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観覧車と夏の記憶と噂の秘密

7話目あらすじ


「ねえねえ、裏野ドリームランドのウワサ、知ってる?」

観覧車から「助けて」と声がする。

そんなウワサを聞いて、私たちは裏野ドリームランドへ行ったのだった。


夏のホラー2017に参加した作品です。

 裏野ドリームランド。

 私がその地元の遊園地に行ったのは、七月に入ってすぐのことだった。

 連日30度を超える、うんざりするような暑さ。

 もうすっかり夏が始まっていたのを覚えている。


 遊園地などと言っても、アトラクションの数は少ない。

 大きめの公園のようなものだ。

 みんなこの場所を知っているが、たいしたものがないからと馬鹿にしている。

 私たち地域の住民が行くようなところではなかった。


 ――そう、あそこはわざわざ遊びに行くようなところじゃない……。なのに、どうして行ったんだっけ?


 たぶん、友達と話をしているうちに行ってみようということになったのだと思う。

 その話の内容が、どうしても思い出せない。

 浮かぶのは、目が痛くなるような強い太陽の日差しだけ。

 思い出せないのは、暑さでぼんやりしていたせいなのかもしれない。


 ――そうだ。私が行こうって言い出したわけじゃない。エリカが言い出したはず……。あれ? エリカだよね。


 頭の片隅を何かがよぎった。

 風に煽られたカーテンのように、フワリと。

 捕まえようとして、うまくいかない。 

 一瞬、何かを思い出そうとした気がしたのだ。

 それはもう消えてしまって、見つからない。


 ――まあ、いいか。大事なことじゃないっぽいし。それよりも。


 やはりエリカが遊園地に行こうと言い出したのだ。

 間違いない。

 たしかにそうだった。


 ――エリカが私の顔を見てそう言って……エリカ?


 友達のはずの、そのエリカの顔がなかなか思い浮かばない。

 どうも最近物忘れがひどいようだ。


 キーンという、耳鳴りのような音が聞こえた。


***


「ねえねえ、裏野ドリームランドのウワサ、知ってる?」


 昼休み、ユカリが突然そんなことを言い出した。

 裏野ドリームランドなら、知っている。

 地元にある、かなりショボい遊園地だ。

 存在は知っているが、噂に心当たりはない。

 噂になることもないような、忘れられた場所なのだ。


「あのね、裏野ドリームランドに、幽霊が出るんだって」

「幽霊?」


 と私は聞き返した。


「そっ! 観覧車から、聞こえるんだって。『タスケテー。ダシテクレー』って声が。中からドンドン叩く音がして、でも誰もいないんだって!」

「ハッ、そんなこと、あるわけないし」


 そう言って、エリカが髪をかきあげて、鼻を鳴らした。

 エリカは眉がキリリとしていて、ストレートの黒い髪が似合う、カッコいい系の女子だ。

 ショートボブのユカリは仔犬系。

 私はまあ、普通系だ。


「あのさ、そのウワサってさあ、裏野ドリームランドが自分で流してるんじゃない?」

「えっなんで? 幽霊だよ? 幽霊のウワサ流さないでしょ?」

「そのウワサを確かめに来るお客さんが増えるでしょ。夏だし、肝試しに行くみたいな感じで。ドリームランドのほうも、何かイベントでもやるつもりなんじゃないの。いきなりあんなとこのウワサが流れるなんて、やっぱりなんかおかしい」

