に来てしまいました。まだ分からないことも多くて、作造さんにはお世話になりました。これからよろしくお願いします」と僕は言った。

「うん、よろしくね!それと、あなた、歳はいくつ?」と紗由莉と名乗った女の子は尋ねた。

「えっと、僕は16歳で、こないだ誕生日を迎えました」と僕は言った。

「じゃあ、私と同い年ね。こないだと言うと、7月生まれかしら。だったら、私の方が二か月年上ね」と彼女は言った。

「それで、紗由莉さんは作造さんの孫で、ミユのお姉さんに当たるんですか?」

「いいわよ、敬語じゃなくても。そうね、この人は私の祖父よ。ミユは私の妹に当たるわ。それと、私のことはユリって呼んでね。みんなからもそう呼ばれているから」と彼女は言った。

「お姉ちゃん、どう?〝もう一つの影〟って呼ばれた人も、ただの男の人で、何も害を及ぼす人ではないでしょう?」とミユは言った。

「そうね、彼もまたこの世界に来た人々と同じように見えるわ」とユリは言った。

「そうだ。彼もまた、遠くからこの世界に来た。あの森を通ってね。さて、しばらく歩いたことだし、一服入れようか、リリ」と作造さんは言った。

「そうね、ではお茶とお菓子を入れるわ。ユリとミユも来てくれる?」

 そうリリさんが言って、三人は台所へ向かった。


「さて、ミノル君。まずはそこに座るといい」と作造さんは言って、テーブルの椅子のほうに手を差し伸べた。

「はい、それで僕はこれからどうすればいいのでしょうか?」と僕は椅子に腰を掛けて、そう訊いた。

「君はまあ、とりあえず今日はこのわしの家に泊まるといい。ちょうど、空いている部屋があるからそこに泊まればいい。明日はヘルメンという街に行く。そこに君のように他から来た同年代の人達が住んでいる下宿があるから、そこに住むといい。まあ、それは明日のことだから、明日にしよう。まあ、このウェスタの村からは少し距離があるからね」

 そう作造さんは言った。

「わかりました。ありがとうございます。それで、僕はその街で暮らしていけば、いいのですか?」

「そうだね。急にこの世界にやって来て、知らない場所で、いきなり一人で暮らすというのも君には辛いことだと思うが、どうか頑張ってほしい。

君の住むことになる下宿には、ちょうど君と同い年の人がいるから、彼にいろいろと聞くといい。その下宿については、わしが話をつけとくよ」

「はい、ありがとうございます。ところで、こんなにお世話になってしまって、すいません。それと、どうして、こんなに僕に対して親切にして下さるんですか?」

「ああ、それはね、わしらは君と同じように、違う世界からここに来たからさ。まあ、それと新しくこの世界に来た住人には親切にもてなす、というのがこの世界のいわば〝習わし〟だからね」と作造さんは言った。

「…わかりました。ところで僕に何かできることはありますか?こんなに何から何までお世話になってしまって…」

「いやいや、そんなに気を遣わなくていいよ。君はまだこの世界に来たばかりだし、何より君に今一番必要なことはこの世界に慣れること、それと〝一つの影〟にとらわれないようにすること、それが一番大事だ」


 リリさんとユリがお茶とお菓子を持ってきて机の上に置いた。

「どうぞ、お飲みになってね」とリリさんは言った。

 リリさんやユリとミユもテーブルに座った。僕の向かい側の作造さんの隣にリリさんが座り、僕の隣の席にミユとユリが座った。テーブルにはクッキーとお茶が出されていた。

「いただきます」と僕は言い、お茶を飲んだ。

「ハーブティーですね。とてもおいしいです」と僕は言った。鼻先に爽やかなハーブの香りが付いた。

「ええ、この庭で採れたものよ。気に入ってもらえて嬉しいわ」とリリさんは言った。

「ところで、ジュンとミツルが帰って来るのは今日だったかな?」と作造さんが訊いた。

「ええ、昨日電話があって今日の夜くらいに帰って来るらしいわよ」とリリさんが言った。

「そうか、でも帰って来るのは少し遅れるかもしれんな」と作造さんは言った。

「ジュンさんとミツルさんって誰ですか?」と僕は尋ねた。

「ジュンとミツルはわしの息子だ。あとセイジという長男もいて、それが紗由莉と未祐の父親に当たる。誠司はヘルメンの街で建築家をしていて、ジュンとミツルは影の国に行って技術者として働いている。まあ、その二人は影の国で不審な動きがないか探るレジスタンス(地下組織)としても活動しているがね。今日は君がうちに来るので、わしの家に帰って来るというわけさ」と作造さんは言った。

