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フリーダムワールド  作者: 雪原果歩
第二章 日本戦線編
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第二十三話 29戦車大隊の悲劇

西日が窓から差し込んできて、僕の頭にクリーンヒットしたことから僕が目覚めた。西日を頭に直撃したせいか、少しばかり頭が熱いし、頭も少し痛い。後者の頭痛は恐らくは寝すぎたのでは?と推測した僕は時計に目をやると時刻は既に16時を超えていた。


17時間近く寝ていたことになる。頭がおかしいと言いたくなる時間寝ていたことに疑問を覚えるが、逆に言うとその時間ずっと寝続けていたということは、何も大事は起きなかったということだ。


僕は支度をして、司令室へと向かった。向かう道中では特に人は見られなかった。居たとするならば、航空隊の隊員がタバコ休憩していたぐらいだろう。恐らくは休憩時間だろうから、問題はないと思う。


司令室の扉を開けて入っていくとそこには若干ゲッソリとした海将の姿が居た。あまりにも酷い様子なので、一瞬誰かわからなかった。


「海将、大丈夫ですか!?そんなゲッソリとして」


すると、彼は最後の力を振り絞るかの如く僕の方へ振り向いた。


「あ、閣下。おはようございます。いやぁ、何故か私が当直になるといきなり小部隊による攻撃が増えましてね・・・・・。」


彼はそういって「ハハハ」と乾いた笑いをした。その様子からやっぱり大丈夫じゃないことが、ひしひしと伝わって来たので彼を休ませることにする。


「海将、あなたもそろそろ休んでください。今から僕が入りますから」


「あ、そうですか。それじゃあ、状況報告だけをして私は寝ます」


そう言って彼は地図を取り出した。


「現時点で東部方面軍の先遣隊は、いわき市と会津若松市を占領し、すぐさま要塞線に対して攻撃を可能としました」


「ちょっと待ってくれ、海将。それは、大規模な戦闘はなかったということか?」


「はい、その通りです。先遣隊は東部方面軍の精鋭部隊で編成し、先行させて斥候にしようとしたのですが、どうにも大規模な敵の反撃が見られないので、2時間ほど前まで水戸や宇都宮で補給をしていた大部分の東部方面軍が、先程いわき市と会津若松市の方に入城しました」


僕としては、この作業で約2日ほど手間が掛かるものだと思っていた。奴等は要塞線で守りを固め、最高の守備力を持って僕らを迎撃し、僕らが消耗したところに反攻作戦に出る積りなのか?


正直、関東平野では筑波以外に、大規模戦闘がなかったことが驚きではある。水戸や宇都宮こそ、何かしら大規模戦闘が起きるだろう立地だと僕は思う。


何故なら、水戸と宇都宮は山岳地帯がすぐ目の前にあり、兵を隠しやすくて砲兵も設置しやすいからだ。ここで大砲撃やら何やらがあると思ったのだが、それが無いとなると敵の行動があまり読めない。


「わかった。ありがとう、海将。今日は休んでくれ」


「はい、それでは私はこれで失礼します」

彼は体をフラフラと足に力が入っておらず、まるで千鳥足に近い状態で司令室を出て行った。大丈夫なのか?本当に。すると、再び扉が開いた。


海将と入れ違いに入ってきたのは姉さんだった。


「おはよう、姉さん」


「ん、おはよう」


「今日はちょっとばかし、地形的な話になってくるから仕事をしてもらうよ!」


「わかってる、最初から働くつもりだったから問題はないよ」


姉さんはそう言って自分の席についた。


でも実際、今日から始まるのは地形を使った有利不利の戦いになるからなぁ・・・・・。福島防衛線は基本的に、福島と米沢で曲線を描くようなラインになっている。日本列島の東端から福島市、米沢に延びている。


さらに、それが山岳に作られてるってのが厄介のレベルを高めている。おかげさまで、こちらは遅滞戦術を以って消耗戦に移行して、時間を掛ける作戦になるわけなんだが。


正直、相手のやりたいことがわからない。都市で何故、大規模戦闘を行わなかったのか。都市での戦闘は少数戦力で大多数の敵を翻弄しやすいし、何より消耗しやすいことが上げられる。


それをしなかった時点で向こうは何をしているのかがわからない。もしかしたらだが、要塞線方面の山岳に何かあるのか?という推測は自分の中にはある。何にせよ、敵情がわからない状況で思案していてもしょうがないために、そろそろ兵を動かすことにした。


