第二十五話 見送りの歌と、新たな仲間
軍の編成を決めてから一日経過した。
あの後、僕は姉さんを独立機動軍指令の副官に任命した。要は僕の副官にしたというわけだ。なんせ、僕はヨーロッパの地理はわかるクセして、日本の地理は全くわからないからね。姉さんの日本地理の知識は生かされるだろう。
そして僕と姉さんは上越の駐屯地へ移動した。
僕が指名した部隊は全て、比較的前線に近い上越の駐屯地に集結している。
僕が指名した部隊というか、車両とは別の車両も来ているがあまり気にしないでおこう。せめて、最後の最後まで足掻くんだ。
部隊の皆は整列して、指揮台の上に立っている僕を注視して、僕が話すのを待っている。
「司令官、訓辞!」
副官に指名した姉さんがマイクを片手に言う。というか、マイク使わないとわからないぐらい声が出ないのよね。
さて、皆とお話でもしてきますかね。
「さて我が軍将兵諸君、諸君らに悲しい知らせが一つある。先日、東部方面の戦線では要塞線に対して威力偵察を行った。がしかし、偵察部隊である一個戦車大隊は、無残にも敵砲撃に晒され、全滅してしまった。僕の判断ミスという原因もあるだろう。」
29大隊の悲劇の話を聞いて動揺している隊員も居る。
「しかし、彼らの死を無駄にしないためにも、今我々が為すべきことは一つである。そう、奴等に反攻作戦を実施するという事だ。しかしこれはある種、決死隊に近い行為である。何故なら、我々機動軍は西部の戦線を食いちぎり、東へ進み、要塞線を包囲するという大胆な作戦であるからだ。」
実際これなんだよな。要塞線が大きいから、要塞線の先を攻めようとしても、輸送限界に簡単に達してしまうし、後ろからの攻撃も怖いから、あそこを攻撃するしかない。
だから、包囲して敵を孤立させるという作戦に変わるというワケだ。簡単に言えば、逆オペーレションライジングサンだな。そして失敗したら、全滅は確実な戦いというのは最初から見えている。それほどに、追い詰められているのだ。
「しかし、諸君らは我が軍屈指の兵であると私は確信している。その諸君らならば、この作戦を遂行することが可能だろう。此度の作戦は我々のみならず、全日本人の命運が掛かっていると、肝に銘じろ!日本の荒廃この作戦にあり、各員一層奮励努力せよ!」
「各員は車両もしくは、航空機へ速やかに分乗し行軍の用意をしてください」
皆、駆け足で歩兵戦闘車などに乗り始めた。そんな様子を見て、僕は台を降りて司令室へと戻ろうとした。
「待って、私たちは向こう」
姉さんに引き止められて、僕は姉さんが指差す方向を見ると、先程見た現実がそこにはあった。
そこにある現実とは、18式指揮通信車のことだった。18式指揮通信車、通称シキツウ。
師団司令部などに使われる車両だ。何故、そんな車両があるかというと、昨日の司令官騒動で海将が起した行動の一つだ。
戦闘指揮車両で全軍の指揮を執るという暴挙のね!正確的には、こちらから指示を司令室へ飛ばして、そこからさらに伝達を行う形だから、この車両が全てやるというわけではない。第一、この車両で司令室分の働きができたら、司令室なぞ必要ないだろう。
現実を突きつけられた僕は仕方なく、渋々指揮車両に乗りんだ。
車両の中に乗り込むとまず、目に入ってきたのは乗組員だ。車両の中には既に、4人の乗組員が乗っていた。
18指揮指揮通信車の乗組員の詳細としては、操縦手、車長、副車長、機銃手、そして通信手の2名である。
僕と姉さんが車長と副社長の立場でやっていくのは明確だろう。
そして、これから世話になる彼らに、僕はあいさつをした。
「これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそっす!」
