異物
父親が嫌いだった。
いつも突然だった。
突然怒鳴り、突然喚き散らし、突然殴りかかってくる。
なぜ、そんなことをするのかわからなかった。
理屈ではないのだ。
父親はその時の気分で、行動を決める。
気分は父親にしかわからないから、私にはどうしていいのかわからない。
もちろん優しいときもある。
だが、いつ気分が変わるかわからない。
気分だから、理由もない。
気分が変わらないことを祈りながらおびえているしかない。
理解できない行動をする父親に、私は恐怖を感じていた。
***
私が大学に行くころ、私の祖母、父親の母親が車いすに乗るようになった。
卒業するころにはほとんど寝たきりになってしまった。
痴呆も進んでいたらしい。
そして、施設に入ることになった。
この施設は素晴らしいんだ。
病院がすぐ隣にあるから、何の心配もいらないんだ。
俺が選んだから間違いないんだ。
家で介護するよりもこっちのほうがいいんだ。
父親が大威張りで喚き散らす。
疑問を挟んだり、事情を確認したりすると、暴れるので好きにさせるしかない。
私が実家に帰るという選択肢もなかったようだ。
就職も決まっているし、家族に愛着もなかったから、私にとっては都合がよかった。
それからしばらくして、父親が施設で暴れたらしい。
あんなところに預けてたまるか。
家で介護したほうがいいんだ。
そう言いだして、祖母を施設から連れ帰ったそうだ。
突然連れ帰ったから、介護をする準備もできていない。
なんで連れ帰ったの?
どうやって介護するの?
できると思うの?
母親がそう言うと殴りつけたそうだ。
父親に何を言っても無駄なのだ。
俺が介護くらいする。
あんな奴らにできるんだから、俺にできないはずないだろ。
それなら好きにしてくださいと、父親が介護をすることになった。
***
連休になり、私は実家に帰ることにした。
母親の顔を見るためだ。
そこで、私は見てしまった。
祖母の介護をする父親。
うつろな表情で車いすに座る祖母に、父親がこう怒鳴る。
ご飯の時間だと言っているだろ。
口をひらけ。
ほら食べろ。
おい、こぼすな、汚いだろ。
スプーンを口に押し付けて、無理矢理食べさせている。
祖母はうつろな表情のまま、なんとか口を動かしていた。
これが介護なのだろうか。
こんなことを続けられるのだろうか。
施設に預けていたほうが良かったのではないか。
父親にそれを言うことはなかった。
何を言っても無駄なのだ。
これまで父親が人の話を聞き入れたことはないのだ。
***
少しして、祖母が亡くなった。
死因は肺炎。
誤嚥性肺炎という、聞きなれない病名だった。
高齢者がよくかかる病気だという。
そうなんだ、と思ったが、何か引っかかるものがあって誤嚥性肺炎について調べてみた。
誤嚥性肺炎とは、気管に食べ物などが入ることによって引き起こされる肺炎らしい。
スプーンを無理矢理押し付けていた父親の姿が浮かぶ。
誰が殺したのか、私にはわかってしまった。
しかし父親が逮捕されたという知らせが来ることもなく、葬儀が行われるということで、私は実家に帰ることになった。
この場合は殺人罪にはならないのだろうか。
捜査は行われないのだろうか。
不思議に思いながら、葬儀に出席する。
葬儀の場で、父親は泣いていた。
異物を見つけた気分になって、私はそれを眺めていた。