「あー、そういう宣伝かあ……うーん、そうかもだけどお」


 ユカリが唇を尖らせる。

 不満そうだ。


「いくらお客さんが来ないからって、そういうことし始めたら末期だね。あそこつぶれるよ」

「うーん」

「でもさあ」


 と私は言った。


「あそこなら、なんか幽霊出そうかも。全然お客さんいないし。楽しそうな感じしないし。不気味だし」

「そう! そうだよね!」

「そうかなー。私はそう思わないけど」


 と言って、エリカがまたハッと笑った。

 こういう冷めたところがある子なのだ。


 ――でも、もしかしたら、幽霊を怖がってるのかもしれない。


 私はこっそり思った。

 エリカの態度には、どこかぎこちない雰囲気があった。

 いつもクールなエリカが幽霊を怖がって震えている姿は、ちょっと見たいかもしれない。


「じゃあ、さあ……」


 ユカリが、焦らすように私たちを見つめながら言う。


「裏野ドリームランド、行ってみようよ。今週の土曜日、学校お休みだし」

「はあ? なんで?」

「幽霊のウワサ、確かめに」

「だから、それが思う壺なんだって……」


 エリカがしかめっ面になった。

 一方の私はもう行くつもりになっていた。

 こんな風に嫌がっているエリカを裏野ドリームランドに連れて行って、反応を見たいという、面白半分な気持ちがほとんどだったのだけれど。


「うんうん。行ってみよう。幽霊がいなければ遊んで帰ってくればいいことだし、私、あそこ行ったことないし」


 と言って、ニ対一だ。


「ねー! 決まり!」


 ユカリが手を叩いてはしゃぐ。


「エリカもいいよね」


 と私が念を押せば、


「うん。ま、別にいいけど……」


 しきりに髪を撫でながらうなずいていた。


***


 あのときの裏野ドリームランドは、ガラガラだった。

 それはいつものことなのかもしれない。

 私たち以外のお客さんの姿は見当たらないし、順番待ちの列など、当然なかった。


「やっぱりここ、つぶれるんじゃないの」


 というエリカの発言はかなりの説得力を持っていた。


 節約のためか、アトラクションは動いていなかった。

 ジェットコースターも、メリーゴーランドも止まったまま。

 遊園地のそんな光景は、いままで見たことがなかった。


 ――私たちが乗るって言えば動かしてくれたんだろうけど……。


 そうやって周囲を眺めながら、エリカと並んで歩いていると、どこかでガコンという音がした。

 続けて、金属が擦れる音。

 キーンという、耳鳴りのような音だ。


「あっ、あれ。観覧車じゃん」


 エリカの指さすほうを見ると、小さめの観覧車が、ゆっくりと動きだすところだった。


***


「これが問題の観覧車だねー!」


 とユカリが走っていく。

 観覧車を見つけて、ユカリのテンションは高い。

 私とエリカのテンションは低い。

 暑いからだ。

 歩いているだけで、汗が頬をつるりと流れていく。


「乗れますかー?」


 私たちをおいて走っていったユカリが、係員らしきひとに声をかけている。

 薄い水色のつなぎに同じ色の帽子の男のひとだ。

 服装からは、何かの修理をしている作業員という印象だが、観覧車の前に立っているのだから、やはり係員なのだろう。


「ああ、乗れるよ」

「あのっ、ここって本当に幽霊っているんですか?」

「えっ? 幽霊?」

「はい。裏野ドリームランドの観覧車に幽霊が出るってウワサを聞いたんです」


 係員の男は目尻にシワを作った。


「そんなウワサが流れると、困っちゃうなあ……」


 それはそうか、と私は思った。

 ユカリのように喜ぶ客は、やはり少ないだろう。

 係員は深刻に受け止めているというわけでもないようで、苦笑いを浮かべて、観覧車を見上げていた。


「私は幽霊を見た記憶はないけどねえ……」

「そうなんですか」

「まあでも、好きに調べたらいいよ。幽霊を見にきたんでしょ?」


 係員は観覧車の搭乗口へ歩いていく。


「この金具を上げて、そしたらドアが開くから。中に入ったら、外から金具を下ろしてもらわないといけない。転落防止ね。降りるときは逆。外から開けてもらう」


 と説明を始める。

 ユカリが「はあ?」と首をかしげながらうなずいている。


「誰か下に残らなきゃいけないけど、三人いるから交代で乗ればいい。好きなだけ乗って、調べていいからね」

「えっ、これ、自分で乗っていいんですか?」

「そう。じゃあ私は行くからね」


 と本当に、係員の男は立ち去ってしまった。


「マジで? 何それ?」


 エリカは呆れ顔だ。


 ――こんなことってあるんだ?


