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ムカデと金縛り

ぱちりとまぶたを開く。


ムカデが見えた。


すぐ近く。

ふうと吐いた息が、たしかな感触を持って、届くくらいの距離。


赤い触角。

無数に生えた足。

私の手のひらよりも、もう少し長いくらいの、巨大なムカデ。


悲鳴をあげる。

飛び起きる。

逃げる。


当然やるはずのことが、私にはできなかった。


ベッドに横たわったまま、動けない。

身体の感覚がない。

金縛りだ。


だから、逃げられない。


ムカデがたくさんの足を動かす。

波打つように。


滑らかに移動していく。

まるで浮かんでいるように。


パニックになることすらできない。

私はただじっと、ムカデを眺めるだけ。


このまま移動して、どこかへ行ってくれたらいいのに。


そんな私の願いは届かず、ムカデはくるりと向きを変えた。

戻ってくる。

身体を曲げて。


ただそれだけの動作が、たくさんの足よりも、見た目の不気味さよりも、おぞましく感じられた。


この生き物は意思を持っているのだ。

自分の意思で、進行方向を変えたのだ。


当たり前のその事実が、動かない私の身体を震え上がらせる。


ムカデはだんだんと、私の顔に近づいてきていた。


鼻の穴に入るつもりなのではないか。


そんな想像をしてしまうほど、近く。


どれだけ近づいても、目をそらすことはできない。

私はまだ金縛りにあったままだ。


なんの抵抗もできない。

じっと見つめるだけ。


ありがたいことに、ムカデはまたおぞましい方向転換をして、私の鼻先をかすめていった。


トンッ。


かすかに音がした。

ムカデとは別のところから。


なんだろうと視線を向けることはできない。

動けない。


その正体は、すぐに明らかになった。


クモだ。


まるまると太った、巨大なクモが、私の視界に入ってきたのだ。

全身が、うっすらと白く光っているように見える。


毛が生えているのだ。


とあるクモの名前が浮かぶ。


そんなはずはない。

日本にいないはず。

そう思う。


だが、この見た目。

このクモは、やはりタランチュラではないか。


私の握りこぶしくらいの大きさの、毛の生えたクモ。

タランチュラ以外に、そんなものがいるのだろうか。


どうして、よりにもよって私の目の前に現れるのか。


金縛りはまだ続いている。

このころには、これをありがたく思うようになっていた。


動けたとして、私にはどうすることもできない。

ムカデだけではなく、クモまでいる。


半狂乱になって、逃げようとして。

そんな私に襲いかかってくるかもしれない。

逃げ切れる自信はない。


いまの私は、物だ。

動けない。

ただ、見ているだけ。


クモもムカデも、私に注意を払う様子はない。

ベッドのわきに落ちているハードカバーと同じように、ただそこにある物としてしか、おそらく認識していない。

物として存在している私は、襲われることはないようだった。


金縛りにあっていなければ、こうはならなかっただろう。


トンッ。


また音がした。


いつのまにか、クモがムカデに近づいていた。


くるりと裏返るようにして、ムカデがクモに巻き付く。


いや、クモが捕まえているのだろうか。


戦っているようではある。

だが、何がどうなっているのか、さっぱりわからない。


クモが、何本かの足を、リズムをとるように、上下に動かす。


ムカデが、どうにかして、裏返りながら円を作ろうとする。


いくつもの足が、不規則に、私の目の前で、ひたすら動く。

何をしているのか、わからない。


恐怖が、あきらめとともに、悲しみに近い感情へ変わっていく。


なぜこんなことをするのか。

これに何の意味があるのか。


私に見せつける以外の目的があり得るのか。


目をそらすことができないから、ただ見ているしかない。


絡み合うムカデとクモを眺め続ける。

これほど不必要な時間は、ほかにないだろう。


しばらくして、ついに変化が起きた。


ムカデが、足をギュッと縮めて、小さくなったのだ。


ようやく起きた変化を、私はしっかりと観察した。


クモがゆっくりと足を上下に動かし、身体を揺らす。


すると小さくなったムカデが、クモの中に吸い込まれていくのだ。


「えっ、食べた……」


食べたのだろう。

クモの口がどこにあるのかわからないが、食べたと考えるしかない。


ムカデはどんどんと吸い込まれて、消えていく。


ふと、気づいた。


声が出ている。


いま、私がしゃべったはずだ。


心臓が、ドクンと音を立てる。


人差し指に力を入れる。


動いた。


動いてしまった。


もう金縛りは、解けた。


食事を終えたクモが、身体の向きを変えた。


私を見ているようだった。

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