006 夢への誘い
主人公・石田ミノルの視点です。
夢に、誘われます。
第六章 夢への誘い
「よう、おはよ」と佐東が言った。
彼は佐東祐樹。僕とは小学校からの付き合いである。僕はいつも学校で暇があると本を読んでいる。でも彼らと一緒にくだらない雑談をしたり、昼休みにバトミントンとかキャッチボールとかもよくする。
「お前、何読んでるの?」と佐東が尋ねた。
「これ?これは小泉八雲の〝夏の日の夢〟」と僕は本の表紙を見せてそう言った。
「ひょっとして夏休みの課題図書か何か?」
「いや、たぶん違うと思う」と僕は答えた。今は一学期が終わり、明日から夏休みが始まる。
「お前も本好きだな」と彼は言った。
今日は一学期の最終日で、終業式を終えると成績表が返されて解散となる。
終業式でのありきたりな校長先生の話が終わり、教室に戻り成績表が配られた。成績は見たところ可もなく不可もなくといった感じだった。担任の先生は、受験に向けて高校二年生の夏休みは精進するようにと、生徒に向けて言った。
その後、教室の掃除を済ませて、その日の学校は終わった。
学校が終わると、雨はやんでおり、時おり青空が雲の切れ間から顔を覗かせている。
「次来るのは一か月と少しだな」と佐東が帰り道に、歩きながら言った。
「そうだね。で、佐東は何するの?やっぱり部活とか忙しい?」と僕は尋ねた。
「そうだな、夏休みの午前中はずっと部活だろうな。夏合宿もあるし」
「陸上部は夏、きつそうだね」と僕は言った。彼は陸上部に入っている。
「まあ、でも俺は短距離だからな。長距離をやってる奴らの方が大変そうだよ。そっちはどうなの?美術部とかって夏休みもあるの?」
「美術部は夏休みには余りないな。文化祭前は忙しくなるけど」
「じゃあ、夏休みは何するの?勉強とか?」と佐東は尋ねた。
「そうだね、勉強しなきゃな。それと、どこかに旅行に行きたいな。一人で」と僕は言った。
「どこに?」
「さあ、どこか遠いところに」と僕は言った。
その後、電車に乗って、僕の降りる一つ手前の駅で彼は降りた。
「じゃ、またな。一か月後に」と佐東が言った。
「うん、じゃあね。部活とか頑張ってね」と僕は言った。
「そっちも」
彼が電車を降りて、僕も立って電車の窓越しに外の景色を眺めた。この線は高架線となっており、外の風景がよく見渡せる。雲の間から太陽の眩しい日差しが差し込み、それは眼下に広がる街並みを照らしていた。電車の窓の外には、雨上りのすがすがしい街と遥か先に広がる海が見渡せた。
そして、僕は電車を降り、ホームを出て家までの道を歩いた。
家に帰る道の途中で、近くの神社へと行ってみることにした。この神社はこの地に古くからあり、神社の周りには澄み深い鎮守の森が広がっており、その森はそのまま裏の山々の森に繋がっている。その森は昼間でも薄暗く、その神社には常に荘厳な雰囲気を醸し出している。
その神社は名を呼人神社といい、僕の通学路に赤い鳥居を面している。名前の由来は定かではないが、神社にある説明書きには名前の由来に神隠しがあり、この神社の森では昔から人がいなくなったりしており、それ故に呼人と言われるようになったという。そして、本堂には、奈良時代以前から信仰のある地主神が祭られているとされる。
僕がその森を訪れようと思ったのは、神社に繋がる森の道と神社を写生してみようと思ったからだ。ちょうど雨上がりで、神社を訪れるのにはいいかなと思ったのだ。
神社に繋がる大きな赤い鳥居をくぐり抜け、澄み深い森の参道を歩いた。その神社の参道は両脇に杉の大木があり、森は先ほどの雨で暗く湿っていた。それは自然とあの夢に出てきた森の道を思い出させた。
そして、僕はその神社の道を歩きながら、あの夢について考えていた。どこまでも続く森の道、黄昏に染まる廃墟の公園、そして夢に出てくる女の子、いったいなんなんだろう?
ふと、僕はその神社の森の道を歩いている時に立ちくらみに襲われた。まるで身体と心が激しく揺さぶられるような感じだった。そして、僕はその場にしゃがみ込んだ。頭がくらくらする。
体勢を持ち直し、僕は立ち上がった。そして辺りを見渡した。辺りは森の道が続いている。しかし、何かが違う。
何かが違う?
僕はハッとして、周りをよく見た。よく見るとさっきの森とは少し様子が違う。森の樹々が違う。感じる空気が違う。僕はどこに来てしまったのだろう?
僕は確かに神社へとつながる参道を歩いて来た筈が、どうやら別の森の道へと来てしまったらしい。道の両端には木々が生い茂っている。
これではまるで、あの夢で見た森の道と同じだ。
僕は慌てていた。すぐにもと来た道に戻らなくては。そう思って、僕は振り返った。しかし、僕の振り返った先には夢で見た女の子がいた。
「ようこそ、敗れた者たちの世界、エリュシオンへ。石田ミノルさん。いえ、〝もう一つの影〟さん」
女の子はそう言って、僕のことを見た。