 と私も困惑していた。

 いくらつぶれかけの遊園地だからといって、セルフサービスで無制限に観覧車に乗れるとは思わなかった。


「で、どうするの?」


 エリカが観覧車を指さす。

 私は視線を動かした。

 観覧車の搭乗口から、ぐるりと反対側へ。

 すぐそばに、自動販売機が設置されていた。

 冷たい飲み物が並んでいる。

 視線を戻して搭乗口の横には、座るのに手ごろな高さの花壇のレンガ。

 白い柵が背もたれ代わりになりそうだ。

 しかも、ここはちょうど観覧車の影になっている。


「私は、ちょっと休憩」


 風が吹き始めていた。

 汗で濡れた肌に風が当たって、気持ちがいい。

 あそこでジュースを飲んで、涼んでいたいと強く思った。

 エリカはうなずいて、


「じゃあ、乗りなよ」


 とユカリの背中を押した。


「えっ、みんな乗らないの?」

「私、休憩」

「ユカリ、乗りたかったんでしょ。はい、閉めるよ。頑張って幽霊見つけてね」

「えー! じゃあ、あとでみんなで一緒に乗ろうよー」

「だからみんなでは乗れないんだって……」


 それからふたりは押し問答のようなじゃれ合いをしばらく続け、ようやくユカリがゴンドラに入った。

 ガチャンと金具を下ろす音が聞こえる。


 ユカリの乗ったゴンドラが、ゆっくりと動いていく。

 ゴンドラの動きに合わせて、金属がこすれるような、キーンという音が聞こえていた。




「はい、ジュース」


 エリカが自動販売機から戻ってきて、私に渡してくれた。

 受け取って、喉に流し込む。

 ジュースの味よりも、冷たい水が喉を通る感触が、たまらない。


「ああ、気持ちいいねー」

「そうだね」


 風が吹いて、からだを冷やしていく。


「アトラクションに乗るよりも、こっちのほうがいいかも」


 と私が言うと、エリカは笑ってうなずいていた。

 しばらくそうやって、ジュースを飲んで、座っていた。

 観覧車はゆっくりと、休まず動き続けていた。


「はあ……。私たち、なんでこんなところにいるんだろうね」


 ふとつぶやいた言葉に、自分で疑問を感じた。


 ――あれ? 私たちがここに来た理由って……なんだっけ?


 エリカはフッと笑ってジュースを傾ける。


「まあね。女子ふたりでこんな遊園地って、寂しいよねー」

「うん。寂しい」

「彼氏作らないとね」

「あれっ、彼氏いたんじゃなかったっけ? ほかの高校の」

「あ、うん。別れた」


 あっさりと衝撃の事実を告げられて、私の頭の中にあったちいさな疑問は吹き飛んだ。

 どういうことなのか気になる。

 けれど、エリカは別れた彼氏のことは、詳しく話したくないようだった。

 のらりくらりとかわされて、結局私は黙ってジュースを飲むしかなくなってしまった。


「よし、ぼちぼち行きますか」


 とエリカが立ち上がる。


「うん」


 と私も立ち上がり、観覧車を見上げる。


 ――ドン……。

 ――ドンドン……。


「何か聞こえる気がしない?」

「えっ、何? 聞こえる?」


 ――ドンドン。

 ――出して……。


 頭の片隅に引っかかっていた疑問が浮かび上がってくる。


「ねえ、私たちなんでここに……」


 ――出して!

 ――助けて!


「うん? 何?」


 エリカとの会話を遮るように、観覧車が軋んだ。

 キーンという耳鳴りのような音を聞いて、私の頭に浮かんでいたものがかき消される。


「あれ? なんだっけ? 何か言おうとしてたんだけど」

「ふふ、何それ。熱中症じゃない? 大丈夫?」

「うーん?」

「そろそろ帰ろっか」


 とエリカに促され、私たちはドリームランドの入場門へ向かって歩き始めた。


***


 裏野ドリームランドを見て回って、私たちは帰ることにした。


 ――あれ? このとき、何に乗ったんだっけ?


 アトラクションで楽しんだという記憶がない。

 だが、遊園地に行って何もしないで帰るということはないだろう。


 ――結局何であんなところ行ったんだっけ?