近場に居た機銃手の一見爽やかそうな青年がそう言って、握手を求めてきたので僕はその握手に応じた。握手をした時に彼の手はかなりガッチリとしており、何かスポーツでもやっていたのだろうか?と思った。
「自分は、村山誠也っす!機銃手やってる、十七歳っす!」
近い年齢の年上にそういう風な言葉で使われると、少しばかり複雑な気分になれるというのを初めて知った。主に、気まずい的な意味合いで。
「それなら、一応だけど自分も名乗るのが礼儀という物かな?」
「いえ、大丈夫っすよ。さすがに、あんな電撃的な就任式をしたら国民の誰もが知ってるっすよ!」
「ははは・・・そうかな?」
僕は思わず苦笑いをしてしまった。そこまで電撃的と言ったことだったかなぁ?と思いながら、他の乗り組み員にも握手をしていった。
「自分は操縦手をしております、坂東拓海一曹であります。私は軍に入り何年か過ぎましたが、閣下と共に戦えるということは、光栄だと・・・」
操縦席からは堅苦しい挨拶が飛んできた。見た目から、元々は学生ではなく正規兵だっただろうと予想が付いた。また、見た目の若々しさから、恐らく20代だろうとも予想が付いた。
「いや。そういうのは大丈夫だよ、坂東一曹。僕らは今日から、このシキツウでの乗組員だ。そういう堅苦しいのは無しにしよう」
「はい、わかりました!」
彼は元気よく返事をして、ガッチリと僕と握手をした。
すると、背後の方の通信士の席の方から舌打ちが聞こえてきた。
「お前が居なけりゃ、俺は今頃ぬくぬくと過ごしていたものを・・・・・」
その声の主は誰かと思い振り返ると、とてもイラついている青年と、特に何かせずに機械の前に座っている女性が居た。少年のイラつきは、それはもうかなりのものと言ってもいいだろう。
「落ち着けってーの!アタイらは別に奴隷扱い受けてるわけじゃないし、給料も特別手当を積みまくってもらってるんだからいいじゃない」
「姉御、それはないよ。時間は金では買えないって言うだろ?だが国は、俺らの貴重な学生の時間を金で買おうとしてんだ。おかしいとはおもわないか?」
青年は彼の隣の、通信士の席に座っている女性に対して愚痴っている。
実際、少年の言うとおりではあるというのは僕も思う。時間は有限であり、それを僕ら軍が消費させてもらっているという立場には変わりない。しかも、本人の意思に関わらずだ。
なので、軍からは学生に対しての補填は、給料や特別手当などで十分と言えるだろう行為をしている。
まず第一に徴兵された学生は基本的に、階級に関わらずに曹長の給与を与えられている。また、それに加えて危険地任務遂行手当などが通常の1.3倍で支給されている。
また、今戦争限りではあるが特別措置法として、軍の手当に戦績特別手当が新しく設けられた。戦績特別手当とは徴兵された学生に限らず、軍属である者すべてに適用される法である。
内容としては、殺害確認戦果や勲章の授与などをポイント化して、後々にポイント分の金額の給与などを行う制度である。ポイントとされる行動には、前述のを含めてあと幾つかある。
例えばだが、大規模作戦参加であったり、味方将兵の救助、敵を捕虜にしたりなどがある。
この制度を簡単に言うとするならば、敵とたくさん殺して、それが正式に確認できれば、金がもらえるという事だ。まぁ、少なからず中東やアジアの紛争地帯の、傭兵稼業の安賃金よりかは金がもらえるハズだ。
「すまないね、閣下。コイツ、諦めが悪くて」
女性は「ハハハ」と笑って僕に話しかけてきた。
「アタイは安城夏帆ってんだ。これから同じ車両の仲なんだ、よろしく」
機嫌が悪そうな少年が姉御と呼んでいる女性がそう名乗った。
見た目からしても、姉御肌といった感じの女性で、怒ったら手が付けられなさそうな人物のような気もした。
「あぁ、よろしく」
