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異世界リクルート・四つ葉人材派遣会社  作者: デボラ
顧客ファイル1・ピーターバーグ共和国
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ワッサルー子爵領の二人(散歩編)

「せっかくだから,ご飯食べに行きましょうよ!」


そんな理恵のていあんで,玲於奈と理恵は連れ立って街へ行く事にした.コンタドールは,「本来であれば我が家か子爵領邸でご馳走すべきだが,本日はあいにく予定がある」との事だった.まあ昨晩は大食堂で随分と豪勢な仕事終わりの一杯をご馳走になったばかりなので,無理は言えない.それに,玲於奈は元来不作法なタチなので,理恵と街の居酒屋に繰り出す方がいささか気楽でもある.


理恵はと言えば,この気難しい(というかつかみどころのない)野々井という同僚と親睦を深めることは自分の快適な労働環境構築のために不可欠だと感じていたので,当然の提案である.


まず二人は自身のパスポートに出国スタンプを押す.自分のに押すのもおかしいと思ったので,ここは交互に押す事にした.次に財布に硬貨を入れる.給料は円建てなので持ち合わせがなかったが,その分はコンタドールが用立ててくれた.


街の中心までは歩いて十分ほどという事なので,馬車は断り,外に出る.直に歩いて町並みを見る事でわかることもあるだろう.


「ねえ野々井さん,なんか不思議な街ですねえ.子爵邸から街頭が続いてますけど,電線が無いですよ」


「これはガス燈なんだろう.コンタドールさんの話では,電灯は開発したとは言っていたが,まだ普及するには時間がかかる.それに,もし普及するとしても,電線は地下に行くだろうね.日本以外はどこもそうだ」


「ああ,そういえばそうですねぇ.あ,見てください!子爵邸って外から見ると綺麗なシンメトリィなんですね」


「本当だね.このシンメトリィという美意識は,我々日本人には無いものだ.ある種,建築の到達点だね」


「へえ,物知りですね,野々井さん.あれ,じゃあこの街はかなり文化的に完成されてるんですか?」


「いや,まだこれからだね.見てごらん,シンメトリィになっている建物は確かに多い.あっちに見える準男爵邸や,議会,後ろに見える街のゲートもそうだ.だけど,街の構成は歪だし,建て増しを繰り返した跡が残っている」


「どういうことですか?」


「シンメトリィ思想の究極は,都市計画そのものにある.町全体を合理的に配置し,鳥瞰図においてシンメトリィを達成する.そのことが近代建築のゴールだったと僕は理解しているし,実際にそれを目指した都市は歴史上にも多い」


「なるほど.じゃあまさに今は過渡期なんですね.いやぁ,歩くだけで,こんなにいろんなことがわかるんですねぇ」


そう言って楽しそうに歩く理恵を見ながら,本当にそうだと玲於奈も納得する.実のところ,玲於奈は建築の歴史について詳しいわけでもなんでも無い.偶然,こちらでの暇潰しにと畠中から借りた本の中に,近代建築と都市計画について,各国の美術史と絡めて論じた本が混ざっており(おそらくあのべっ甲眼鏡は玲於奈が街へ行く前に読むことを見越していたのだろうが),その内容をなんとなく覚えていただけだ.実際のところは,専門家たる畠中にレクチャしてもらうべきだろう.


ちなみに,この街の建物の多くは石造りであるが,所々に木で作られた物もある.西洋は石の文化で日本は木の文化,などと聞いたことがあるので,仮の建物なのかと思えば,柱や外壁に施された装飾や彫りはどれも細かく,美しい.日本的な美とは趣が異なるものの,素人目にも丁寧な仕事だとわかる.何より,この時折現れる木造の建物が,石畳にたつ他の石造りの建造物と調和しているのが良い.いっそ先進的な趣さえある.


それにしても,と玲於奈は思う.この町並みの完成度といい,道行く人の身なり,所作からも町全体の高い知性が滲み出ている.洗練されている,と言ってもいい.


むしろ,西洋式の振る舞いに疎い玲於奈達の方がよほどの田舎者である.ある程度,西洋,北米の文化に触れる機会のあった玲於奈達でこれなのである.ランダムに「転生」させられたもの達は,さぞや肩身が狭かっただろう.他人事ながら同情してしまう.


一方で,街の人々からみたらどうか.玲於奈達二人は,いちおう言葉も通じる(昨晩したたかに酔ったコンタドールから,即席のレクチャを受け,なんとか英語をベースに意思疎通ができるようになったばかりだが)し,振る舞いも,まあ失礼では無いだろう.何より,(正式に国から依頼されたわけでは無いとはいえ)準男爵家発行の外交官を示す身分証明書を首から下げている.だが,「転生」者達は,言葉も通じず,所作も所々挙動不審,身分も不確か.少し言葉が通じる奴がいると思えば,その男は神話を否定し始める始末.


「冷遇される側にも,それだけの理由があるんだなあ」


「え,なんのことですか?」


「なんでもないよ」


暗い想像をしてしまい,少し落ち込む.そして,そんな状況だからこそ,この地でひとかどの地位を築いた石原氏の異質さが光る.


やはり,一刻も早く彼に会わねばなるまい.


玲於奈がそう決意を新たにした頃,目の前にお目当のレストランが見えて来た.正確には,市庁舎の地下がレストランとのことで,地上に見えているのは子爵領政府の庁舎だ.これも,立派なシンメトリィである.


「いらっしゃいませ」


明るく,それでも品を損なわない柔らかな笑みを浮かべた女性が二人を迎え入れる.彼女はウェイトレスなのだろう.


「しまった,もうちょっといいジャケットで来るんだったかな」


「わたしも,ワンピース着てくればよかった」


レストランの内装は,華美ではないが落ち着いており,格式を感じさせる実に見事なものであった.





食事まで行き着かない!お食事編は理恵の視点で,次のお話にします.明日かな.

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