 そしたら、ふいに外で車が止まる音がした。

「おお、噂をすれば影がさすか。二人が帰って来たみたいだね」と作造さんは笑って言った。


「おう、ただいま」と扉を開け、二人の男の人がやって来て言った。

「ただいま、父さん、母さん」ともう一人の男の人が言った。

「おかえり、思いのほか早かったな」と作造さんが言った。

「車でなるべく急いで来たからな」と男の人が言った。

「影の国に不穏な動きはなかったか?」

「そうだな、俺らの目からは特に何もなかったように見えたが、油断はできないな」

「そうだ、今し方〝もう一つの影〟こと、石田ミノル君が来たよ」と作造さんが言って、僕の背中をたたいた。

 僕に目線が集まり、少しどぎまぎしてしまったが自己紹介をした。

「初めまして、石田稔と言います。今日、この世界に来てしまったようで、いろいろと不安であるのですが、よろしくお願いします」

「おう、そうか。俺の名前は梶浦純。今は影の国で技術者として働いている。働いているといっても、裏ではレジスタンス(地下組織)として、影の国での潜入活動を中心に情報を集めているけどな。こっちは弟のミツル。俺と一緒に影の国で働いている」

「どうも初めまして。君が石田ミノル君だね。僕の名前は梶浦充。兄さんと一緒で影の国で働いている。今日は車で影の国から実家に帰って来たんだ。君の様子を見に来るためにね。まだこの世界に来たばかりで、戸惑うこともあるかも知れないけど、何か訊きたいことがあったら遠慮しないで僕たちに訊いてね」

 左手の梶浦ジュンさんは大柄で体格が良く、僕達の中では一番背が高いように見えた。歳は30歳前後で、顔立ちは作造さんに似ていたが、眼鏡は掛けておらず、外国人風に見えた。右手の梶浦ミツルさんも背は高いが華奢で、目の色が水色で髪が白に近い灰色であった。歳は20歳後半に見えた。

「あと俺らの兄貴の梶浦誠司ってのがいるんだが、ここにはいないな。そこのユリとミユの父親で下のヘルメンの街で建築士をしている。あと、俺たち二人はまだ結婚はしてないな。二人で影の国の街に住んでいる。ま、自己紹介はこんなとこかな」とジュンさんは言った。

「なあ親父、久し振りに帰って来たし飯にしようぜ。今日は明け方から運転してきたし、疲れたよ」

「そうだな。そろそろ日も暮れてきたし夕飯にしよう。今夜はミノル君もこの世界来たことだし、ジュンとミツルも帰って来たし、ご馳走にしよう。みんな、準備をしてくれ」と作造さんは言った。


 リリさんとユリとミユは台所で食事の支度をし、ジュンさんとミツルさんは裏の小屋から薪を取ってきた。

「僕も何か手伝います。何か手伝うことはありますか?」と作造さんに訊いた。

「そうだね。君も裏の小屋から薪を取ってきてくれるかな?」と作造さんは僕に言った。

「はい、わかりました」と僕は答え、家の戸を開け外に出た。

 外に出てみると、辺りはひんやりとした夕暮れに変わっていた。風が森や草原を揺らし、宵闇が淡く空を包もうとしている。下手に広がる街並みは夕日に照らされ黄昏に染まっていた。夕日の反対側の空は藍色に染まり、一番星が輝いている。


 家の裏の小屋の右手には薪が積み上げられていた。小屋の少し離れたところにはかなり大きい倉庫があり、シャッターが閉まられていた。大きな農機具か車があるのかも知れないな、と思った。僕は積み上げられていた薪を腕一杯に抱え、家の台所の炉まで持って行った。

「ありがとう。ここはガスもあるんだけど、大人数となるといつも台所の炉を使って薪で火を起こしているの。それに、それがこの村の〝習わし〟だからね」とユリが言った。

「〝習わし〟?」

「そう、この村の守り神ヘスティアの〝習わし〟よ。あの炉の上にある木の像を見て」

そう言って、ユリは台所の炉の上に祭られてある木の像を示した。炉の煙突の側面にその神様の像は飾られていた。

「あれがヘスティアという神様?」と僕は尋ねた。

「そうよ。ヘスティアは炉と家庭の神様よ。家の中で炉や竈はその中心を表し、ヘスティアは家庭生活の守護神として崇められているわ。また、炉は犠牲を捧げる場所でもあり、祭祀・祭壇の神としても崇められているのよ」とユリは答えた。