「ほら、大空!あんたも挨拶しな!」
青年はムスっとした表情で機械に向き合っている。
「すまないね、コイツはちょっとばかしこういう性格でさ」
「いや。彼の言っていることは正しいし、僕が憎まれても仕方の無い事だと諦めはついてるからね」
「このムスっとした表情で機械弄ってるのが、アタイの助手の大空太平ってんだ。悪いヤツじゃないから、仲良くしてやってくれ」
「姉御、何なんですかその僕の紹介文は!そんなんだと、僕が自己中のオタクっていう解釈も出来るじゃないですか!」
彼は安城の方へ向きながら言った。
「だって、アンタはいつもそうでしょうが」
「うんうん。安城の姉さんの言う事には違いないっす!」
村山がそう言って、安城の案にうなずきながら同意した。
「だから、そうじゃないって!勘違いすんなよ、僕はそんなんじゃな・・・・い」
彼は僕に抗議するかのように、立ち上がってこちらを振り向くと、姉さんを見て固まった。
「何?私がどうかしたの?」
姉さんがそう大空に聞いた。
「い、いえ!何でもないです!えーと、大空太平です。よろしくおねがいします!よろしければお名前をお聞かせ頂いても!?」
彼は顔を真っ赤にして、姉さんに詰め寄っていく。
その光景を見て坂東一曹は「フフ、若いとはいいもんだなぁ」と言っていた。
というかアンタも十分若いだろうと、僕は内心思った。
「私?雪空明海だよ、よろしく。」
「雪空さん・・・か。よろしくお願いします!」
「おいおい、大空よぅ?まさかとは思うが、アンタは天下の雪空陸将の事を、知らんかったなんて言うなよ?」
安城が大空に肩を組んで、冷やかすように言った。
あ、なるほど。ようやくわかった。つまりは、大空は姉さんに一目で惚れてしまったというワケだな。
青春してるなぁ・・・・。僕なんか家でネトゲやって、ネトゲの大会で優勝したと思ったら軍の指揮官になったんだから。
「大空君!こういう時は押せ押せで行かないとダメだぞ!」
大空の冷やかしに村山が参戦し始めた。傍から見ていても、ちょっとばかし大空がかわいそうに見えてきた。
大空はついには、顔を真っ赤にしながら、俯いてしまった。
「こらこら、皆。もうそろそろ、冷やかすのはやめましょうよ。大空くんが少しばかり、かわいそうに見えてきましたよ」
坂東一曹がそろそろ止めてあげようと思ったのか、会話に介入しはじめた、笑いながらだが。
「あいよ~。そろそろ出発だし、席に着くとしますかね。」
「わかりました!自分も出発に備えますかね」
村山と安城は冷やかすのを止めて、自分の席に着いて出発の準備をし始めた。
一方、大空は顔を赤くしながら無言で出発の準備をし始めた。
若いっていいなぁ・・・・・。
って、これ絶対15歳が言う台詞じゃない!
「閣下~。全部隊、進軍準備完了だってさ」
「わかった」
僕はそう言って、シキツウの上部ハッチを開けて身を乗り出して、辺りを見た。
辺りに、見送りと練習中の軍楽隊以外は特に兵士は居ないことから、部隊の皆は各々乗車などを完了していることがよくわかった。
「安城さん。機動軍、全軍に通達。前進せよ、目標は長岡だ」
ハッチから身を乗り出しているために、下を覗き込んで僕は言った。
「了解したよ。全軍は直ちに前進されたし。目標は長岡!繰り返す、目標は長岡!」
その言葉と共に車両はエンジン音を轟かせ、ヘリはエンジン音と共に風巻き起こし、隊列を組んでゆっくりと進み出した。
すると、外で練習していた軍楽隊が気を利かせて、僕らの為にWhen Johnny comes marching home《ジョニーが凱旋するとき》を演奏し始めた。
見送りの兵士達は軍帽を振り、軍楽隊の音楽を共に歌った。
部隊員もそれに乗り、通信で歌いだす人も居た。
それは、僕らが上越駐屯地を出るまで続いた。