「東部方面軍と中央方面軍と交信をしろ」


会津若松の方まで取れたということは恐らく、海将は中央方面軍の一部を北部へ移動させる指示を行っているはずだ。そうしなければ、中腹の山岳地帯がガラ空きになるからだ。


少しすると、スピーカーから声が聞こえてきた。


「こちら、東部方面軍司令官だ。何の用だ?進撃か?あと、酒はいつ来るんだ」


「中央方面軍司令官の風間だ。用件を早く言え」


二人ともとりあえず、用件を言えと言ってくるところは同じだなぁ・・・。それと約一名おかしなことを言っているが気にしないでおこう。


「あ~、はいはい。東部方面軍は直ちに要塞線に対して消耗戦に移行してくださいよ。中央は少しで良いんで要塞攻略戦に戦力を割いてください」


「中央としては2個大隊を東部方面軍の指揮下に送り出す用意がある」


うん?海将があらかじめ指示を出していたのだろうか?さすが海将、話がわかる。


「了解した。その2個大隊は東部方面軍の指揮下に移行し、作戦行動を東部方面軍と共にせよ」


「おい、酒はいつくる」


酒酒うるさいなぁ!エルスはアル中なのか!?2chにスレッド立てられても知らないぞ!?


【東海連邦終了のお知らせ】大竹陸将率いる東部方面軍は学生のアル中軍団!?


【悲報】大竹陸将はアル中の禁断症状を起こしながら戦闘指揮!?


だめだ。想像したら悲惨な未来が見えてきた。これ以上はいけない。


頭の中でエルスの悲惨な姿を思い浮かばせながらも、尚もエルスは酒はまだかと言っている。風間に至っては呆れて交信を終了している。


「あぁ、もう!酒酒うるさいんだよ!わかったよ!戦争が終わったら北部に補給送るから!戦争中は輸送力のキャパ的に無理だから!」


「あぁ!?お前補給と一緒に送るって言ってたよな!?」


「そうだよ!戦争が終わったら、補給と一緒に送る」


「あ、きったねぇ!」


汚かろうとなんだろうと言い給え。


「酒を飲みたかったら、生き残って勝つんだな!」


「畜生!東部方面軍!全軍前線!」


文句を垂らしながらもエルスは軍を前進させた。すると、ある一定の地点で軍は全て停止した。


「司令部さんよー!ここで塹壕掘るぞー!」


向こうから報告が飛んできた。そこのラインで塹壕を掘るそうだ。塹壕は一時大戦から使われる常套手段である。戦いで消耗戦をする場合はうってつけの手段である。実際、一時大戦では塹壕に隠れて機関銃を撃つという迎撃手段をとっていたため、突破をするためには突撃をして無理矢理、戦線を押し上げていた。


そのために、防御側圧倒的有利の戦いになっていた。


そこで、誕生したのが戦車だ。戦車の誕生の話は色々とあるが、世界初の戦車は一時大戦中に開発、使用した実用戦車はイギリスのマークⅠ戦車といわれている。


マークⅠ戦車は通称、菱形戦車と言われ無限軌道(キャタピラ)を装備した装甲車だった。無限軌道はどんな悪路でも走破できる足で、それに機銃と装甲が付いているとなると、戦線を突破できたかと言われればそうではなかった。


装甲の厚さは8mmとなっており、小火器の攻撃には耐えられるように設計したのだが、同時期にドイツが開発したSmK弾には貫通されてしまった為に、マークⅠはそこまで脅威には成らなかった。


これから分かることは、塹壕を突破するためには装甲と速度と支援攻撃を以って突撃しなければ、突破できないということだ。


しかしながら、我が軍はそれに対抗する手段がある。時代は既に歩兵も戦車を倒せる時代である。そこまでの脅威と成りえない今、塹壕こそが消耗戦の最適解といえるだろう。


「あーっと、司令部応答せよ」


「エルス、どうした?」


「個人的な提案なんだが、戦車大隊を一度威力偵察に向かわせてみないか?」


「それは、要塞線に?」


「あぁ。それと、消耗させるという意図もある」


威力偵察とは、読んで字の如く部隊を敵中に進撃させ、その相手の抗戦具合で敵を測るという方法だ。しかしながら、リスクもある。それは部隊を全滅させかねないということだ。しかし、そうでもしないと敵を測ることはできないのであって・・・・。それに、全軍前進させるとそれは只の攻勢だし、もしかしたら、全軍全滅の可能性も否めない。