「それがこの村の神様なんだね」と僕は言った。

「そうだよ、ミノル君」と作造さんがやって来て言った。

「ヘスティアは、ギリシャ神話に登場する炉の女神だよ。ギリシャ神話は知っているかね?」

「はい、ゼウスやポセイドンは知っていますが、ほかの神様はよく知らないです」と僕は答えた。

「そう、ゼウスやポセイドンはギリシャ神話の神々だ。この国は古代ギリシャの人々が最初に住み着いて、国を建てたのもので、この国に信仰されているのは今でもギリシャ神話の神々だよ」と作造さんは言った。

「なるほど。それで、この村ではギリシャ神話のヘスティアが信仰されているのですね」

「そう、この国ではギリシャ神話の神々が信仰されている。特に、ギリシャ神話のオリンポス十二神の神々は、この国の主要な都市や街や村の守護神として祭られている。ウェスタのヘスティアもその一つさ」と作造さんは言った。

「さて、引き続き夕食の用意をしてくれるかな?」と作造さんは僕たちに言った。


 そのようにして、夕食の用意は進められた。台所では主にリリさんが食事の支度を行い、ユリとミユがそれを手伝った。リビングのテーブルでは食器が並べられ、奥の部屋からもう一つのテーブルが持ち込まれた。リビングでは、作造さんとジュンさんが何か話し込んでいた。

「さて、ミノル君、食事ができたよ。並べてくれるかな?」とミツルさんが言った。

「はい、わかりました」と僕は答えた。

 台所の大きな鍋にはシチューが入っており、僕はそれをお椀に一つずつ掬った。ミユがそれを運び、サラダやパンをミツルさんとユリが盛り付け、並べていた。

「さあ、みなさん、食事にしましょう」とリリさんが食事の準備が終わった時に言った。

 リビングには二つのテーブルが並べられ、作造さんに言われるまま僕はその真ん中の席に座った。僕の席の右隣に、作造さんが座り、その隣にはリリさんが座った。作造さんとリリさんの向かいにジュンさんとミツルさんが座り、僕の向かいの席にユリとミユが座った。

食事はパン、シチュー、サラダにポテト、ハンバーグと、とても豪華なものであった。

「さて、用意はできたかな?」と作造さんは言った。

「ええ、大丈夫よ」とミユは答えた。

 食事がテーブルの上にすべて並べられ、全員が食卓の席に着いた。

「今日は、久し振りにジュンとミツルに会えたことへの感謝、それと石田ミノル君がこの世界に来たこととわしの家に来てくれたことの歓迎を持って、乾杯をしたいと思います」と作造さんは言った。

「乾杯!」

 僕は腕を伸ばして、この家の方々みんなと乾杯をした。

「今日はどうもありがとうございます。この家に来たばかりなのに、こんなに歓迎をして頂いて」と僕は言った。

「いやいや、気にせんでいい。外の世界から来た人々を喜んで迎え入れるのがこの世界の〝習わし〟だからね。それに、今日はわしの二人の息子のジュンとミツルも久し振りに我が家に帰って来られた。さあ、今日は遠慮せずに、たくさん食べるといい」と作造さんは笑って言った。

「はい、ありがとうございます。今日はご馳走を頂きます」と僕は言った。


 その日の夕食はそのようにして、にぎやかな団らんの中、過ぎていった。ほとんど僕は周りの人の話を聞くだけであったが、この梶浦家の人々の温かさというものが伝わってきた。

 しかし、この場所が温かで楽しいものであればあるほど、僕が去ってしまった実家の祖父や母親たちの家族のことを思った。もう僕のいた世界には帰れないのではないかと思うと、僕の心は例えようのない孤独と切なさを感じた。この賑やかな食事の中で、周りの人からの歓迎を受けつつも、どこか心の中で切なさや孤独を感じていた。

 僕はこの世界で本当に一人であるという思いを切実に感じることになるのは、もっと後の話になるが、ここで僕には、この世界で僕を温かく迎え入れてくれる場所があるということを、僕の心の中に感じさせてくれた。


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