社内恋愛大いに結構~桂まゆさんへの『クリプロ2016』参加特典ギフト小説~
『クリプロ2016』に参加してくれた桂まゆさんへのギフト小説です。
布団の中からごそごそと顔を出したのはマンチカンのりょう君。まゆの顔をペロペロとなめる。
「うーん…。くすぐったいよ」
そう言って、まゆはりょう君を抱きかかえる。
「わかったから」
りょう君にエサをやると、まゆは洗面所へ向かい、鏡に映った自分の姿に苦笑した。
「これのどこがいいのかしら…」
寝癖の付いた髪にブラシをあてながらまゆは呟いた。リビングに戻ると、ホットカーペットの上でりょう君が気持ちよさそうに丸まっていた。まゆはふと日下部の顔を思い出した。りょう君という名は日下部の名前、良介からとったものだった。
通勤電車は相変わらず混み合っていた。
「本当に箒で飛べたらどんなに楽か…。でも、寒いだろうな」
そんなことを思いながら、まゆは規則的に揺れ動く乗客たちと一緒に通勤電車に同化していた。
電車を降りて時計を見る。今日もギリギリ間に合いそうだ。改札を抜けると、まゆはオフィスに向かって駆け出した。
「いつも元気だね!」
不意に声を掛けてきたのは上司の日下部。いつもまゆのことを“魔女っ娘まゆちゃん”と呼ぶ。
「部長、珍しいですね。こんな時間に走っているなんて」
「箒が壊れて飛べなかったからね」
「えっ?」
まゆは驚いて立ち止まった。
「冗談だよ。魔女っ娘には通用するかと思ったんだけど、ダメだったか。それより早くしないと遅れるぞ」
ばつの悪そうな顔でそう言うと、日下部はまゆの手を取って一緒に走り出した。
二人そろってオフィスに駆け込んだとき、始業を知らせるチャイムが鳴った。二人は息を弾ませながら顔を見合わせた。
「セーフ!間に合った」
日下部がそう言って安どの表情を浮かべた。
「相変わらず仲がいいな」
たまたま居合わせた社長にそう言われて、まゆは咄嗟に日下部の手を払いのけた。
「かまわんよ。社内恋愛大いに結構」
社長は水戸の黄門様のように高笑いしながら去って行った。
まゆと日下部は社内でも公認のカップルだった。
12月24日。まゆは日下部からディナーに誘われていた。けれど、毎年、クリスマスイヴのこの日は猫の手も借りたいほど忙しい。普段はオフィスに居る社員も現場へ駆り出される。そうなると、終電で帰れるかも微妙になる。そんな時、まゆは日下部に呼ばれた。
「桂君、頼みがあるんだけど…」
「現場の応援ですか?でも、今日は…」
「勘違いするな。それを避けるためにちょっとお使いに出てくれ。そして、そのまま直帰していいから」
耳打ちするようにこっそりそう言うと、日下部はまゆにウインクした。
「じゃあ、あとでな」
まゆが頼まれた使いは顧客からある品物を受け取って来るというものだった。そして、訪れたのはよくイベントの企画を依頼してくれる貴金属店だった。
「日下部の代理で伺ったのですが…」
まゆは事務所へ通された。そして、店長だと名乗った男性にソファに腰かけるよう促された。
「なるほど、日下部さんのおっしゃる通りの素敵なお方ですな」
「はい?」
「いえ、先ほど、日下部さんから連絡を頂きましてね。例の部下を使いにやるからと」
「例の?って…」
「あ、いや、気になさらないでください」
そう言うと、店長は金庫から箱を取り出すと、店のロゴが入った手提げ袋に入れて、それをまゆに手渡した。
「大事な品物ですから、くれぐれも気を付けて扱ってくださいね」
「わかりました。それでは、確かにお預かりしました」
まゆが事務所を出るとき、店長はニコニコしながら手を振って見送ってくれた。
ホテルグランヴィア京都。最上階にあるリストランテ ラ・リサータ。まゆがそこへ行くと、日下部は既に席に着いていた。窓から見える京都の夜景を背に。
「ご苦労さん」
日下部から声を掛けられたまゆは預かった手提げ袋を日下部に渡した。
「部長は大丈夫でしたか?現場に駆り出されそうになったんじゃないですか?」
「大丈夫さ。今日は社長の肝いりだからね」
「社長の?」
「うん、まあ…。それより今日はゆっくり食事を楽しもう」
「はい」
もしかしたら、今夜プロポーズされるのかと期待もしていた。けれど、それはなかった。しかし、ぜいたくは言えない。日下部はこうして仕事よりも自分とのことを優先させてくれたのだから。まゆは満足だった。
「今日は本当にありがとうございました」
食事を終えて、駅へ向かう途中でまゆは日下部に礼を言った。
「しまった!会社に忘れ物をした。すまないが、もう少しだけ付き合ってくれないか」
日下部はまゆを伴ってタクシーに乗った。
オフィスは静まり返っていた。二人がドアを開けた途端にパット明かりが灯った。帰ってしまったか現場に駆り出されていたはずの社員が全員で二人を出迎えてくれた。そして、日下部が手提げ袋から箱を取り出した。
「目を閉じて」
まゆは訳がわからないまま言われたとおりにした。すると、日下部はまゆの左手を取って薬指に指輪をはめてくれた。
「きっと幸せにするから」
その瞬間、全社員から歓声が沸きあがり祝福の声が鳴り響いた。
メリークリスマス!