何故なら、敵は陸戦ではまだ大規模な損害を受けていないからだ。


「しょうがない。戦車大隊を威力偵察に向かわせてくれ」


「了解。29戦車大隊は要塞線に対して威力偵察をしてこい!」








東部方面軍が戦車隊を威力偵察に向かわせてから30分経った。


「こちら、29戦車大隊!東部方面軍司令部は応答せよ!」


スピーカーからは切羽詰まったような声が聞こえてきた。


「東部方面軍司令部だ。29戦車大隊は何があったか報告しろ!」


「敵要塞線から砲撃を受けています!こんなのまともに食らってたら、自分ら全滅しちまいますよ!撤退の許可を下さい!」


その声と共に、スピーカーからはドン!ドン!という重低音の着弾音が聞こえる。その重低音に混じって、パララ、パララといった、少しばかり高音の機銃の音も混じって聞こえ、バシュッ!という無反動砲か、もしくは携帯式対戦車ミサイルなのかわからない何かが発射した音も聞こえた。


「あ!あぁ!こちら、13号車!敵弾頭接近!嫌だ!死にたくない!」


次の瞬間に「ギャアア」という悲鳴と共に、爆発音が聞こえてきた。


「畜生!撤退を許可する!早く戻って来い!」


「駄目だ、砲撃が激しすぎる!」


聞こえてくる砲撃音などは一層大きく、多くなっていくことがわかる。ドスン!ドスン!とさっきまで若干、一息置くような砲撃音はどこへやら、ドスン!ドスン!ドスン!と絶え間なく重低音がもれて聞こえて来る。


さらに、部隊の損耗報告が飛び交う。交信を聞いていると、既に部隊はほぼ半壊状態と化していることが推測ができた。


「奴等、ここの地形を変える積りか!?」


「こちら、19号車!履帯が外れた!」


「5号車もだ!」


「こんな敵中でのんきに履帯が外れたなんて言ってる場合じゃねぇってのに、何やってんだ!?」


「おい!4号車!ミサイルだ!機銃を撃って迎撃しろ!」


「ギャアアアアア!」


不運にも再び爆発音。絶え間なく砲撃の着弾音が聞こえる。ドスン!ドスン!ドスン!この砲撃は部隊が全滅するまで、絶対に止まらない。奴等は大隊の位置を、既に割り出しているんだ!


「敵の超重爆撃機を発見!」


敵の超重爆撃機だって!?嘘だろう!?どういうことだ!制空権は確保しているハズだ!


あっ・・・・。


ふと、僕が名古屋基地に来たばかりの頃の海将の言葉を思い出した。


『福島北部に存在する要塞線で通称、福島絶対防衛線。それの何が厄介かと言うと一つに"対空設備がお腹一杯とパイロットが言いたくなるほどあり"、2つ目に山岳地帯がいくつかあり、なおかつ福島を横断しているので要塞を素通りできるところも限られてしまうので、そこを狙い撃ちされる可能性もあるため・・・。』


ああああああああ!忘れてたああああああああ!


まさかとは思うけど、海将はそれを見越してそっちの制空作戦はやってなかったのか?


そう思い、オペレーターに聞くとやはり、「要塞線の方では制空作戦はしてませんね」と言われた。


やっちまったぁ・・・・・。これ、たぶん一個大隊全滅だよ、なぁ?


僕は思わず頭を抱えた。というか、これ貫けるの?それ以前にまともに消耗戦に持ち込めないでしょ。


この攻撃の規模から見て、部隊を突っ込んだところで全滅は必至だろうなぁ・・・・。どうしよう。


「敵の超重爆が爆弾を俺らの頭上に投下しやがった!クソ、逃げろ!」


「だ、駄目です!砲撃の爆風で履帯にお釈迦になっちまいました!」


「あ、あぁ・・・・。神よ・・・・」


その達観したような声と爆音を最後に、29戦車大隊からの通信が途絶えた。


「っちくしょおおおお!」


エルスが叫んだ。僕も今更ながらに後悔をしている。敵情を知らないためとは言え、威力偵察をしたのは間違っていたのかも知れない。


だが、このまま放置していたら後々、大きな損害になっていたのかもしれない。


29戦車大隊は新約聖書の中の一つである、ヨハネによる福音書で言う、『一粒の麦』だったのかも知れない。


ヨハネの福音書の中で、イエスはこう言った。


『はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。しかしそれが死ねば、多くの実を結ぶ』


29戦車大隊は、地に落ちた一粒の麦だったのだろうか?


果たして、この言葉の通りに僕らは多くの実である、生を生き残らせることができるのだろうか?


どちらにせよ、彼らが必要な犠牲だったのか、どうなのかと議論をする前に、僕たちはあれを如何にして落とすかを考えなければならない。



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