 地元の寂れた遊園地。

 しかも、女の子ふたりでだ。

 わざわざあんなところへ行った理由が、さっぱり思い出せない。


 記憶の中の私は、何の疑問も抱かずに、歩いていく。


「ああ、君たちもう帰るんだねえ」


 水色の作業着の男に声をかけられる。


「はい、もう帰ります」

「そう。楽しんでくれたかい?」

「え、はい……」


 曖昧な笑みを浮かべて、私はうなずいていた。


 ――この男とどこで会ったのだろう。


 それも、私の記憶にはなかった。

 だがそのときの私は、男が遊園地の関係者だと、確信していたようだ。

 理由だけがわからない。


 エリカとふたりで話しながら入場門の前まできて、私は振り返った。


 ――そうだ。あのときの私も、やっぱり何かがおかしいと思ったんだ。


 しかし、疑問はすぐに頭の中から消えてしまった。

 振り返った私の耳元で、


 キーンという耳鳴りのような音が聞こえていた。


 そのまま、私たちは裏野ドリームランドを後にした。


***



 私はふと手を止めた。


 ――やっぱり何かがおかしい。


 忘れてしまっていることがあって、それを思い出そうとして、途中でなぜかやめてしまう。

 そんなことを繰り返しているような気がする。


『忘れていることがある。思い出さないと』


 ノートにそう書き込んだ。

 しかし何も思い出せない。

 明日の英語のテストの復習の続きをしなければならないのだが、これではどうも手につきそうにない。


 自分の部屋の中を見回す。

 手がかりになりそうなものはない。

 カーテンがひかれていて見えないが、外は真っ暗だろう。

 もう、九時だ。


 ――ドンドン……。


 窓から何かが聞こえたような気がした。


 ――ドンドンドン!


 そのとき耳鳴りが、


***


 私は頭を抱え込んでいた。

 ノートに書いてある通りだ。

 何か忘れていることがある。


 裏野ドリームランドに行ったときの「何か」だということはわかった。

 その日の行動をひとつずつ思い出してみたのだが、どうもおかしいのだ。

 記憶が虫食いのようになっていて、途切れ途切れになっている。

 まるで何かを隠すように。


 ――大事なことだったと思うんだけど。


 部屋の中を見回して、カーテンに目を止めた。


 ――ドンドン……。


 音が聞こえた気がした。

 耳をすませながら、窓に近づく。


 ――ドンドンドン!


 はっきり窓を叩く音がして、私は固まってしまった。

 窓の外に、何かがいる。


 ――助けて! 出して!


 その声を聞いて、私は思い出してしまった。

 裏野ドリームランドに行こうと言い出したのは誰なのかを。

 私たちが何のために行ったのかを。


 あの作業着の男とは観覧車の前で会ったのだ。


「降りるときは逆。外から開けてもらう」


 そこで私たちはなぜか忘れて、そのまま帰ってしまったのだ。


 窓は叩かれ続けている。

 窓ガラスが壊れてしまいそうだ。

 恐る恐るカーテンを開ける。

 暗くて外の様子ははっきりしない。


 ――ドンドン! ドンドン!


 あの日はひどく暑かった。

 もし、あのまま閉じ込められたままだったとしたら。


 ――助けて! ねえ、助けてよ!


 ベタリ、と窓ガラスに何かが貼り付いた。

 私は悲鳴をあげようとして、それをかき消すように、


 キーンという、金属がこすれるような、大きな音がした。


***


 ノートに書かれた文字を見て、私は首をひねった。


『忘れていることがある。思い出さないと』


 いったい何のことなのか、思い出せない。


 ――明日のテストに関係あることかな?


 テストに出るところを、先生が教えてくれていたかもしれない。

「ここを復習しておくように」とヒントを出されたような気がする。


 ――でも、まあ思い出せないなら仕方ないか。


 大きく伸びをして、立ち上がった。

 気分をリフレッシュしようと、窓を開ける。


 外は真っ暗で景色ははっきりとしない。

 住宅の明かりが見えるだけだ。

 遠くのほうで、金属がこすれる音がしていた。

 耳鳴りのような、キーンという音だ。

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